4 公爵令嬢は記憶喪失設定
あたたかな微睡の中で目が覚める。
天井から薄いレースが流れていて、模様が綺麗だった。
綺麗……
ふかふかな布団にちょうどいい硬さの枕。
気持ちいい。
なんだか長い夢を見ていた気がする。
ぼーっとする頭で、横を見る。
大きな窓………
ここは? 見たことのない部屋だな………プリンセスの部屋みたい……
あ………テーブルに水がある。
飲もうと手を伸ばして、見えた小さな手。
……………急に思い出した!伸ばした手のまま、固まる。
夢じゃなかった。
私はルキアーナちゃんで、ここはクルリスター王国!
ガックリ手を下ろして、起きあがろうとした時、
「お目覚めになられましたか? ご気分はいかがでしょうか?」
突然足元の方から女性の声がして、体がびくっとなった。
誰かいた!
驚き過ぎて声が出なかった。
誰?
考えていたら、その女性が近づいてきた。
「大丈夫ですか?お嬢様。ご気分はいかがでしょうか?」
レースカーテン越しにメイド風な人が見える。
私が大丈夫だというように、首を縦に何度も振ると、私を見て安堵したような息をついた。
この人、ルキアーナちゃんを心配してくれてるんだ。
お母さん? にしては服がメイド服っぽい?
でもまあ、この子の事を思ってる人がいるとわかって少し安心した。
「ここがどこだか分かりますか?」
その言葉に私が首をフルフルすると、女性の肩がこわばった。
「では、私が誰か分かりますか?」
また私が首を横に振ると、今度は焦った口調で、
「では、失礼ですが、ご自身の事は分かりますか⁇」
「ル…き、ごほっごほっっ」
焦りにつられて急いで名前を言おうとしたら、喉がカラカラに引っ付いていて、言葉にならず、むせた。
「失礼致します、先にお飲み物でした。」
カーテン内にサッと入り、体をさすりながら起こしてくれ、素早くコップを渡してくれた。
誰かわからないけど、できる人。ありがとう。
ありがたく受け取り、すぐに口を付けた。
レモン水だ。
爽やかな香りと少し酸味があって飲みやすく、喉が潤っていく。
「美味しい」
一気に飲み干して、ホッとした。相当喉が渇いてたようだ。
「本当にご無事で…良かった‥‥お目覚め…になるまで、心配しました。」
私の姿を見ながら、感極まった様子で涙を堪えている。
いい人。
私がニコっと笑うと、女性は目をこれでもかと見開いて固まってしまった。
それはもうビキっと音が聞こえたんじゃないかと思うくらい。
それを見て、こっちも固まる。
えっ…??
瞬間、女性の目に溜まっていた涙が一気に溢れた。
ギョ!
なんで急に号泣⁈
オロオロとどうしたらいいか、狼狽えると、女性はポケットから取り出した布で涙を豪快に拭き、姿勢を正して、
「もう何年もお嬢様の笑顔を見てなかったもので、感極まってしまいました。お心を戸惑わせて、申し訳ございませんでした。」
90度に腰を折って謝ってくる。
その姿に驚く。
心を戸惑わすって何。
12歳の子供に対しての対応じゃない……。
そういえば、この子は公爵令嬢で、宰相の娘って言ってたっけ。
ものすごく身分が上とは聞いてたけど、その子に仕える態度としては、これが当たり前なの?
見つめてる間、全く顔を上げない。
えっと、私が何か言わないと頭上げない感じかしら?
「大丈夫だから、頭を上げてください。」
そう言うと、女性は恐る恐る顔を上げてくる。
いやめっちゃ、怪訝そう。
なんて言えば良かったの⁈
「お、お嬢様は本調子ではなさそうですので、すぐに主治医を連れてまいります。旦那様にも、お、お伝えしてきます。」
そう慌て気味に私のコップを取ると、出て行ってしまった。
そのドアに行くまでの距離を見て、部屋の広さに驚く。
検査室全部入るくらいの広さがあるんじゃない⁈ ドアがすごく遠い。
ベッドにはレースがかかってるから、向こうが霞んだように透けて見える程度だけど、奥にはソファー、ローテーブル、チェストなどがゆとりをもって配置されているのが分かる。
どんな部屋よ。
子供の部屋にしちゃ、豪華すぎでしょ。
よく見たら、このベッドだって、ダブルサイズくらいあるんじゃない⁈
子供が寝るのに、サイズ合ってないって。
空いたスペース多すぎでしょ!
どうなってるの、これってこっちでは常識なの?
ふかふかな布団をもふもふしていたら、ノック音が聞こえドアが開く。
同時に
「ルキアーナ〜!!」
いい声の男の人が入ってきた。
スーツっぽい服着て、めっちゃスタイルいいのがわかる。
だって、長い足であっという間にベッド脇にたどり着いたんだもん。
そして私の顔を見つめてきた。
キラキラのダークシルバーヘアにルビーのような瞳を少し潤ませている。
誰?めっちゃイケメン。目が、目が赤い!綺麗!
若い、20代後半…私よりちょっと年上か、もしくは30代か?
うーん、お兄さん?
首を傾げる私の手を、両手で優しく握ってきて、話始める。
「心配したんだよ。城からの帰りの馬車が襲われて、異常があったら知らせる魔法が私の元に来た時は、生きた心地がしなかった!急いで駆けつけたけど、お前の姿が無く。捜索魔法を展開しても引っ掛からなくて、魔法阻害アイテムを使うとかお前の命が本当に危ないと思った。」
手を握る両手が震えていた。
この人もルキアーナちゃんを本当に心配してる。愛されてるじゃない。
家族よね?
素敵な部屋に、心配してくれる人達がいるのに、魂が弱る原因はやっぱり命を狙われる事かな。
こんなに心配してくれる人がいるのは、いい事だよ。と心に呼びかける。
そして私は心配してくれるこの人にニコっと笑う。
「心配してくれて、ありがとう。……お…にいさん?」
そう言うと、そのイケメンはヒュッと息を吸って口元に手を当てた。
嬉しいような、悲しいような複雑な顔をして、最後青い顔になった。
あ、間違えたらしい。
私より年上そうだし、家族かなって思ったんだけど………
「ルキアーナ、私がわからないの…か…?自分はわ…か……るか?」
狼狽してるのが分かる。顔色も悪い。
こりゃ、まずい。
別人ってバレちゃう。
「わ、わ、私の名前はルキアーナ・ノア・ウィンテリア、年齢は12歳です。公爵家の娘です‼︎」
焦って慌てて答える。
「そうか、自分の名はわかるのだな。」
少しホッとしたようにイケメンが頷く。
いや、これしか知らないよ。全く知らないです。
「しかし、話し方も全く違うな……言葉遣い………」
ギクッとする。話し方違うのか。言葉遣い⁈
子供が話すのってこんなもんじゃないの?
身分がある子供は違うの?
ひ〜分からなさすぎて、恐いんだけど!
怯えるように布団を引っ張ると、私が震え出したと思ったのか、イケメンはオロオロし始めて、
「よっぽど怖い思いをしたのだな、大丈夫。大丈夫。ここは安心できる家だ。」
と言って抱きしめて背中をポンポンしてくれた。
ひーー、イケメン近い、急な接近‼︎
固まる私をよそに、私の肩に手を置いて、眉を下げた。
「私は、ルキアーナの父だ。怖い思いをしたんだ、記憶が混乱しているんだろう。」
うわー父親だったー。
わー25歳の自分中心に考えてた。少し上に感じたから、お兄さんと勘違いした!
しかし若いな、何歳の時の子供なの?この世界は早婚なの⁉︎
宰相って聞いてたから、おじさんって思い込んでた。
♢♢
驚いた顔で固まっていると、ガチャッとまたドアが開いた。
今度はふわふわの白髭で白っぽい服を着た小太りの人が入って来た。その後に、さっきまでいた女性も続く。
ヒッ‼︎また人増えた。
もうどうやって誤魔化すか、蒼白になる。
メイドはさっと来て、ベッドのレースを上げる。
よく見れるようになった私を見ながら、フワッフワの白髭サンタっぽいおじいちゃんが父の反対側に来た。
赤い服なら完璧サンタさんだ。
その人は私にニコっと笑いかけて、すぐに父を見て、ため息をつく。
「宰相閣下、困ります。取り急ぎ診ただけで、詳しく診察出来てないんです。診察前の接触は控えて下さいと申し上げましたよね? ルキアーナ様の負担になりかねません。」
その言葉に父はオロオロする。
「す、すまなかった。娘が心配だった。目覚めたと聞いて、居ても立っても居られなかった‼︎」
そして私を見て頭を下げる。
「ルキアーナもすまなかった。心配だったんだ。」
びっくりするくらい男前なのに、感情豊かで、ルキアーナちゃんがとても大切なのね。
取り乱す姿を見て、ふふっと笑ってしまう。
すると今度は父が目を見開いて固まる。
いや、笑う毎に驚くのやめてほしい。
ルキアーナちゃんって笑わなかったの?
微笑みも?
どういうことよ。困惑気味に眉をひそめていると、
「では診察をさせていただきますので、宰相閣下はお仕事へお戻りください。」
サンタのおじいちゃんがドアの方を指す。
父はハッとしてチラッとドアを見ると、素早い移動で奥のソファーに座った。
「側に居たいという事ですか。まあ、いいでしょう。」
サンタのおじいちゃんは再びため息をついて肩をすくませると、優しい笑みで私に向き直した。
「このメイドから聞きました。ルキアーナ様の様子がおもわしくないかもしれない、記憶が混乱しているのかもしれないと。」
女性を見ると、軽く頭を下げてきた。やっぱりメイドさんだったんだ。
「私はこの公爵家の専属医を任されているクロース・サンタールと申します。覚えておられますかな?」
無言で首をフルフルする。
すごい、名前までサンタっぽい!
ますますサンタさんと密かにテンションの上がった私を知る由もなく、サンタール医師はゆっくり問診をしていった。
攫われた日のことや、自分の事、家族の事、痛い所………
体の具合を確認したり、中には金属探知機のような物で全身を探ったりした。
何がわかるんだろう、技師だった私にはとっても気になる物だった。
私がふうと一息をつくと、サンタール医師が頭を下げる。
「目覚めて間もないのに、多くの診察をして疲れを感じましたかな。申し訳ありませんでした。」
メイドさんが後ろのクッションを調節して少し倒してくれる。
そして父をベッドサイドに呼んで、カルテを下ろし、申し訳なさそうな顔をして言った。
「やはり記憶が消えておられるようですな。」
父が息を呑む。
「ご自身の名前以外は、家族を含む人達、ここでの生活、思い出全てにおいて記憶がございません。欠落してしまったようです。おそらく、頭部に打撲があるので、それが原因かと。しかし頭部には魔石による反応はございませんでしたので、内部まで傷付いてはいない様です。それは内臓も同様で問題ないかと。傷付いたのは頭部の外傷と髪だけかと。」
お、記憶喪失って診断になりそうだ。
まあ、この体にもう一つ魂が入って、ほぼ私が乗っ取ってるとは思わないだろう。
良かった、なんとか記憶喪失って事に落ち着いて。これで何も分からなくても大丈夫そうだ。
痛みとかないから、安心してたけど他に頭以外傷も無くて良かった。
しかし、傷付いた髪とは?
そういえば、私この子の容姿を見たことがないなあ。
首を傾げると、
「心配ない。」
私が心配したと思ったのか、沈痛な面持ちの父が頭に手を置いて微笑んでくれた。
「脳の防衛反応で記憶が失われているのでしょう。無理に思い出させる事は悪手と考えます。記憶も何かのきっかけで戻るかもしれませんし、気負うことはありません。自然に任せましょう。今、分からない事は再度覚えていく事もできますし。大丈夫ですよ、ルキアーナ様。」
憂を取るようにサンタール医師も優しい。
こうなってくると本気で心配してくれている人達を騙している事が居た堪れないし。
記憶喪失と言われて喜び、自分の容姿が気になっただけとは言いづらい。
神妙に頷くと2人共安心した顔で笑った。
ごめんなさいね、早く色々覚えるからと心の中で手を合わせる。
そして気になる髪を両端ずつ少し持ち上げてみた。
右の髪はキラキラ発光した銀髪が掴め、そのままだったが、左手は何度つかんでも髪が逃げていった。
あれ?左側は短い?
そう思うとメイドが手鏡を差し出してくれた。
見えた顔にびっくり!
なに、この子の顔‼︎
めっちゃ可愛い‼︎
真っ白な艶肌に大きな紫色の瞳、口も鼻も小さくバランスよく配置している。
めっちゃ美少女じゃん!
驚いた顔をしていても可愛い。
め、目が紫!すごいこの世界!
銀髪もよく似合う。
髪は確かに左側が短い。
驚いている私に、父は、
「髪が切られてる。どうやら襲われた時に切られたようだ。脅しの証拠に使うつもりだったんだろうか。」
顔を酷く歪める。
ああ、なるほど殺し屋さんに切られて、それで不揃いなのか。
「本当に怖かっただろう……」
うん、怖かったと思う。近くで刃物振って髪切られるとか恐怖でしかない。
私の頭を撫でながら、父はサンタール医師に向く。
「髪が切られたのだが、魔力は大丈夫だろうか?」
「はい、ルキアーナ様は類稀なる魔力の持ち主なので、魔力の枯渇や魔法を失う事はないようです。」
おお、魔法は元々使えないんだけど、髪大事だった。
どうやら髪を切るには、専用の魔道具で切らないと、そこから魔力がダダ漏れになって体に良くないらしい。
私としては短い髪に揃えて、ショートにしたらと思って言ったら、メイドも合わせて全員が首を横に振った。貴族にとって髪の綺麗さと長さは大切らしく、高貴を表すシンボルらしい。
短いとそれだけで馬鹿にされ揶揄される原因になるんだって。
貴族の価値観面倒くさいなぁ。
なので、魔道具で少しずつ裾を切って、魔力が漏れないように処置して終わるだけで、斜めに切り揃えたままらしい。長いの残すのはわかるけど、髪型変じゃない?
鏡を見て首を振って、後ろを確認する。
うーん、ある意味アシンメトリーで斬新かも?
新手の新進気鋭デザイナーみたいだ……。
まあ、子供だし、いっか顔のかわいさでカバーできてる。
「短い髪も編み込めば大丈夫です。お任せください。」
ニッコリとメイドが鏡を覗き込む。
おお、メイドさんが有能。
「では、お嬢様体調が落ち着いているようでしたら、消化に良い物をお持ちしましょう。少し召し上がった方がよろしいかと思います。」
そう言われると、かなりお腹がすいてきた。
「お願いします。」
そう言うと、メイドさんはニッコリ微笑んで、父とサンタール医師に頭を下げて部屋を去って行った。
そして父もサンタール医師に彼方で話しましょうと言って、
「オリビアにも伝えてくるよ。」と言いながら私の頭をひとなでして出て行った。
オリビア……?
誰?と疑問を持つものの、誰も居なくなった部屋で、やっと息を吐く。
ふう、なんとか乗り切れた感じがする。
よし、まずはメイドさんが持ってきてくれる食事をしっかり食べて、元気になろう!
何をするにも、それからだ!っと気合いを入れて食事を待ったのだった。
記憶喪失診断に千笑、助かったね
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