緞帳の上がる前に
緞帳が上がる前の舞台の上で、忙しなく歩き回る足音がひとつ。その足音の主、仮面を着けた美しい銀の少女は、どこか苛立ったように呟いた。
「うーん、まだ?」
いつの間にか居なくなっていた天が戻ってこないまま、劇は始まろうとしている。
「あと開演まで時間ないのに!」
「まぁまぁリア、少し落ち着いて。天くんはお芝居に出る訳じゃないんだから」
「どうせなら見て欲しいじゃん。それに、ブランシュだって、そうでしょ?」
リアは彼女の問いかけにこくこくと頷くブランシュを一瞥し、ふふんと鼻を鳴らしてフローラに視線を戻した。
「ほら、主役もこう言ってるじゃん」
「全く、どこに行っちゃったのかしら。それにしても……」
リアってば、あの子のこと随分気に入ってるのね。
何気なく掛けられた言葉に、小さく首を傾げた。そんなことがあるのだろうか?確かに、あまり親しくない人に対して、こんなふうに思うのは初めてかもしれない。
でも、気に入っているとまではいかないと思う。そう思い立って反論しようとしたところで、舞台に繋がる扉がバン、と開いた。
皆が驚き、揃って扉の方を見ると、そこには大事そうに何かを抱え、息を切らした天か立っていた。
「あっ、天!!どこ行ってたの、もうすぐ始まっちゃうんだけど!?」
「しーっ、リアちゃん、もう少し声抑えて」
「ごめん、でも……」
大声で食ってかかるリアを諌め、フローラはにっこりと微笑んだ。
「おかえりなさい、天くん。なにか成果は得られたかしら」
「すみません、心配をかけてしまいましたか」
「黙って出てくことないじゃん。せめてなにか一言言ってって」
「すみません。……ブランシュさん、今、大丈夫ですか?」
話しているうちに息を整えた天は、どこか楽しそうにブランシュを手招いた。
それに応え、天に駆け寄ったブランシュに手渡されたのは、とても着ることの出来る状態では無くなったはずの衣装だった。
「えっ、天さん、これ……」
「直して頂きましたよ、あなたのお父様とお母様に」
まるでいたずらに成功したかのような笑みを浮かべる天とは対照的に、ブランシュの瞳は潤んでいく。
今にも泣き出しそうな顔で衣装と天を交互に見つめるブランシュの肩を、そっとミッシェルが押した。
「ブランシュ、さ、着替えに行きましょ。せっかく直ったのだもの、着なきゃ勿体ないわ」
「……っ、うん!ありがとう!着てくる!」
楽屋となっている部屋へ駆けて行ったブランシュを見送り、ミッシェルのみ後を追って行った。
曰く、もしメイクが取れたら直す人が必要でしょ、との事。
リアやブランシュが案じていた天は帰ってきて、あの短時間でもなんとか劇は形になった。
これで、憂いごとは無くなったと言える。……フローラ以外にとっては。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だよ、皆上手だし。それに、私がいるでしょ。心配しなくていい」
「……そうよね」
心配そうなフローラをリアが慰めるが、フローラの顔からまだ不安の色は消えなかった。
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「どう?似合うでしょ!」
暫くして、目元を少しだけ腫らしたブランシュとミッシェルが戻ってきた。
彼の身は美しい衣装に包まれている。元の華やかさはそのままに、更に花の装飾などが追加されている。
おそらく、切り裂かれた部分をそのまま修繕するには時間が足りなかったのだろう。大分細かい作りになっていたから。
それを見て、反応は様々だった。
美しさに息を飲むもの、安堵のため息を零すもの、感動で涙が浮かぶもの。
しかし、今この時、ブランシュが一番輝いていると思ったことは皆に共通だった。
「さあ、最高の劇にしよう」
そう宣言した彼の目に、もう涙は浮かんでいなかった。
衣装を手に集会所を抜け出した天は、とにかく走った。彼の頭にはひとつのアイデアが浮かんでいた。しかし、それが実現するかはギリギリだ。
間に合わせる為にも、急がなくては。
転ばないように、なるべく早く。ずっと走り続け、荒い息を弾ませながらキティ家の店に飛び込んだ。




