69 捨てた能面
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「ううん…。」
ルキアーナ嬢が身じろぎをし、モップ様が胸元に移動すると抱っこしてラルクの背中に誘われるように丸まった。
心地よさそうに毛に埋まるように眠っている。
「猫のようなやつだな。」
丸まって寝る姿に笑いが出る。
ルキアーナ嬢を見つめながら、雪山での調理姿を思い出す。
盗聴をしていた弟からルキアーナ嬢が料理を騎士達に振舞ったようだと聞かされた時は、半信半疑だった。
王太子妃教育は密にスケジュールが組まれている。
それこそ朝から晩まで。
求められる物が多いから学ぶ内容は多岐に渡って広く大変と聞く。
料理も妃教育に含まれていただろうか?
各地の名物料理などを知ることはあるだろうが。
料理とは料理人がする事で専任の仕事だ。
それなりに学んで作ってこないとできない物と認識している。
確かにこいつは料理ができた。
そして創作料理とはいえ見たことない料理まで披露して美味かった。
聞くとたまに作っていたから料理が出来ると言っていた。
時間がない中で、たまにどこでできるのか………。
寝る間を惜しんでする事でも無いしな、謎だな。
謎と言えば、ルキアーナ嬢はたまに聞いたことのない言葉を使う。
私の知識不足か?
それもあるかもしれない。
私は広い知識を優先している為、専門書を深く読み下げることはしていない。
こいつの知識量はすごいな、この歳でどれだけ頑張っていたのか、普通の勉強量では無理だな。
今までこいつがどんな風に妃教育を受けていたか、1度も目にした事が無かった。
興味もなかった。
たまに見かけるのは廊下や庭園だが、目の端に映すだけで通り過ぎていた。
だから能面のような表情で亡霊のように歩いていた姿しか思い出さない。
さっきのように目をキラキラさせて感動している姿なんて見た事がなく新鮮だった。
記憶がなくなって地が出るようになったのだろうか、元々明るかったのだろうか。
それすら知らなかった。
次期王太子妃に生まれた直後から決まり、やっかみと期待の重圧に1人で耐えていたのだな。
そう思うと何とも言い難い気持ちとなった。
♢♢
「能面………忘れるものだな。」
自分も同じだった。
生まれた時から第一王子として次期王太子としてもてはやされた。
けど少し経つと母が側妃であるという事と、正妃である王妃の懐妊が望まれている事を知った。
そして口さがない者から自分は正妃が産む王子のスペアなんだと言われた。
幼い自分は初めは理解できず腹も立ったが、割と長子であるという事を誇っていたからあまり気に留めなかった。
この頃から徐々に優しかった母が不穏な態度に変わっていった。
母は治癒属性を持っていた。
しかし主属性が違った為、魔力が多くても治癒魔法があまり使えなかった。
そして爵位が低かった。
ただ治癒属性を持ち魔力が多いというだけで側妃に選ばれた。
母は普通では到底得れない立場に担ぎ出され、突然権力を得た。
母は後ろ盾がない事と本物の姫であった正妃への劣等感で常に不安定だったようだが、俺を産んでそれが解消されて傲慢に振る舞うようになった。
そんな母は幼い俺が見ても気品と教養が足りてなかったように思うのに、立場を正妃同等、もしくはそれ以上を求めるようになっていった。
矛先が俺に向くのにそう時間はかからなかった。
絶対に王太子になれと、誰よりも優れ常に1番を望んだ。
それ以外だと酷い折檻が待っていた。
俺の王位に異常なまでの執着を見せ、弟が生まれるとよりあからさまに酷くなった。
弟に希少な闇属性があり異常な魔力量があると知ると気が不安定になり、魔力を増やすという怪しげな薬を飲まされ死にかけた。
意識が浮かび上がり見えた母は、瞳に弧を描き大袈裟に歓喜して見せた。
そして猫撫で声で寄って来たかと思うと魔力量を確認し、魔力が増えてないと分かるとゴミのように俺を見た。
弟が魔力暴走を繰り返し、周りから敬遠されていると知ると、今のうちに周りの者を掌握せよ、全てで優れていると証明しろと圧力を増してきた。
10歳で母に振り回されてうんざりした。
鏡に映る自分の顔はまさに能面だった。
全ての感情が削げ落ち、割と整っていたはずの顔が他人のように思えた。
そしてまだまだ続く人生で、ずっと王位につくまでこれが続くのかと思うと、何処かおかしく感じ笑いが出た。
一層母が哀れに感じ、そうする事でしか存在を保てない。
その日は泣いたのか怒ったのか笑ったのか覚えていないが、感情がグチャ混ぜになり能面が砕けていった。
翌日見た朝日の光が静かに染み渡り、自分の感情が凪へと変わっていった。
そこから達観して物が見えるようになり、卒なくこなす事を覚えた。
必要な事が向こうから寄ってくるように行動するだけ。
常に優秀で優しく笑顔を絶やさない、気遣いの為のアンテナを張り、ここぞという所では手を貸し味方を増やしていった。
婚約者候補も子供の懐柔くらいにしか思っておらず、菓子の贈り物を常にした。
皆面白いように騙されて、俺を次期王だという声が増えた。
なんでも思い通りに進む。
バカな奴らを操り順風満帆、母も満足そうでその笑顔を見た途端に虚しくなり、日々がつまらなく感じた12歳。
ふと弟の存在を思い出した。
ただ歩いて離宮の屋根の角に鳥が止まったのが見えただけ。
「そういえば、弟がいたな。」
生まれて7年、7歳になっているか。
顔も見た事がない弟に興味を持ち会いに行った。
初めて見た弟は人間だと思えない様相で獣のようだった。
薄汚れ、変な匂いがして、髪も伸び放題でとにかく汚かった。
自分と同じ王子のはずが、着るものもままならず、喋ることもできず、浮浪者のようで自分より理不尽な扱いを受けている弟に、妙な冷静さと安堵感を与えられた。
喜びさえ感じた自分は壊れていたのだろう。
それから弟は懐かない獣を手懐けるようで、面白かった。
それまで虚しかったのが、哀れな弟に施しをする事で胸がすき、様々な事に身が入った。
弟も懐柔し、更に自分の足元が固まった。
………不思議な物だな。
自分から望んだわけではないのに、周りが勝手に期待して決まった道を歩かされる。
お前も俺も弟も十分理不尽な人生を歩んでるな。
お前なんて命まで狙われたんだよな。
それで記憶喪失にもなり、人が変わったようになった。
眠るルキアーナ嬢を見ると、雪山での出来事が頭を過ぎ、コロコロ表情が変わるルキアーナ嬢を思い出した。
編まれた髪がボサボサになっても気にする様子が無かったな。
「公爵令嬢だろう……。」
解けかけたリボンを引っ張ると、一緒に編まれた髪も解けた。
ゆるくウェーブのついた銀髪がサラリと流れる。
片側が妙に短い。
「誘拐の時に切られたと言っていたか…。」
手で掬っては逃げる髪を何度も梳く。
とてもサラサラで触り心地が良い。
ますます居た堪れなくなるのと、ほのかに自身への腹立たしさで居心地が悪くなり、髪を梳くのをやめ、城まで飛んだのだった。
読んでもらえて嬉しいです
第一王子も頑張ってきたんだね
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