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漆黒の羽ペン 裏切りの夫に復讐を  作者: ミカン♬
トーマス編
1/11

1 回想

  結婚して7年、初めて夫のレイモンドと夫婦喧嘩をした。


「可愛げのない女だよ、君は」

 捨て台詞を吐いて夫は部屋を去り、入れ替わりに老執事のダレンが入ってくる。


「しょうがないわ、()()を用意してちょうだい」

「畏まりました、すぐにご用意いたします」



 執事は再び部屋を出て、待っている間私は物思いに(ふけ)った。



 私はコーネリア。コートバル侯爵家の跡取りだ。レイモンドは入り婿で伯爵家の三男だった。


 目の前のテーブルには夫の浮気報告書が置かれている。

 1時間前に『巧妙に隠しておられましたが、旦那様の浮気証拠を掴みました』と執事が提出してきたのだ。


『ダレン、貴方が見逃していたなんて、耄碌(もうろく)したわね』

 しれーと執事は『申し訳ございません。いい年なので』と答えた。

 彼は亡き祖母の代から侯爵家を支えてきた忠義の人で、それこそメイドの恋愛事情まで把握しているのに。


 報告書にはレイモンドには愛人が数年前から存在し、1歳になる隠し子までいるとあった。その愛人は亡き妹ナーディアに瓜二つだと書かれている。


 婚姻前、妹と私の婚約者レイモンドは愛し合っていた。


 愛人と浮気されるくらいならナーディアにレイモンドを譲れば良かった。

 でもあの頃は私もレイモンドを妹に負けないくらい愛していた。結婚すれば彼は私のものになる。

 ────どうしても諦め切れなかった。


 7年前、私とレイモンドは結婚して領地を任され、二人で良い関係を築いていった。

 妹のナーディアもノースラージ辺境伯の長男と無事婚姻を果たし、これで全て上手く収まったと私は安心していた。


 だが5年前、王国を流行り病が蔓延し私を含め侯爵家の者達も皆、病に倒れた。

 元から体が弱いナーディアはあっけなく亡くなった。タウンハウスに移っていた母も、後を追うように肺炎を起こして死んでしまった。


 悲しみに打ちひしがれ、憎かったナーディアの死にも私は涙した。


 そんな私以上に妹の死を悲しんだのが夫のレイモンドだ。

 後に執事から、夫がお酒を飲みながらナーディアの名を呼んで泣いていたと聞かされた。

 生涯夫はナーディアに心を捧げて生きていくんだろう。私は仕事上のパートナーに過ぎない。

 敬愛する母の死にも耐えられず私は執務が手につかなくなり、自慢のストロベリーブロンドも色褪せ、青い目は精気を失った。


 そんな時妊娠したことが分かり、私の気力は復活した。

 だが流行り病で体を弱らせていた私は流産してしまい、気落ちして精神を患い無気力になってしまった。


 私に代わりレイモンドが仕事を全て執り行って、あっという間に侯爵家の実権を握るようになっていた。

 夫婦仲は冷えて、私は病床の生活を送り、結婚して7年が過ぎていた。



 レイモンドに浮気の報告書を見せると一瞬ひるんだが、すぐに開き直った。自分がいないと領民が困ると分かっているからだ。

『それで君はどうしたいんだい?』


『貴方はナーディアを愛していたんじゃなかったの?』

『ああそうだ、僕達はあの世で再び結ばれるんだよ』


『じゃぁ愛人の存在を、あの世で妹にどう言い訳するつもり?』

『彼女はナーディアの身代わりだ。愛なんてない』

 子どもまで作っておいて、愛人にすら同情する言い訳だった。


『酷い人、貴方は私のことも愛して無かったわよね』


『一度もないね。君は仕事上のパートナーに過ぎなかった。真実の愛はナーディアに捧げたんだ。可能ならナーディアと逃げたかった。でも体の弱い彼女を市井に連れ出すことは出来なかった』


『そう・・・疲れたからもういいわ。出て行って』

『可愛げのない女だよ、君は』


 これが夫婦喧嘩と言えるか分からないが、言い争ったのは初めてだ。もっと非難してやりたかったが、疲れてそんな気力も無かった。




「奥様、お待たせ致しました」

 回想していると執事が戻りテーブルの上で準備を始めた。


 ────コートバル侯爵家には言い伝えがある。


 後継者は生涯一度だけ願いが叶えられるのだ。その願いはコートバル家に関することでなくては叶わない。半信半疑だったが、本当なら過去にどれだけ当主の願いが込められてきたんだろう。


「ご用意ができました」

 テーブルには漆黒の羽根ペンと羊皮紙、ナイフと陶器の皿が置いてある。


「ねぇダレン、母は過去に何を願ったのかしら?」

「跡継ぎを望みました」

 長年母は子宝に恵まれなかった。


「そして私と妹を授かったのね」

「コーネリア様も今がその時かと・・・」


 私はナイフを掴んで腕を切り、噴き出る血を皿に受ける。

 ドクドクと流れる血を見ていると執事が傷を手で握った。


「もう十分です。手当をしましょう」

 包帯できつく傷を縛ると包帯も血に染まった。その真っ赤な色に、なぜか私は興奮していた。



読んで頂いて有難うございました。

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