仕事も含め
特に会話もなしに西へ歩いて1時間。天とリアの前には、小さな狼がいた。
この獣、明らかに普通では無い。なんせ体が半透明、うっすら光ってさえいるのだ。しかも、尋常では無い雰囲気を漂わせている。決して不快なものでは無いのだが……。
寒気がする。思わず天が一歩後ずさると、それをちらりと一瞥したリアは跳ねるように狼に近づいた。
「何で急にでてきたんだろね、こいつ」
呟いたリアが狼に触れると、光がぱっと大きくなった。
光が消えると狼はいなくなっていて、代わりに紙束が狼のいた場所に落ちていた。
「何なんですか、さっきの」
「うーん、定期通信のやつ、のはずなんだけど。二ヶ月前に来たばっかじゃん」
紙束を鞄へ仕舞った彼女の話によると、先程の狼は、リアの師匠から半年に一度寄越される通信魔法らしい。
「あれねぇ、びっくりしたでしょ。いっつもは手紙寄越すだけなんだけどね、なんか今回分厚かったね」
「そう、なんですか」
「うんうん、そーなの。こないだ、定期通信の時に旅の事話したらね、なんかそこら辺の仕事送ってくれたみたい。だからね、私、色々仕事しながら進むから。進むのゆっくりだと思うし、たまに置いてっちゃうかも。ごめんね、覚悟して」
「はあ……」
それにしても、リアはいつ紙束の内容を確認したのだろうか。天の記憶では、彼女は紙束を拾ってすぐに鞄に仕舞っていた筈だが……
(考えても無駄ですかね)
先程の口ぶりからすると、彼女も魔法を使う事が出来るのだろう。天は魔法使いの事はよく分からないが、通信魔法に何かあるんだろう。そう思うことにした。
暫くパラパラと紙束をめくりながら歩いていたリアだが、ふとページをめくる手を止めて、そのまま歩くのも止めた。
「どうかしましたか?」
「うん、このへんでちょうどロックスパイダーがいっぱいいるみたいで」
「ろっ……!そ、そうですか。ロックスパイダー……、確か単独での相対は推奨されていませんが、大丈夫ですか?」
「君がいるでしょ。ほら、行くよ」
ふたりが今いるのは、トランス王都西の大きな森の中。魔物が多く、あまり立ち入る人のいない森だ。
そこまで強い魔物が出るわけではないが、いかんせん群れる魔物ばかりで、初心者冒険者にはレベルが高く、そこそこ実力のついてきた冒険者はこの森になんか行かず、王都から離れたところへ行くのも、人の少ない理由だろう。
「あ、早速はっけーん!」
ロックスパイダーは、その名の通り岩でできた体を持つデカい蜘蛛だ。体長は平均1〜1.5m位。動きが早く、蜘蛛の糸も粘着力が強く、魔法も使ってくるそこそこ厄介な魔物。
それが5、6匹の群れをなして現れた。
「さて、天。君、戦える?」
「多少は」
「んじゃ、一匹お願い」
リアはそう言い残して、さっさとロックスパイダーの群れに突っ込んでいった。
「どうしろって言うんだ、ロックスパイダーなんか」
リアが群れから一匹引き離していたらしく、天が対峙しているのは小さめのロックスパイダー。
ロックスパイダー相手では、物理で攻撃するよりも魔法で攻撃したほうがいいのだが、天はそのままでは魔法を使えない。しかし、別に物理が効かないわけでは無いのだ。
「……まぁ、やってみますか」