トーマス編 2-3 漆黒の羽ペン
「それで坊ちゃんは留学先で何をしていたのですか?」
コートバルに戻り、僕の話を聞いていたルシアンが見下げた顔で僕に尋ねる。
「何って・・・語学の勉強と・・・」
「何もしないで見ていたんですか?情けない・・・今ほど坊ちゃんを情けないと思ったことはございません」
「分かってるよ!僕はリアリスを救えなかった。学園でも彼女の力にはなれなかった。彼女は僕の助けなんて全然求めて無かったんだ!でも・・・死んでしまうなんて・・・」
あの日珍しくファーレン殿下がエスコートしに侯爵家にリアリスを馬車で迎えに来た。今まで何もしてこなかったくせに。
夜会の為にドレスもアクセサリーも靴まで送っていたらしい、最後の餞別だとメッセージを添えて。
殿下は夜会で婚約は破棄してエヴリンと婚姻するのだとリアリスに告げてあった。
それに対してリアリスは悔し気に泣いて戦慄いていたと証言している。
「もういいです。他国の事情にこれ以上関わるのは止めて大人しく家督を継いで下さい」
「冷たいな、ルシアンは」
「過去は変えられませんから・・・」
「そうだね、分かったよ・・・大人しく家督を継ぐよ」
「初めからそうすれば良かったのです。どうか立派な当主になって下さい」
僕が家督を継いでやる気を出したのを祖母も叔母も喜んでくれた。
*
さあ!正式にコートバルの後継者になった僕の最初の仕事だ!
「叔母様、漆黒の羽ペンで僕は望みを叶えたい」
「ボーゲン侯爵家の敵討ちかしら?王家と公爵家を相手では簡単にはいきませんよ?」
「坊ちゃん!」
「やらないと一生後悔する。これは僕自身の為だ」
「リアリスを愛していたのかしら?」
「好きだった。このままでは僕は先に進めない」
今回の事件では叔母も心を痛めていた。
「そう、・・・ルシアン!アレの用意をお願い」
「不本意ではありますが、畏まりました」
準備が終わると僕は願った。
〈過去に戻ってリアリスを救いたい〉
漆黒の羽ペンで血文字を羊皮紙に書き終わった。
すると暗転して灰色の空間に飛ばされ、そこに漆黒の羽を生やした堕天使が僕の前に現れた。
この世の物とは思えない美しい・・・ルシアンだった。
「え?どういうこと?ルシアン?」
「願いは却下だ。彼女を救うことは侯爵家の発展とは関係ない」
「僕の気持ちにけじめをつけたいんだよ。真実を知りたい、僕は未だ信じられないんだ!」
「お前に何が出来る?お前がリアリスを救う?笑わせるな」
「執事の時と全然態度が違うな・・・悲しいよルシアン」
「悲しいのはこっちだ。どうしてコートバルには問題児ばかり生まれるんだ」
「ひどい・・・」
歯に衣を着せない、これが本当のルシアンなのだろう。叔母たちの頭が上がらないはずだ。
「お願いだ、きっとこの後は立派な領主になるから!」
「あ゙お前が立派な領主だと、甘ちゃんで意気地なしのお前が?」
「頼む!」
何を言われても馬鹿にされても、ルシアンに拝み倒して願いを叶えて貰った。
どんな結末を迎えても僕は後悔しない!
再び目の前は暗転した。
「ここは」
「黙ってみていろ!」
なぜかフランシュ国王宮の庭園にいた。
そこには婚約した頃、13歳のリアリスとファーレン王子が仲良く手を繋いで佇んでいた。
「これは過去に戻った?」
「黙れと言っている」
・・・ルシアンが怖い。
「リアリスこれを受け取って欲しい。本当は婚姻後に渡すんだけど俺は君と結婚するから、もう渡しておくよ」
殿下は「王家の指輪だ」と深紅の指輪を差し出して「良いのですか?」と戸惑うリアリスの指にそれを填めるのが見えた。
「有難うございます。でも殿下はエヴリン様を・・・」
「彼女はただの幼馴染だ、君を愛してるよ、リアリスは俺だけを見て、俺だけを愛して欲しい」
ファーレン殿下はそっとリアリスの頬にキスをした。
───ショックだった。
「僕の初恋は終わった…二人は愛し合っていたんだね。でもどうして殿下は豹変したんだろう」
「だからお前は馬鹿なんだ。その目は節穴か、過去に何を見て来たんだ」
「ぐっ!リアリスがあの指輪を大切にしていたのは知っている」
血の色をした気味の悪い指輪だ。
「全ての原因はあの指輪だな。とんでもない物をプレゼントしたもんだ。あの王子は」
「唯一のプレゼントだとカシアンが言ってた。・・・ケチ王子だって」
「王家の指輪ね・・・調べる事があるからお前はここから一人で頑張れ」
「え?ルシアンどこにいくんだ、何を調べるんだよ!」
周りの風景が歪んで、気が付くと僕はあの日ボーゲン侯爵家を訪れた日に戻されていた。
読んで頂いて有難うございました。