離婚した責任
昨日、離婚をした。
原因はそれぞれの好みが全て合わなくなったからである。
最初は時々喧嘩をする程度だったのが、最近は毎日大喧嘩していた。
これでもかと言う位細かな所の言い合いから、大喧嘩になってしまう。
これではもはや結婚した意味が何も無い、そう思い、離婚しようと言うと、向こうは速攻で承諾した。
多少なりとも向こうも離婚しようと考えていたのだなと思った瞬間だった。
離婚の話はあっという間に進み、協議離婚をした。
離婚の話を進めている時だけ、二人で落ち着いて話をする事が出来た。
二人で落ち着いて話をするのは、とても久しぶりの事だった。
離婚後、向こうは実家に帰り、俺は家に残った。
結局二人の間に子供は出来なかった。
これでもう、大喧嘩をする事は無いと思い、ソファで脱力していると、ポストに何かが投函された。
確認してみると、それは白い封筒だった。
中には紙が一枚だけ入っていた。
あまりのシンプルさに不気味ささえ感じる。
紙には文章と地図が載っていた。
『自殺所案内状
この度は離婚となってしまい、とても残念でなりません。しかし離婚が成立した以上、私達はこの封筒を送らなければなりません。ご承知の通り、一昨日に行われた法改正により、再婚が撤廃され、離婚が成立した場合、双方は亡くならなければならなくなりました。その為大変心苦しい通告になりますが、下記の地図に示された自殺所へと赴いて頂き、亡くなって頂きます。猶予期間は離婚が成立した日から一週間でございます。猶予期間を過ぎた場合、特別チームが出動致しますので、出来るだけお早めに赴いて下さいませ。どうかあの世では貴殿に相応しい異性と巡り合える事を、心よりお祈り致します』
一体何なんだこれは、自殺所? 離婚したから死ね? 冗談じゃない、そんな法改正起こっていない……と言うか、絶対にこんな法改正が認められる訳がない。
確かに最近の母国では離婚率が急上昇し、出産率も急降下している。
しかしだからと言ってこんな乱暴な法改正は絶対に起こらない。
質の悪い悪戯だと思ったのだが、念の為調べてみる事にした。
驚愕した。
本当に一昨日、法改正がなされ、再婚が撤廃され、離婚した場合、双方は一週間以内に亡くならなければならなくなっていた。
こんな法改正、俺は今日の今日まで全く知らなかった。
まるで、封筒が届いた瞬間に法改正がなされた世の中になったような感覚だ。
法改正がなされた以上、俺は一週間以内に死ななければならないのか……嫌だ! 俺はまだ大して年を重ねていない。
食べたいものや行きたい所、まだまだ山のようにある。
なのに俺は、法律の所為で、この世から居なくならなければならない。
離婚した責任を、取らなければならない。
一週間以内に死ななければ、特殊チームとやらが出動して、きっと俺を殺しに来る。
いずれにしても、俺は近々この世から居なくなる、双方と書かれている以上、向こうもだ。
まさかこんな法改正が行われていたなんて……知っていたら離婚なんか切り出さなかった。
あの時つい怒りに任せて離婚を切り出したが故に、こんな事になってしまった。
今思えば、私達の離婚など、命と引き換えにする価値も無かったのではないであろうか?
確かに相性は最悪だった。
当時は運命とさえ感じた相性の良さも、時が経つにつれてどんどん悪くなり、些細な事で大喧嘩が勃発するようになってしまった。
しかし今考えてみれば、私達は無視を一度もしていない。
話しかけられたら必ず反応をしていた。
その為、大喧嘩が絶えなかった。
何も離婚なんてしなくても、些細な部分をほんの少し改善するだけで、全てが解決していたかもしれない。
何て幼稚な行動をとってしまったのであろうか……。
翌日、俺は元妻の実家を訪ねた。
家には上げて貰えなかったが、元妻が今どうしているのかだけは教えてくれた。
離婚後、元妻は両親に甘え、そして泣いたらしい。
その後元妻は、旅行に行くと言って家を出たとの事らしい。
帰って来る日は、猶予期間の最終日だった。
場所は言わなかったと言う。
俺は実家を後にする前に、両親に土下座をした。
俺のした事は、ほぼほぼ無理心中と言っても過言ではない行動なのだ、恨むなと言う方が無理があるであろう。
猶予期間の最終日、俺はまだ生きている。
どうしても、死ぬ前に元妻に一目会いたかったのである。
怒りに任せて離婚を切り出した事を、謝りたかったのである。
離婚と言う言葉が、元妻の耳には死と言う言葉とほぼほぼ同義であった事を、当時の俺は全く知らなかった。
その為、俺は何の自覚も無いまま、元妻に惨たらしい言葉を投げかけてしまった。
その事を、謝りたかったのである。
何を言われても良い、何をされても良い、だからせめて一言だけでも、元妻に謝りたい。
その一心で、俺は今日に至るまで、必死に元妻を探し回った。
結婚生活真っ只中の時に行った、思い出の場所や、歩いた場所等、頭に残っている場所は全て探した。
しかし何処にも元妻は居なかった。
すれ違ってしまっているのか、それとも全く別の場所に居るのか、それは分からなかった。
今日になれば、ほぼ確実に元妻に会えると言うのに、何故か俺は探し回った。
理由は俺自身にも分からない。
強いて言えば、死ぬ前に少しでも長く元妻と居れる時間を確保したかった……であろうか……。
実家の近くで待機し始めてから大分時間が経ち、とうとう日付が変わろうとしていた。
流石に不安を隠し切れなかった。
昨日、行方不明者が急増していると言うニュースを見たからか、事故に遭ったのでは無いか、誰かに連れ去られたのでは無いか、そう言った不安が容赦無く襲いかかって来た。
その時だった。
「おい!」
「……どうして居るの?」
「一言……謝りたくて……」
「謝る?」
俺は土下座をした。
「すまなかった……俺が……離婚なんてとんでもない言葉を……君にぶつけてしまって……すまなかった……」
「……私こそ……ごめん……つい怒りに任せて……軽々しく離婚の話進めちゃって」
「いや……離婚を言い出したのは俺だ……俺が百パーセント悪いんだ……」
「もうやめてよ……悪いのは……お互い様だよ……私だって……離婚した後……多分君と同じ気持ちだったよ……だから私……君に見せる顔が無くて……旅行って形で逃げてた……このまま……君に一切顔を合わせずに……自殺所で死んじゃおうって思ってた……でも……やっぱり君の事が忘れられなくて……死ねなくて……帰って来た……」
「悪かった……本当に悪かった……」
俺は大泣きしている元妻にハグをした。
「死にたくなかっただろうに……俺の所為で……」
「君こそ……私の所為で……」
「すまなかった」
「ごめんね」
「実家に帰って……家族と顔を合わせた方が良い……」
「……そうだね」
その時、突然首筋に僅かな痛みが走り、意識が遠退いた。
ここは……何処だ? コンクリートで出来た……謎の空間だ……。
「お目覚めになられましたか?」
俺は椅子に縛り付けられ、口の中に布のようなものが押し込められ、ガムテープで口を塞がれていた。
「私は、特殊チームの者です。貴方が、猶予期間を超過しても、自殺所へお越しになられなかった為、私達が出動致しました」
なるほど、そう言う事か。
俺の命は、ここで終わると言う事か。
「これより、猶予期間超過による、罰を執行致します。先ずは、足の甲です」
そう言うと、特殊チームの人が俺の足を裸足にして、ポケットからアイスピックのようなものを取り出した。
嘘だろ……まさかそのアイスピックのようなものを……。
そう思った瞬間、俺の足の甲にアイスピックのようなものをゆっくりと突き刺した。
足に激しく、そして継続的な痛みが走り、涙が溢れて来る。
俺は絶叫しようとしたが、口が塞がれている為出来なかった。
その後完全に突き刺さったアイスピックのようなものが、ゆっくりと引き抜かれ、足から血が出始めた。
「これは罰ですから、簡単には死ねませんよ? 因みに、隣の部屋でも全く同じ罰を、貴方が捨てた元奥さんに執行しております。次は、手の甲です」
これが……離婚した責任から逃げた罰か……。