表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9.断罪劇のその後

 あまりにも予想外過ぎる人物の登場にフェシリーナは慌てて席を立ち、あまり美しくはないカーテシーを何とかそれなりに見えるように披露する。


「お、王妃殿下におかれましては……」

「ふふっ! そんなかしこまらないで? 今日はね……先日陛下とプロテア子爵の話し合いで決まった今後のあなたの身に振り方について、お伝えしに来たのよ?」

「お、王妃殿下自らですか!?」


 いつの間にフェシリーナの部屋のテーブルには、淹れたてで香りの良いお茶が準備されており、そこにエスティーナが慣れた様子で席に着く。


「フェシリーナ嬢、あなたも座ってくださる?」

「は、はい!」

「それと……あなた達、わたくしは彼女と少し二人きりでお話をしたいから、席を外して貰ってもいいかしら?」

「「かしこまりました」」


 そう言って監視官の女性と侍女は、茶器類を乗せたワゴンと共に退出していった。その為、子爵令嬢のフェシリーナは、この国で二番目に権力を持っている王妃と二人きりの状態になってしまう。


「フェシリーナ嬢」

「は、はい!」

「昨日、陛下とプロテア子爵の話し合いで、あなたを今後どのように保護するか、決まったわ」

「保護……?」

「そう。保護よ」

「なっ……!!」


 思わず不躾な声を上げようとしたフェシリーナは、慌てて両手で口を押さえる。だが、エセルフリスと同じ色合いの王妃は特に咎める訳もなく、ニコニコと笑みを浮かべたままだ。


「し、失礼致しました……。で、ですが、わたくしは……第二王子殿下と高位貴族の令息の方達に三年間も魅了魔法を……」

「でも、あなただって、ご自身がそのような魔法を使っていたなんて知らなかったのでしょう?」

「でもっ……!! わ、私がエセルさ……エセルフリス殿下達へ過剰に接触しに行っていたのは、私の意志です!! 婚約者のオレリア様の存在を知っていたのに……殿下と親しくなろうと……」


 今でならこの三年間、自分が周囲にとんでもない非礼な態度を取っていたのか理解しているフェシリーナは、悔しさと申し訳なさでジワリと瞳に涙を溜め出す。だが、ここで泣いてしまったら、この三年間ゲーム上のヒロインの行動をなぞるように真似て行っていたウソ泣きと勘違いされてしまう……。

 現状のフェシリーナは、心の底からこの三年間を後悔して涙ぐんでいるのだが、今までの行動の所為で、誠実な態度に徹しても信じて貰えにくい状況である事は理解しているのだ。


 すると王妃が何故か労わるような笑みを浮かべながら、ある質問をしてきた。


「フェシリーナ嬢、あなたはこの三年間の学生生活を楽しむ事は出来た?」

「えっ……?」

「新しい出会いをし、初めて得る知識や体験をして、色々なタイプのお友達をたくさん作れる……学園とはそういうところでしょう? ましてや元平民のあなたにとって、初めて体験した出来事がたくさんあったはずよ?」

「そ、それは……」

「もう一度聞きます。あなたは、この三年間、学生生活を楽しめましたか?」


 何故か悲しそうな笑みを浮かべた王妃に二度同じ質問をされたフェシリーナは、素直に頷く事が出来なかった。何故ならこの三年間、フェシリーナは学生生活を楽しむのではなく、リアル乙女ゲームをプレイしている感覚だったのだ……。

 その事が頭の中にすとんと落ちてきた瞬間、フェシリーナの瞳にブワリと涙が溜まりだす。


「た、楽しめてない……です……。だ、だって私……私っ!! この三年間、学生生活だと思って過ごしていなかったから!!」


 そう叫んだ瞬間、フェシリーナの瞳からボタボタと涙が溢れ出す。

 そんなフェシリーナに憐憫の眼差しを向けてきた王妃だが、次の瞬間とんでもない言葉を口にした。


「そうよね……。大好きな乙女ゲームの世界のヒロインに転生出来たと知ったら、誰だって全力でその攻略対象を落としにかかりたくなるわよね……」

「えっ……?」


 王妃の口から出たその信じられない言葉にフェシリーナの涙が一瞬で引っ込む。そして放心状態のまま、目の前の王妃に恐る恐る問い掛けた。


「もしかして……王妃様も……転生者……?」


 すると王妃が、やや困ったような笑みを浮かべながら口元に人差し指を当てた。


「わたくしの推しは、あなたと同じ、息子のエセルフリスだったのよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、何故かフェシリーナの中に安堵感が広がる。

 同時に再び涙腺が崩壊したかのように大量の涙が溢れ出してきた。


「わ、私……知らなかったの……。このゲームのヒロインの愛され設定が魅了魔法だったなんて……。この三年間、エセル様と他の攻略対象達の心をずっと強制的に支配していたなんて……。わ、私……現世で魅了設定が一番嫌いだったのに……なのに『ここはゲームの世界だから、ヒロインにとっては何でも都合のいい方向に動く』って思い込んでいて……。そ、その所為で……オレリア様達ライバル令嬢がどんな気持ちになるかなんて、ま、全く考えていなくて……」


 そう語ったフェシリーナは、とうとう声を上げて泣き出してしまった。

 そんなフェシリーナのもとに席を立った王妃が近づき、しゃがみ込む。

 そして膝上でギュッと拳を作っているその両手を優しく手に取った。


「分かっているわ……。わたくしも、まさか魅了魔法でヒロインが愛されているなんて、夢にも思っていなかったもの……。ごめんなさいね……。本当はもっと早くにあなたの存在を確認出来ていれば、こんな事になる前に何とか防げたのだけれど……」


 すると、フェシリーナが激しく首を振った。

 たとえ早急にヒロインに転生した自分の存在を確認してもらったとしても、フェシリーナは今回と同じ動きをしていたはずだ……。

 大好きな乙女ゲームのヒロインに転生し、これから学園内で起こる全ての事を知っているチート状態なのだから……。

 そんな状態でゲームシナリオと同じ展開が目の前で始まってしまったら、誰だって、全力で自分が最高に幸せになれるエンディングへと突っ走りたくなる気持ちは、抑えられない……。


 その事を今回、身をもって痛感しているフェシリーナは、この先自分がどうなるかなんて全く想像が出来ない。何故なら、もうこの世界は、フェシリーナが主人公の世界ではなくなったからだ……。

 そんな不安に押しつぶされそうな気持ちを王妃は、理解してくれているのだろう。

 掴んでいるフェシリーナの両手を慰める様に優しく指で撫でてくれている。

 だが、しばらくすると凛とした声で、今後のフェシリーナの事を告げてきた。


「あなたは三日後、国民の殆どが魔力保持者である隣国で、保護される事になります。もちろん、魅了魔法保持者を出してしまったプロテア子爵ご夫妻と共に」

「隣国……ロクサーヌ様の出身国ですか?」

「ええ。そこであなたは、対魅了魔法の魔道具開発に強制的に協力して貰う事になるわ。隣国なら殆どの人間が魔力耐性を持っているし、なんせあなたは300年以上もその存在を確認出来なかった貴重な魅了魔法保持者なのだから」

「で、でも!! 私は……第二王子だけでなく高位貴族の令息三名に不敬に値する行為を行ったのに……」

「そうね……。その事を考えると処罰が軽すぎるかもしれないわね……。でもね、そんな事はないのよ? だってあなたは隣国に行ってしまった後は、二度とこの国に入る事は許されない存在になるから……」

「えっ……?」

「この国の人間は魔法が使えない事もあって、殆どの人間が魔力耐性を持っていないの……。そんな人間ばかりのこの国に人の心を一瞬で奪い、思い通りに出来てしまう強力な魅了魔法が使えるあなたが生活していたら、大変な事になるでしょう? あなたはこの国にとって、かなり危険人物なの。だからこの先一生、あなたはこの国に足を踏み入れる事は許されないの……」

「そう……なのですね……」


 王妃のその説明に何故かフェシリーナは安堵する。

 王家はちゃんと自分に対して罰を用意してくれたのだ……。

 大好きなこの乙女ゲームの舞台が目の前にあるというのに二度と自分は足を踏み入れる事が出来ないという罰を……。


 それでもこの三年間、自分に時間を奪われてしまったエセルフリス達からすれば、この処罰内容が軽すぎると感じてしまうのでは……。

 そう思ってしまったフェシリーナの考えを王妃は読み取ったらしい。


「フェシリーナ嬢。もし今回の事に対して罪滅ぼしをしたいと感じてくれているのであれば、これから隣国であなたが携る対魅了魔法の魔道具の研究に全力で取り組んで欲しいの。もうエセル達のような被害者が出ないように……」

「王妃様……」

「そもそもあなたは、300年ぶりに現れた貴重な魅了魔法保持者なのよ? そう簡単に処罰など下せないわ!」


 フェシリーナを安心させる為か、敢えて王妃は明るい口調で語りかけた。

 すでに起こしてしまった事は取り消す事など出来ない……。

 だが、今後自分のような魅了魔法保持者のせいで、同じような被害にあってしまう人達の存在を少しでも軽減させる手助けは出来る。

 それがエセルフリスやオレリア達に対して罪滅ぼしになるかは分からないが、少なくとも自分にとっては懺悔する機会である事は確かだ。


 そのような考えに至ったフェシリーナは、両手を握りしめてくれている王妃に向って、何かを決意したような真っ直ぐな視線を向ける。


「私……やります! もう私みたいな力を持った人間のせいで被害に遭う人が出ないように……。対魅了魔法の魔道具作りに全力で協力します!」


 そのフェシリーナの言葉を聞いた王妃が、嬉しそうに笑みを深める。


「これから先、その特殊な能力の所為で偏見に満ちた目で見られる事が多いと思うわ……。ましてやこの国であなたが起こしてしまった騒動を知っている人間は、あなたの人間性を無視して、当事者でもないのに偉そうに正義感を振りかざして責め立ててくる人にもたくさん遭遇すると思う……。でもね、負けてしまってはだめよ? あなたがエセル達に対して罪の意識を感じてくれているのであれば、負ける事は許されないの。そういう偏見に満ちた目にさらされる事が多い人生でも雑草のように逞しく、生き抜きなさい。それがエセルの下したあなたへの制裁なのだから……」


 王妃のその言葉を聞いたフェシリーナは、再び涙をこぼし始める。

 だが、それは悲しさや悔しい気持ちから零したものではない。

 嬉しさからの涙だ……。

 そんなフェシリーナの頭を王妃は優しく二回程撫でた。

 すると、タイミングよく部屋の扉がノックされる。


「入って」


 王妃が許可すると、フェシリーナの監視役の女性が部屋に入って来た。


「妃殿下、恐れ入りますがリードヴェルト様より、三日後の出立の件で彼女も交えて話し合いをされたいとのお言付けを頂いたのですが、彼女を殿下の元へお連れしてもよろしいでしょうか」

「ええ。是非。でも彼女は隣国の事をあまりよく知らないから、その辺りの情報も殿下よりお話し頂くようお願い出来るかしら?」

「かしこまりました。そのように殿下に申し伝えます。さぁ、フェシリーナ様、こちらへ」

「はい」


 監査役の女性に促され、退出しようしたフェシリーナは、くるりと王妃の方へ向って今自分が披露出来る最大限に敬意を表す礼をとる。


「エスティーナ王妃殿下……。寛大なご対応と深いお心遣い、心より感謝申し上げます」

「隣国では全力で頑張りなさい。簡単にくじけてはダメよ?」

「はい!」


 力強い声で返事をしたフェシリーナは、監視役の女性に連れ立たれて部屋を後にしていった。そんなフェシリーナの後ろ姿を見送ったエスティーナは、一仕事終えたという様子で小さく息を吐く。

 すると、いつの間にか部屋の入口に身なりが立派な長身の男性が立っており、笑みを浮かべながらエスティーナを見つめていた


「陛下……。いつからそこに?」

「今しがたフェシリーナ嬢が出て行った後だ。あの様子だと、上手く話が出来た様だな」

「ええ」

「疲れただろう。茶でもしないか?」

「そうですわね。是非」


 そう言って妻の手を取りエスコートを始めたのは、この国の国王であるアルベルトだ。長男アレステイと同じ透けるようなプラチナブロンドと淡い紫の瞳を持つこの国王は、王妃エスティーナの最愛の伴侶でもある。そんな愛妻家としても定評のある国王は、妻を労うように優しく手を取り、柔らかな笑みを浮かべた。


 しかし部屋を出た途端、その表情は何かを企む悪戯小僧のような表情に一変する。


「で、結局話したのか? お前も転生者だって事を」


 ニヤニヤした笑みを浮かべながら問いただして来た夫に同じような表情を浮かべた妻が、楽しそうに答える。


「もちろん!」


 王妃とは思えない砕けた口調で返答をしたエスティーナは、そのまま夫にエスコートをされなが、自分達専用の二階にあるテラス付きの部屋へと向った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ