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魔女と狐の墓参り  作者: 揺満雪花
雨と始まり
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トランス新暦1872年5月7日

日の暮れかかった頃。

王都の外れに位置する貧民街、そこに合わない身なりの青年、いや、まだ少年がひとり。

上等な着物を身にまとった、狐の耳と尻尾を生やした少年が、およそ人の寄り付かない崩れかけたボロ家の前で座り込んでいる。

もとはきっちり整えられていたであろう髪は乱れ、ズレた眼鏡を気にする様子もない。

ただ、雨の降りそうな空をぼんやりと見上げているだけだ。



幾らか時がたち、雨がぽつ、ぽつ、と振り始めた。

最初は気にするまでもない雨量だったが、すぐにざあざあと勢いを増していった。


びしょ濡れになりながらも、少年はその場を動かない。どこか泣き出しそうな顔を伏せ、ただ膝を抱えて座っていた。



あたりがとっぷり暗くなった頃、少年は、いつの間にか雨が自分にあたっていない事に気付いた。

顔を上げると、まだまだ勢いよく雨は降り注いでいる。

そのまま目線を上に上げると、傘がさしてある。

自分のものではない。この身ひとつで飛び出してきたのだから、こんなものを持っているはずがない。


「一体誰が」

「おや、起きたの、お兄さん」

自分ひとりのはすが、声が聞こえて思わず声のした方向へ顔を向ける。


そこにいたのは、黒いコートに身を包んだ、5、6歳位の子どもだった。


「君、傘もささずにいたでしょ、冷えちゃうよ。それに、もう夜だし。さらに冷えるよ」

「……それにしては、あなたも傘をさしていないじゃないですか。随分濡れて」

「そうだねぇ、濡れてるね。びしょ濡れだ。でも、それを言ったら君だってそうだったよ。私が来るまでにずいぶん濡れてたよ。傘だって、私がさしてあげたんじゃないか」

「余計なお世話です」

「余計、余計かあ。うん、そうかも。まぁ、でも、それは置いといて。移動しない?雨強いじゃん。せめて中入ろうよ、ちょっとはマシでしょう?」


子どもは少年を引っ張って立ち上がらせると、そのまま手を引いてボロ家に入っていった。小さいくせに力の強い。


「そういえば、君、何でここにいたの?」

「……別に」

「そっか、言いづらいか。私はね、ちょっとした迷子。……ねぇ、お兄さん。今、暇?」

この暗がりでは、子どもの顔はよく見えない。何を思って暇かと口にしたのか、わからなかった。少年が答えあぐねていると、子どもが少年の隣に並んだ。

「暇なら、一緒にどっか行かない?旅しようよ、一緒にさ」

「……いいですよ」

気づけばそう口にしていた。とりあえず、どこかへ逃げ出してしまいたかったからかもしれない。

「お、いいね。それじゃ、けってー!じゃあ、自己紹介でもしよっかね。私、リア。君は?」

(あまつ)、です」

「名字は?」

黙りこくっていると、「いいたくないかあ」と、リアが笑った気がした。

「いいよいいよ、私もフルネーム言いたくないもん。天ね、おっけい。それじゃ、今日はもう遅いし、明日の朝、旅仕度してここにおいで」

それじゃあね、と手を振って、リアはさっさと走り去ってしまった。

「明日の、朝」

本当なら、今すぐにここから離れたかったけれど、仕方ない。でも、旅仕度のために家に戻らなければいけないのならば、しょうがない。


返しそびれた傘をさし、行きに無我夢中で走り抜けた道を戻っていく。大通りにでたところで、誰がいるわけでもなかった。もう夜中だし、土砂降りの雨だ。どこかの店へ避難しているか、そうでなければ皆自分の家に帰っていることだろう。


天の家は、大通りを少し行ったところにある。やたらと広くて、無駄に豪華な家。

60年ほど前に子爵位をもらった新参貴族、藍染家の屋敷。先程飛び出していった手前、正面の入口から入るのもどうか、と考えて、天は裏口からこっそりと屋敷に入り込んだ。使用人や家族に見つからないように自分の部屋まで戻り、とりあえず一息ついた。

「さて、旅には何がいるのか」

これまで遠出はしたことがあっても、せいぜい1週間程度の遠出だ。一体いつまで、どこに行くのかも知らないが、とりあえず要りそうなものをマジックバッグに詰め込んでいった。着替えと全財産、これまでに必要だった旅道具。そんなものを考えながら詰めていたら、いつの間にかもう夜が明けかけていた。

「このくらいですか。さて、書き置きでも残していきましょうかね」



『暫く旅に出てきます』




「お、きたきた。おはよう、天。それじゃ、早速行こっか」

「そういえば、旅の目的地を聞いていませんでしたね。どこへ向かうつもりですか」

「うーんとね、隣の隣の国。墓参りがしたくてね」

「墓参り、ですか。部外者がついて行っていいものなんですか、それ」

「うん、大丈夫。ほら、長々と喋ってても始まらないし、ほら」


向きを変えて歩き出したリアを追うように、天も一歩踏み出した。









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