バリエステロの警邏隊
その前に、場所を移しましょう。
そう言われ、クロエにつれられて来た先にあったのは石造りの建物だった。
促されるまま天が建物に入ると、中は無人でがらんとしていた。
木製のテーブルと椅子、黒板のようなものがあるだけの部屋。一体ここはどこなのか。天がその疑問を口にする前に、クロエが話し始めた。
「ここはバリエステロの拠点です。それでは、説明させていただきますね」
木製のテーブルの上に、幾つかのものが置いてある。それは僅かに赤の滲んだハンカチであったり、千切れた紐で繋がれた鍵であったり、あるいはボロボロになったキーホルダーであったりした。
「こちらに並べてあるものは、どれも何らかの事件の手がかりになるものです」
「……そんなものを部外者に見せて良いんですか?」
「ええ、もちろん。それ用に見繕ったものですので。今から天さんには、これらの手がかりから『これらの持ち主』を探していただきます。ひとつだけで結構です。それが終われば、あなたの調査は終了です。出来れば本日中に終わらせていただきたいですが、まあ幾らかかっても大丈夫ですよ。ゆっくりいきましょう」
さあどうぞ、とクロエが笑う。この少女はよく笑うのだな、なんて場違いなことを考えながら、天はテーブルの上に目を滑らせる。
先程から感じていたが、この物体たちは奇妙な光を放っている。さまざまな色が混じりあった、お世辞にも綺麗とは言えない光。何となく直接触れるのは良くない気がして、じっと見るだけに留めておいた。
「別に、お手に取って見ていただいても構いませんよ?」
そう言われたので、恐る恐る一つ手に取った。すると、短い紫色の光が吸い込まれていった。なるほど、これが魔力か。別に魔法を使っていなくても触れただけで移っていくものなのか、と感心しつつも、少し疑問が沸いてきた。
(今更ですが、昨日までこんな風に物が見えたりすることなんて無かった筈なのに、どうして見えるようになったんでしょうか)
天は、確かに幼い頃から特定の物が光って見える事があった。でもこんな風には見えなかったし、こういった類いの物に光を見ることは無かった。それが今日になって見えるようになったなんて事があるのだろうか。
いや、と頭を振って思考を切り替える。今はこんなことを考えている場合じゃない。クロエに提示されたのは、この中のどれか一つの持ち主を見つけることだ。
天は、手の中のキーホルダーをそっと机に置き、色の数がなるべく少ないものを探した。
さっきの増えた紫色が天の魔力なのだとしたら、色数が少ない方が触れた人が少ない、ということになる。
じっくり眺めていった結果、鍵が一番色数が少なかった。たったの三色。おそらく、持ち主のものと警邏隊のもの、あと一つは不明だが、おそらく犯人のものだろう。
それだけアタリをつけたが、ここからがさっぱりだ。どうやって持ち主にたどり着けば良いのかが分からない。リアはあの銀色の物体、そして魔力増幅剤という液体を使って魔力の線を出現させていた。それと同じことをしようとするなら、特別な機器が必要なのだろう。
しかし、ここにそんなものはない。ならば、どうすれば良いのか?鍵を見つめながらじっと考えていると、少し目が疲れてきた。眼鏡を外して目頭を指で軽く揉む。
その間も天はずっと、リアがやったようなことを機械や薬剤に頼らずになし得る方法を考えていた。
(一体、どうすれば良い?……いや)
別にあれと同じにしなくても良いのではないか、なんて考えがふと頭に浮かぶ。だからといって、どうすればいいのかなんて全くわからないのだが。
「ふむ、少しだけお手伝いしましょうか。あぁ、これは特に結果に影響するわけでもないので、大丈夫ですよ」
少し困ったように笑って、クロエは鍵に魔法をかけた。色が一つ追加される。緑色だった。
鍵の光に含まれていた色があらゆる方向に線を伸ばした。
「これは、さっきの」
「はい。おそらく、あなたが見たものと同じかと。それより簡易的ですが……」
その線の中で、ひときわ強く、太く輝く線を見つけた。
直感で、これが持ち主に繋がる線だと察する。これが消えてしまう前に、早くこの線の繋がる場所へ行かなくては。
「分かりましたか?」
尋ねるクロエに天は頷いて、線を辿って歩き出した。
「そう遠くはありませんよ」
「……貴女は、この鍵の持ち主を知っているんですか」
「ええ、もちろん。そうでなくては流石に酷すぎますからね」
彼女が歩く度に、ひょこひょこと兎耳が動く。何となく機嫌が良さそうだ。
バリエステロの本部を出て、クローバー原へ戻る。どうやらこの線は、クローバー原の中央を指しているようだった。相変わらず踏んでも音のしない緑の葉を踏みしめながら、中央に向かう。さっきはあんなに遠く感じたのに、今はむしろ近いと感じた。
沢山のクローバーの中に線は伸びている。よく目を凝らすと、微かに違う色が見えた。少しその葉を掻き分けると、そこにあったのは……
「切り株?」
しっかりと年輪を刻む太い切り株。そこに、線は繋がっていた。




