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8.未遂で終わった断罪劇

 王立アカデミーの卒業パーティーから二日後。

 パーティー内で第二王子達とその側近候補の令息三名が、嫌がらせ被害に遭っていた一人の子爵令嬢の為に自身の婚約者達を断罪するような非常識な振る舞いを行った件について、王家並びに学園側よりその詳細内容が大々的に公表された。


 その内容は国内だけでなく、魔力保持者の多い隣国でも話題となり、魅了魔法保持者の子爵令嬢だけでなく、第二王子と側近候補の令息達、そしてその婚約者の令嬢達までもが、その話題で名を挙げられている状態だ。


 中でも断罪劇中に自身の婚約者に対して、並々ならぬ愛情を抱いていたマリーベル伯爵令嬢の立ち回りと、第二王子エセルフリスが婚約者であるオレリア伯爵令嬢に対して、婚約解消宣言を行った事がかなり注目されている。


 そんな身分の高い令息達が自身の婚約者達に対し、卒業パーティーという祝いの場で、非常識にも周囲に見せつけるように実行されかけた断罪劇だが、たまたま現場に居合わせた王太子の婚約者である大聖女ロクサーヌによって未遂という形で防がれた、という事になっている。


 そして彼らが何故そのような愚行に走ったか、その経緯も多くの人間の興味を引いた。なんと彼らは、非常に稀有な魅了魔法に三年間も掛かっており、その影響で今回のバカバカしい断罪劇を自身の意志とは関係なく、引き起こしかけたのだ。

 だが不思議と世間からの非難の声は少なく、逆に同情の声が上がっている。


 何故なら断罪劇中の彼らは、全員その強固な魅了魔法に抗うように号泣と体調不良を起こし、意識のみ自力で魅了魔法の呪縛から逃れたという展開が、婚約者に対する愛情の深さが窺えると話題になっているのだ。


 特に伯爵令息のフリッツに関しては、己の命をかけるように自分自身を瀕死状態に追い込む程、その魅了魔法に抗い、婚約者であるマリーベルに対する愛を貫こうとしたという展開で美談化され、若い女性達の心を鷲掴みにしている。

 しかも近々、二人をモデルにした歌劇が上演される事が決まっているそうだ。


 また同じように魅了魔法の影響で、公の場にて自身の婚約者に婚約解消宣言をしてしまった第二王子エセルフリスも、その直後に魅了魔法に抗うように突如涙を流し始めたという展開も婚約者への深い愛情が感じられると美談化され、フリッツ達のケースと同様に多くの創作家達の意欲を刺激している。


 中にはその様子を想像で姿絵として描き、販売を始めた豪胆な絵師までも出てしまい、王家によって厳重注意後、その姿絵は販売禁止で回収扱いにされたのだが……。一部は出回ったしまった為、かなりの付加価値が付いているらしい。

 銀髪の美青年が婚約者への想いを訴える様に静かに涙している姿絵は、さぞ第二王子ファンの心を鷲掴みにしたであろう。


 そんな背景もあり、現在はエセルフリスとオレリアの姿絵がセットで人気を博しているのだが、その件で第二王子からは「自分のはいいが、オレリアの姿絵を販売する事はやめて欲しい」と、独占欲丸出しの苦情が出ているそうだ……。


 そんな経緯で、この騒動の渦中にいた第二王子並びにその側近候補の令息達は、現在各々の婚約者達と以前以上に仲を深め、社交界ではその仲睦まじい姿が目撃される度に周囲からの羨望の眼差しを多く集めている。


 特にフリッツとマリーベルに関しては、元々婚約者に夢中だったフリッツが、三年間も自我に反して婚約者を冷遇するような期間を魅了魔法の影響で強いられた為、ややトラウマが残ってしまい、マリーベルに対して周囲の目を憚らない程の過剰溺愛行動をするようになってしまった……。その為、世間体を気にした両家の親達が、早々に二人を挙式させようと慌てて式の準備を進めているらしい……。


 逆にこの騒動後もこれと言った変化が見られないのが、エレノアとヴィクター達だ。元々魅了魔法にかかる前から、倦怠期を乗り切った熟年夫婦のような関係だった二人は、この騒動後でも変わらず、甘い雰囲気は感じられない。

 しかし互いが抱く信頼感に関しては、この四組の男女の仲では一番築けているのが、この二人である。


 だが、今回の件で丈夫だけが取り柄だったヴィクターが、精神系の攻撃を受けると非常に面倒な事になるとエレノアは感じたらしい。その為、現在ヴィクターの生活範囲圏内には、対精神魔法の付加が施されたタリスマンが過剰に置かれ、更に魔法防御の結界を設置してほしいとロクサーヌに依頼する程、エレノアは魅了魔法への対策に力を入れているそうだ。その婚約者の行動を知ったヴィクターは、少しだけ嬉しそうな顔をしているらしい。


 そんなたまたま良い結果に転がっているかのような断罪劇後の彼らだが……実は約一名、この騒動により甚大な被害を被った人物がいる。

 宰相の息子のトルキスだ……。


 トルキスは魅了魔法にかかる以前から、婚約者のセアラには興味がないという素振りを見せていた。しかし、今回の騒動で他の令息達と同様に全力で魅了魔法に対して拒絶反応を発症してしまった事で、セアラへの拗らせた想いを大勢の人間の前で、さらけ出すような形になってしまったのだ……。


 その為、以前のようにトルキスが素っ気ない態度を取っても、セアラは嬉しそうにニコニコと微笑みを浮かべる様になってしまったのである……。

 しかも半年前にセアラに嫌がらせをしていた令嬢達の家に対して、魅了魔法にかかりながらも、こっそり経済的制裁を加えていたトルキスだが……。

 今回の騒動で、その令嬢達の親が領地経営の悪化の原因にトルキスが関わっている事に気付き、セアラのもとに大量のお詫びの品が送られて来た事で、こっそり報復を行っていた事もセアラに知られてしまったらしい。

 もはや踏んだり蹴ったりである……。


 そんなトルキスは、現在宰相である父親の仕事を手伝う傍らで、魅了魔法関連の申請法案をまとめている。内容としては、自分の様に被害者になった人間と、フェシリーナのように無自覚で加害者となってしまった人間の為の法案だ。

 同時に早急に魅了魔法保持者が発見出来るような検査体制も国で義務付けたいという意見も出しているのだが……こちらに関しては差別や偏見問題が出てしまう為、なかなか難しいらしい。


 だが、今回の騒動で一番注目された人物は、やはり断罪劇を引き起こす切っ掛けとなったフェシリーナである。彼女の300年以上もその存在を確認されなかった稀有な魅了魔法保持者という部分が、大いに世間の目を引いた。


 そんな子爵令嬢のフェシリーナは、今後の身の振り方について王家と子爵の間で話し合いがされている状態だ。その結果が出るまでは、城内にある魔力制御が施された部屋で、王太子の婚約者であるロクサーヌが厳選した隣国の魔力保持者である女性監視官数名の監視下に置かれて日々過ごしている。

 だが、彼女は特に喚き散らす事もなく、ただただ放心状態といった様子で虚ろな瞳をしながら、窓の外を眺めてばかりいた……。


 そんな状態のフェシリーナが王城内で過ごす様になってから二週間目に入った辺りで、やっと王家と子爵家の間で彼女の扱いについての話し合いがついた。

 王族でもあるエセルフリスと高位貴族でもある三名の令息達に対し、無自覚だったとはいえ、三年間も魅了魔法で縛り付けてしまったフェシリーナは、もう処罰からは逃げられないだろうと、ある程度は覚悟していた。


 同時に身寄りがなくなった自分を快く受け入れたくれた叔父夫妻に対して、申し訳ない気持ちが溢れ出る……。恐らく叔父達は、一族から魅了魔法保持者を出てしまった事で、社交界では敬遠される存在として扱われてしまうだろう。


 この三年間、そういった当たり前の人間関係のやり取りがあるという概念が、頭からスッポリと抜けてしまっていたフェシリーナは、今更ながらに自分がこの世界では、孤独で浮いた存在だったという事に気付く。

 だからなのか、あの断罪イベントで暴走を見せたマリーベルの言葉が頭から離れない……。


 『自分がどんな酷い事をわたくし達にしてきたか、まだ理解が出来ていないの!?』


 あの言葉をマリーベルから放たれた時、フェシリーナは本気で自分が彼女達にした『酷い事』に該当する事が何なのか、見当もつかなかった。

 何故ならフェシリーナは、この世界の住民達が『感情のある一人の生きた人間』という事を失念していたからだ……。


 その為、好感度が上がった反応をなかなか見せないフリッツに対し、手作りお菓子やランチの差し入れを画面上の『贈り物』という文字を指で叩く感覚で、何度もしつこく婚約者のマリーベルの目の前で行ってしまった……。


 オレリアとエレノアから過剰に異性と接する事を咎められた時は、攻略対象との関係醸成を邪魔されているという考えしか抱けなかった……。


 巣から落ちた雛鳥を助ける時も早くエセルフリスに気付いてほしくて、わざと大声でアピールをし、彼が現れるタイミングを見計らって木に登ったのだが、その時に周りの人間から自分がどういう目で見られるかまでは、一切気にしていなかった……。


 何故フェシリーナは、ここまで非常識な振る舞いを平気で行ってしまったのか……それはこの世界が、前世で彼女が遊んでいた女性向けの恋愛シミュレーションゲームである乙女ゲームの世界だったからだ。


 フェシリーナにその記憶が蘇ったのが、叔父の子爵家に引き取られてから半年後の父親が亡くなった一週間後くらいの時だった。

 早くに母を亡くし、父までも失ったフェシリーナは、いくら優しい叔父夫妻に引き取られたとはいえ、その悲しみを受け止める事が出来ず、毎日泣きはらしていた……。


 だがそんな時、今の自分の状況に何故か既視感を覚える。

 すると次の瞬間、フェシリーナの頭の中に前世の記憶が勢いよく流れ込んで来たのだ。そしてその時、自分は前世で大好きだった乙女ゲームの主人公であるという事に気が付いた。それと同時に亡くなった父は、ゲームのシナリオ上こういう運命だったという事を悟った……。


 すると、先程までの絶望感が嘘のように晴れて気持ちが楽になった。

 父親が命を落とした事はゲームの展開上、仕方のない事。

 そう考える事で、つい先程まで感じていた押しつぶされそうな深い悲しみが、一瞬でどこかに吹き飛んでいった。


 今思うと、この頃からフェシリーナのこの世界に対する認識が歪んでいってしまったのだろう……。この後のフェシリーナは『どうせゲームなのだから』という言葉で片付けてしまう事が多くなってしまう。


 それは攻略対象であるエセルフリス達に対しても言える事で……。

 ゲームではサクサクと好感度が上がる彼らが、何故かこの世界ではなかなか好感度が上がらなかったのだ。それどころか、稀に彼らが喜ぶ行動しても好感度が下がる反応をされる事が多々あった。


 それも今思えば、エセルフリス達がフェシリーナの魅了魔法に抗い始めたからなのだろうが、その時のフェシリーナはゲームでは稀に起こるバグだと思い、左程気にせず、ゲームと同じように過剰に彼らに接触を図り、少しずつ好感度を上げて行った。


 そんなフェシリーナが攻略を目論んでいたキャラは、前世でも推しだったエセルフリスだった。しかしゲームと違って、なかなか好感度が上がった時の反応をしめさなかった為、フェシリーナは躍起になってエセルフリスとの接触をはかった。


 しかもエセルフリスを攻略する為には、側近候補三人の好感度もそれなりに上げなければいけないという攻略条件があったのだが、こちらでもフェシリーナは、大苦戦した。なぜならばゲーム上では一番好感度を上げやすいフリッツが、何故か一番上げづらかったのだ……。

 その為、フェシリーナはフリッツにゲーム上では、一番彼の好感度が上がる方法である手作りお菓子とランチの差し入れ行為を頻繁に繰り返した。


 その後、何とかしてエセルフリス攻略の要でもある卒業パーティーでの断罪イベントを発生させたのだが……そこで、まさかのマリーベルの暴走である。

 エセルフリスの断罪イベントの攻略方法は、彼らが集めたフェシリーナに対して行われた嫌がらせの報告内容の中にオレリアが行った事ではない案件が交ざっているので、それを全て否定する事がイベントの攻略条件だった。


 その為、フェシリーナは断罪イベントを成功させる為、右腕にオレリア以外の人間が行った嫌がらせの内容を書いて長手袋で隠し、カンニングペーパー的な物を用意していたのだが……マリーベルが暴走を始めた事で、それは全く意味をなさなかった。


 しかもその後、エセルフリス達もゲーム展開にはない動きを見せ始め、断罪イベントどころか、攻略対象キャラ全員が号泣しながら謎の体調不良を訴えるという事態が発生してしまう。

 だがその展開は、前世で何度もゲームをプレイして来たフェシリーナすら、見た事がない展開だった……。


 そもそもフェシリーナがプレイしていた乙女ゲームは、全年齢対象のキスシーンすらない健全ゲームで、残酷描写なども一切ないはずだったのだが……。

 卒業パーティーで起こった予想外の惨劇では、攻略対象が全員苦しむだけでなくフリッツが瀕死状態に陥るという恐ろしい展開を見せ始めたのだ……。


 それはこのゲームの世界が大好きだったフェシリーナにとっては、まさに地獄絵図のような状況だった……。会場全体が物凄い緊張感に包まれ、中には真っ青な顔色で瞳に涙を溜めている令嬢も数人いた。何よりもマリーベルの悲痛な叫び声が、会場全体を絶望的な雰囲気に染め上げて行った。


 その見るに堪えない惨状に思わずフェシリーナは両手で顔を覆い、その場にペタンと座り込んでしまう。そんなフェシリーナの元に同じクラスだった隣国からの留学生の青年が近づいてきて、フェシリーナの傍らにゆっくりと膝をつき、慎重そうに口を開いた。


「フェシリーナ嬢……。今から私が口にする事を落ち着いて聞いてくださいね? 実はあなたは……かなり強力な魅了魔法保持者になります」


 その瞬間、フェシリーナは小刻みに震えながら、ゆっくりとその青年の顔を見上げた。今まで同じクラスであったその彼は、いつも目立たないように気配を消していた為、フェシリーナの記憶にはぼんやりとした印象しかなかったのだが、よく見ると端整な顔立ちをしており、心配そうな光を瞳に宿してフェシリーナを見つめている。


 その瞬間、フェシリーナの瞳からポロリと涙が零れ落ちる。

 それを皮切りにフェシリーナはボロボロと涙をこぼし、その場で泣き叫んでしまったのが、二週間前の出来事である。


 そんな事を思い出したフェシリーナは、再び瞳に涙を溜め出した。

 大好きなこのゲームの世界を一番壊していたのは、フェシリーナ自身だった事に気付いてしまったからだ……。


「こんな力……いらない……。こんな……自分の好きなキャラ達を不幸にする力なんて……私は欲しくなかった……」


 そう呟いた途端、フェシリーナの瞳から涙が零れ落ちる。

 すると、そのタイミングで部屋の扉がノックされた。

 恐らく現在フェシリーナの監視役を担当している隣国の女性監視官であろう。


「はい……。どうぞ……」


 右手の人差し指で涙を拭いながら、入室を促すと何故か近衛騎士の制服を着た女性騎士が入って来た。その事にフェシリーナが首をかしげていると、その後ろから信じ難い人物が入って来たのだ。


「フェシリーナ嬢、その後、ご気分はいかがかしら?」


 涼やかな声で話しかけてきたのは、なんとエセルフリスと同じ美しい銀髪を持つこの国の王妃エスティーナだった。

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