2 天使に会いました
そうだった、私は杏里ちゃんを助けようと車道に飛び出したんだ!
なのになんで今、崖ギリギリにいるんだろう?
‼︎
まさか、交通事故を起こした運転手が、事故隠蔽のため山奥に私を捨てたのかしら?
いやいや待って、死体は確かに私だけど、この死体を見ている私は、どうなってるの?
生きてる私と、死んでる私。
どういうこと?
いやいやいやいや………
頭がこんがらがって、死体を見ながら、頭を抱え込む。
サラリと髪が前に流れてきて、ギョッとした。
見えた髪は、キラキラ発光しているような銀髪だった。
「誰⁈ 何この髪!」
思わず掴んで引っ張る。
「イタタ…」
地毛だ!私から生えてる⁈
更に、着ているものが視界に入り、目を開く。
赤いシミが多数あるが、キラッキラのレースたっぷりのワンピース? パーティ??
なんでこんなの着てるの⁈
思わず立ち上がったけど、少しふらつく。
バランスが取りにくい、ヒール靴?
わあ!スカート長い、靴まで隠れる。
ヒラヒラしたドレスは幾重にもレースが重なっており、月の光でキラキラしている。
こんなに生地が重なってるのに、全く重くない。
この赤い汚れ、これ血?
汚れた部分を掴んで少し持ち上げてみる。
‼︎
「手が小さい⁉︎」
両手を月に向けて広げる。
どう見ても小さい。
握ったり開いたり、思い通り動く手に眉間に皺がよる。
え、私、子供なの?
月に両手を開いたまま、呆然と立ち尽くす。
ここはどこで?
ほんと、どうなっているの?
私は誰?
「死んだの?生きてるの?」
その呟きは暗闇に消えていった。
♢♢
「生きてるよ!生きてるよね!」
⁈⁈⁈
急に暗闇でしかない崖の向こうから、少しキーの高い声がした。
暗闇に視線を向けると、だんだん下から光が現れて子供が出てきた。
ああ、天使。
咄嗟にそう思った。
だって、艶々した少し癖のある金髪に、かわいらしい顔立ち、白いサラリとした着衣に、なんと言っても真っ白な羽根。
天使と言ったら、これって答えるような出立だ。
お迎えが来たんだ〜。本当にあの世に行く時は、天使が来るんだ〜。
もう現実離れし過ぎて、意味わかんなかったんだよ〜。
なんか天国行けるんだと思ったら、ぐるぐる蠢いていた思考がストップした。
もう理解できないことが多すぎて、現実逃避できるって思ったらホッとして、思わずへにゃりと笑ってしまった。
なのに、そんな私を見て天使は腰に手を当てて、眉を吊り上げた。
「何笑ってるの!」
ピシャリと叱られる。
えっ、えっと、怒ってらっしゃる??
「あ、あの…「ちょっと、どういうつもりなの?いきなり飛び出しきて!」
喋ろうとしたら、先にめちゃくちゃ可愛い顔で天使が怒り出した。
ああ、急に車に飛び出して、死んだから怒ってるのかしら?
なんて考えながら、天使の顔をまじまじ見てしまう。
「ごめんなさい、死ぬつもりなかったんです。杏里ちゃんを助けたかっただけで………⁈」
急に思い出した。
「あ!杏里ちゃんは?」
キョロキョロするが彼女の姿は見当たらない。
「誰?杏里ちゃんって!それよりどこから君は現れたのさ?どうやって、この中に入ったの?」
私を指差して天使が言う。
それはこっちが聞きたいです。
「天使さん、ここはどこなんでしょう?私は甲西病院の帰り道で車道にいたはずなんですが?
どうなっているんですか?」
私の方が教えてほしいと首を傾げる。
「天使さん?天使さんって僕の事?」
天使が可愛い顔を少し歪めて首を傾げる。
「そうです、見た目天使にしか見えなかったから、金髪だし、飛んでるし…天使じゃないとかあるんですか?」
他の何に見えるんだ?
眉をひそめる。
「羽がはえてるし、死体の側だし。私を天国に連れて行ってもらえそうだし。天の神様が遣わしたって感じに見えます!天に仕えてる使徒だから、天使。違うんですか?」
訝しげにそう答えると、天使はわずかに目を見開き、は〜と息を吐いた。
「ふむ、そういう意味からすると、その天使っていう呼び名も間違いではないな。君は、僕の存在をよく知ってるんだね。」
「いや知らないですよ?」
目の前で手を振って否定する。
見たの初めてだし。本かアニメとかでしか知らないし。
戸惑って見つめると、
「僕は君の言うところの天使にあたる者だけど、天使って名前じゃない。ラルフと呼ばれてる。僕は今、神になる為に階級を踏んでるところさ。君の言う通り死んだ人の魂を持ち帰って、転生させる仕事をしてる。」
ラルフがどうだとばかりに胸を張る。
天使だけど、神になりたい……天使って神になれるの?よくわからない。
まあ、天国行けるなら、なんでもいいか。
「あ、じゃあ、私は天国に連れて行かれるんですね。」
「いや、生きてる人間は連れて行けないし。」
「…私死んでますよ?」
そう自分の死体を指差すと、天使が目を見開く。
「え、これ君なの?」
「はい、私の死体です。」
なんだか変な会話だ。なんで自分の死体指差して肯定してるんだろう。
あれ?? じゃあ、なんで生きてるんだ?
「じゃあ、なんでその子の中に君の魂が入ってるの⁉︎…‥…1つの体には1つの魂しか入らないはずだし…………。」
頭悩ませるように、ラルフが唸る。
なんでと言われても、こっちが聞きたい。
私は、誰かわからない子に乗り移ってるの?
ん?
私の魂がこの子の中に入ったって事は、この子も死んでたの?
この服の赤いのは、この子の血⁈
とんでもないことに気づき慌てる。
「この子は死んでるんですか? 私が入ってしまったから、この子は生き返ったんですか?」
そんな私を見て、ラルフは首を振った。
「そうじゃない。元々死んでないよ、生きてる。確かに僕は今日この子が死ぬから、魂を持ち帰るために来たんだ。でもこの子は死んでないから魂が抜けてない。どちらかと言うと、前代未聞で2人の魂がこの子の体に入ってしまってる状態。と言っても本来のこの子の魂はだいぶ弱ってて、君がメインに出てるけど……まあ、だからこそ君の魂が入り込めたんだと思うんだけど……。」
顎に手を当て、思案するように答えてくれる。
1つの体に2個も魂入れるんだ!
「魂が弱ってるって何? この子、死にそうって事? でもこの子自身生きてるのよね。」
生きてる事を確認するように、手をグーパーしてみる。
痛みもなく動くよね。
「うん、すぐ死んじゃいそうだけどその子は生きてる。けど魂の存在割合からいくと、9割君が占めてるから、君が自由自在に体を動かせるはず。君がほとんど占めてるから、乗っ取りに近いよ。」
ラルフの言葉にギョッとする。
「乗っ取ったって!乗っ取ってるの⁈ どうやったら返せます?」
その言葉にラルフが呆れた顔をする。
「返したら、君はすぐ死ぬよ?それでもいいの?」
えっ、そうなの?いい訳はない。
けど他人の体を奪うのも、本意じゃない。
「本来の私の体じゃないですからね。私の魂取り出して、そこの死体に戻したら、私生き返れたりしません?」
またラルフがため息をつく。
「魂を僕が勝手に取り出せないよ。死んで側に浮いてる魂捕まえるだけだから。仮に取り出せて、あの死体に返しても死体だよ? 生き死体にでもなるつもり?」
「生き死体…‥…ゾンビって事ですか?」
「ゾンビ?なにそれ聞いたことない。血がダーダー出たままの肉体に戻れるわけないでしょ!戻っても出血多量で即死亡で、魂が浮いて出るだけだよ。」
ゾンビの私を想像する。
車で轢かれたんだし、あの出血量なら死ぬのは当然だけど………一瞬でもゾンビはいただけない。
でもこの体は私の物じゃないし、この子に返してあげないと。
「死ぬのは仕方ないです。相手は車ですから、ぶつかった時に死んだと覚悟しました。どうにかして、この子から私の魂を抜いてもらえませんか?」
この子の人生を奪うわけにはいかない。
納得して答えると、ラルフは怒ったように言った。
「いや、だから生きてる人間から魂抜けないって言ったよね!見たところ、本来のその子の魂は生きる気が無いみたいだし。それこそ奇跡的に君の魂が抜けたとしても、その子が死ぬのは時間の問題で、君が死んでこの子も死んで全員死んだら一気に魂が3つになっちゃうよ!僕らは予定個数の魂しか運べないの!今日の死亡予定は1人だから、1つしか持って帰れない。」
ものすごくプリプリ怒るし。
えー、融通効かないなぁ。
「今、僕のこと使えないって思ったでしょ!」
しまった、顔に出てた。
「僕らは規約が厳しいんだよ。守らないと神達に罰せられる。それは勘弁。」
よっぽど神様が怖いのか青い顔して首を振ってる。
神様って優しいイメージだけど、上司となったら怖いのね。
っていうか魂3つって何?
「どう見ても、ここには私と私……の死体しかないんだけど、なんで魂3つになるの?」
私のその言葉にラルフがキョトンとして、ポケットから汚い色の塊を出してきた。
「うわ、何その塊、汚いんだけど、溝のヘドロみたい。」
臭い匂いまでしそうだ。
「崖の下で回収した魂だよ。」
「崖の下でも亡くなった方がいたんですね。かわいそうに。」
私が眉を下げると、ラルフは半目になった。
「これは殺し屋の魂だよ。今日死ぬ予定だったのは、君が入ってしまったこの子!のはずだった。この子は、この殺し屋に殺されて死ぬ予定で、僕はこの女の子の綺麗な魂を持って帰るはずだったんだよ。けど、殺し屋に剣で切られる瞬間に君がすごい勢いで転移してきて、代わりに切られるわ、殺し屋にぶつかるわで、最終的にその衝撃で殺し屋が崖下に落ちていったんだよ。だから、死んだのは殺し屋。で、今日持って帰るのは、この汚い魂という訳。この魂持って帰る事になったじゃん!」
言いながらまたラルフが怒り出したが、それどころではない。
「えっ‼︎ 待って、待って、転移? 急にここに来て、私が殺し屋さん突き落として殺しちゃったってこと⁈ 犯罪じゃん!」
自分が殺人犯で驚いた!
「いや、君も切られて肉体は死んでるから、お互い様じゃない?まあ、魂が生きてる分、君の方がついてるかな。だから…」
いや、ついてるとか、ついてないとかの話じゃない。
誰かわからない人を殺してしまっていた。
杏里ちゃんを助けるつもりで車に飛び出したら、なんでかよくわからないけど、殺し屋さんの前にワープしてて、ぶつかったのは車じゃなくて、殺し屋さんだったって事⁈
意味わかんない。
え、なんで、ワープって出来るものなの⁈
その上、殺し屋さんという微妙職業の人だけど、死なせてしまった。
私はどうするべき?
私の魂を殺し屋さんにあげたら、殺し屋さんが生きかえれる?
いやでも、天使は生きてる人から魂を取り出す事ができないって言うし。
殺し屋さんは崖から落ちてるから肉体はダメになって、死んだんだろうけど、仮に私の魂戻せても、一瞬殺し屋の姿でゾンビ……なんかイヤだな………。
殺し屋さんがどんな人か知らないけど。
でも、私がこの肉体から離れたら何故か魂が弱ってるこの子も死ぬ可能性があるんだよね。
道連れに、この子を死なせるっていうのもちょっと…。
どうしたら…………
考えがぐるぐる頭を回っていると、
「聞いてんの!?」
とラルフに頭を叩かれた。
「った………」
全く聞いてなかった。
「ごめんなさい。自分の中で瞑想してました。」
頭をさすりながら謝る。
「だから、このままこの子の体のまま過ごしてって言ってるの!ついでに君の死体も持って帰って神達に相談してみるよ。こんな事前代未聞だから。魂が2個入ってるのも良くないし、余った死体もよくないし。それに君は元々この世界の人じゃない、死ぬ予定でもなかった訳だから、うまくいけば生き返れるかもしれないし。」
「殺し屋さんは生き返れないの?私が殺してしまったんだけど。」
申し訳なさもあり聞くと、天使はポケットからノートを取り出して見始めた。
「そうだけど、えーっと、この人も数日後に死ぬ予定だったみたいだね。」
え、デスノート?
ポケットにしまってるけど、めっちゃ気になる。
「少し死亡が早まっただけだし、その辺の誤差はなんとかなるかな。今日の殺しも理不尽極まりなかったから、気に病むことないんじゃない? 魂の色見たでしょ!あんな悪の塊みたいに汚れきった魂初めて見たよ!恨みは多そうだから復讐されて死んじゃうのかもね。この魂は生き返らせても碌な事ないよ。しっかり浄化して清くして転生させる方がいい。めっちゃ手間かかるから、めんど……ううん、大変だけど。この魂をうまく転生させれたら、ノルマ達成で僕は階級が上がるんだ。できることも増えるようになるし、不本意だけど、手に入れた以上やるしかない。」
急にラルフの気合いって拳を握ってる。
「面倒くさいんだ、浄化するのって」
「うっ、面倒って誰が言ったのさ。これだけ汚れた魂なんだ、なかなか綺麗にはならないよ。時間がかかるに決まってるでしょ。」
ラルフが魂を洗ってる姿を想像して、少し笑みが溢れる。
ついでに、もう一つの懸念を聞いてみた。
「この子はここで死ぬ運命だったけど、私が助けてしまったみたいで、このまま生きて歴史に影響とかないんですか?」
人の生死に関わるんだ、この世界に及ぼす影響ありそうじゃん。
「歴史とかわからないけど、大丈夫じゃない? ましては子供だしね。歴史に影響あるからって死ぬのが決定事項なら、またすぐ死ぬよ。」
え、簡単に言う。
何度も死ぬのは嫌ですが⁈
半分やけになる気持ちを抑えて。
「死ぬのは嫌ですが、生きてても問題無いならいいです。それで私はどうしてたらいいですか?」
そんな私の問いに、天使は指を立てて言う。
「君は生き返れるかもしれないし、手立てなく死ぬ事にもなるかもしれないけど、普通に過ごしていたらいいよ。でも出来るなら、この子の魂の復活に手を貸してほしいかな。仮に生き返れる時が来て、魂をこの子の肉体から抜く時に、この子が死んだら不本意だろ?だけど、この子は何故が生きる気が全くない。はっきり言って生きたくないと思ってるから魂が弱り果ててる。魂が弱っていたら自殺もしやすいし、病弱にもなる。何故生きたくないのか僕にはわからない。今はこの子の魂を、というか彼女の存在を感じないと思う。深い眠りに入ってる状態だから、これから君がこの子の体で生活する上で生きる希望とかを見つけ出したりしてあげたら、覚生してくるはずなんだよ。それで、この子の魂を復活させてほしい。」
その言葉に私は、さっきまで助けようとした杏里ちゃんとこの子が重なった。
死にたいと思うほど人生が生き辛いんだ。彼女もそうだったんだと思う。
杏里ちゃんをあの時助けれたかは、わからない。
この子も同じ、人生を放棄してる、でも生きてる。
私も生きれるのか死ぬのかわからないけど、今は何故か生きてる。
……………。
よし、複雑に考えるのはやめよう!
死んだらダメだ、生きてればなんとかなるもんだ。
この子は子供みたいだし、しばらく私が一緒に生きる意味を探してあげるのもいいかもしれない、楽しい事をたくさんしたら目覚めるかもしれないんだし。
私には座右の銘がある。
私の千笑という名は「千の笑顔」人生をみんなで笑って過ごすという意味で名づけられた、私はこの名をモットーに明るく過ごしてきた。
「この子にも笑って人生送れるように、楽しい事をやっていこう!お姉さんの私が力になれる事があるかもしれない。」
ガッツポーズすると、胸の辺りがじんわり温かくなった。
なんだか、この子が喜んだ気がして嬉しく感じた。
よし、この子が前へ向けるように生きてみよう‼︎
天使との会合まだ続きます
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