クローバーとアクシデント
リアがふと立ち上がり、陽の光に何かをかざした。
指先に摘ままれたそれは、ハートの形をした葉が四つついている。
「四つ葉のクローバーですか」
「うん、ラッキー」
小さく産み出した水球の中に幸運の葉を無造作に突っ込み、リアはまたしゃがみこんだ。
一面に広がるクローバー。天もリアに倣ってしゃがみこみ、緑のハートを眺めた。
街路を抜け、時々止まりながらも暫く歩いたところに、この場所はあった。近くには小さな泉も存在し、鳥や小動物が水を飲みに来るのを見ることができた。
揺れるクローバーを見つめ、ついこの間の出来事を反芻する。
フローラから授けられた秘術のかかった月の花。月詠樹蘭は月の花ともいうのだと、昨日初めて知った。
かつて旅人を守り抜いたであろう、この美しい花が、次は自分を守ってくれるのだろうか。
(……なんて、少し強欲ですかね)
いつの間にか、リアは遠くでくるくると踊っている。長い銀髪がたなびくのを眺めながら、空に飛び立った鳥の羽音を聞いた。
微かに聞こえる不思議なメロディは、きっとリアが歌っているものだろう。ここまで来る間に、何度か聞いた旋律。何を歌ったものなのかは分からないが、本人によれば『願いの歌』だそうだ。
しばらく見ているとリアは踊るのをやめ、またしゃがみこんで、今度は無造作にぶちぶちとクローバーを引き抜き始めた。
引き抜かれたクローバーは、そのまま水球のなかに放り込まれる。
「何をしているんですか?」
「ん、仕事。これでね、薬作るの」
「薬?クローバーで?」
「そう。……あ、レシピは教えれないよ。天なら簡単に出来ちゃうから」
この会話の最中も引き抜かれていく緑のハート。一体これらでなんの薬ができるというのか。
少しの間じっとその様子を眺めていた天は、やがて立ち上がってリアに声を掛けた。
「少し、周りを見てきます」
「行ってらっしゃい。気をつけなよ」
少しだけ顔を上げたが、すぐにまた作業に戻るリア。そんなリアにため息を吐いて、歩き出した。
「本当に何もありませんね」
見渡す限りクローバーなのは、どこまで行ってもそうなのだろうか。
ふと、この緑の端を見たいと思って、おそらく縁に向かっているであろう方へ足を向ける。
本当に端なのかは分からないが、まあ歩き続けていたらいずれは端に着くだろう。
「うーん、まだかな」
一方、リアはひとしきりクローバーをむしり終えて、日が暮れるのを待っていた。
むしって洗ったクローバーは乾燥中ですることもないし、と寝転がってぼんやりとしている。
「ここ、きれーでのんびりしてていいとこだけどさ。日陰が無いのがね」
前にここに来た時には大きな木がクローバー原の中心に生えていたが、今はその跡しか残っていない。
「残念だねー。いつ切られちゃったんだろう……あ」
誰に言うでもなくひとりでぶつぶつ呟いていたリアだったが、ふと遠くから魔物の声が聞こえることに気づいた。
狼の遠吠えのような声。この辺りでは夜を告げる声として有名な、鳥の魔物の声だった。
「え、早くない?さっき着いたばっかだし、まだ全然夜じゃ……」
突然、大きな影がリアを覆う。パッと跳ね起きて空を見上げると、巨大な赤い鳥が旋回しながら降りてくるところだった。
バサリと一度翼をはためかせるだけでもぐんぐん下がってくる。
「まさか、ここに着地するつもりじゃないよね」
慌てて影から脱しようと走り出したが、まもなくドスンと落ちてきた鳥の下敷きになってしまった。
「うわっ!重、ってか、こいつ大丈夫……?」
ズリズリと這い出て、鳥の様子を観察するリア。
どうやら目を回しているようで、再び飛び立つ素振りは無かった。
リアの三倍程はある大きな体を撫で回しながら、怪我などが無いか探っていく。
(目立った外傷は無し、となると外的な物じゃ無いな。酔ったか?いや、でもこんな酩酊状態になるほどのものがあるかぁ?)
応急処置だけど、と乾ききっていないクローバーを無理やり押し込む。嘴に挟まれて少し痛かったが、致し方ない。
「よーしよし、大丈夫だからね……。少し、ほんの少しだけ我慢して」
このクローバーには様々な効果があり、そのうちのひとつに酔い覚ましの効果がある。本来は乾いた葉を粉にして、蜂蜜で練って作った丸薬を服用するのだが、まあこれ単体でも効果が無いわけじゃない。
(今、蜂蜜なんて持ってないし)
ぐったりしていた鳥の様子が変化したのは、クローバーを食べさせて数分経った頃だった。




