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7.聖女が鎮めた断罪劇

「アレステイ殿下、あちらです!」


 そう言って未来の王太子夫妻を案内してきたのは、ロクサーヌと同じ国から留学してきた青年だった。その青年にアレステイが、フェシリーナの方に目を向け指示を出す。


「リード、すまないが彼女の保護を頼めるか?」

「かしこまりました」


 すると、リードと呼ばれた青年は、両手で顔を覆って座り込んでいるフェシリーナの元へと大股で歩いて行った。

 その事を確認したアレステイが、弟に声を掛ける。


「エセル、大丈夫か?」

「兄、上……」


 絞り出す様に兄の声に応えたエセルフリスの隣にアレステイが膝をつく。

 国王譲りのプラチナブロンドの髪と淡い紫の瞳を持つこの王太子は、近隣諸国でも有名な美貌の王太子である。だが、騎士としての称号も持っている為、線の細いエセルフリスと違って、それなりに引き締まった体つきをしていた。


 年齢はエセルフリスよりも一つ年上で、四年程前に幼少期から婚約を交わしていた婚約者のロクサーヌが、国の決まりで自国の魔法学園に通わなくてはならなかったので共に同行して三年間ほど隣国へ留学しており、その後の一年間は国内の視察などで飛び回っていたので、城に滞在している事の方が少なかった。

 そしてその際、必ず婚約者であるロクサーヌを連れて行くため、弟のエセルフリスが二人に会うのは久方ぶりである。


 本日も昼過ぎまで国外外交をしていた二人は、この卒業パーティーにはギリギリ間に合う後半くらいに軽く顔を出すと言っていたのだが……。帰国したと同時にこの惨状の報告を受けた為、着替えもせずにすぐ駆けつけてくれたようだ。

 そんな頼もしい兄の登場にエセルフリスは安堵の表情を浮かべたが、兄の方は先程から辛そうに冷や汗をかきながら、ボロボロと涙をこぼしている状態の弟に心配そうな表情を向けていた。


「エセル……。本当に大丈夫なのか?」

「僕は……平気です……。それよりも……フ、フリッツを……っ!!」

「安心しろ。フリッツには今ロクサーヌが対応している」

「義姉上が……。良か――っ!!」

「エセル!!」


 酷い頭痛に襲われながらも、エセルフリスは現状把握をしっかりしていたらしい。自分よりも一番症状が酷いフリッツが先に処置されている事を聞いて安心したのか、急に痛みが襲ってきたようだ。

 そのエセルフリスの考え方や動きは、まだフェシリーナと出会っていない三年前の頃のようだと、何故かオレリアは感じてしまう。


 ちなみにエセルフリスに安堵をもたらした兄アレステイの婚約者ロクサーヌは、魔力保持者が多い隣国の出身で彼女も魔法が使える。中でもロクサーヌが得意とするのは浄化と回復魔法で、魔法が一切使えない人間が多いこの国では、浄化や回復魔法が得意な女性を率先して受け入れ、国の医療福祉関係に携わってもらっている。

 ロクサーヌもそんな経緯から、現王妃であるエスティーナに息子の嫁にと見出された令嬢で、二人は幼少期の頃から婚約を結んでおり、来年挙式予定だ。


 そんなロクサーヌのように浄化と治癒魔法を扱う事が出来る女性達をこの国では、『聖女』と呼んでいる。しかもロクサーヌは、高魔力保持者だった為、この国の国民達からは『大聖女様』と呼ばれていた。だが、幼少期の頃の彼女は、あまり魔力が高くはなかった。そんな彼女を自身の息子の嫁として早々に見出した現王妃エスティーナは、かなりの先見の明を持っている人物である。


 そんな頼もしい大聖女ロクサーヌは、一番症状が酷いフリッツの傍らに膝をつき、状況を確認していた。その様子を絶望にとりつかれたかのような表情のマリーベルが、ハラハラと涙をこぼしながら見守っている。そんな憔悴しきった様子のマリーベルに気が付いたロクサーヌは彼女を安心させる為、優しく微笑みかけた。


「大丈夫よ。すぐに彼をこの苦しみから解放してあげるから……」


 そう口にしながら、喉を詰まらせた状態のフリッツの右手を素早く取り、自身の額に当てて何かを小さく呟いた。すると、そのフリッツの右腕に淡い紫色の光を放つ腕輪のような光の輪が現れる。その光の輪にロクサーヌがそっと触れると、光の輪は薄いガラスが割れるような音を立てながら、粉々に砕け散った。

 その瞬間、フリッツが体を反らしながら大きく息を吸い込んだかと思うと、すぐに激しく()せ始める。


「フ、フリッツ様!!」


 先程まで瀕死状態だった婚約者の無事を確認しようと、マリーベルが背中をさすりながら、フリッツの顔を覗き込む。すると、涙と汗で顔をグチャグチャにさせたフリッツが、再びボロボロと涙をこぼし始め、そのまま勢いよくマリーベルに抱き付いた。


「マリー……。マリィー……マリィィィー!!」


 物凄い力で抱きしめられたマリーベルは、一瞬だけ顔を歪ませる。

 だが、泣きじゃくる幼子の様に必死で自分の温もりを求めてきたフリッツに応えるようにマリーベルの方も瞳にブワリと涙を溜め、全力でフリッツを抱き返す。


「フ、フリッツ様ぁー……。良かった……。本当に……良かったぁ……」


 今度はマリーベルの安堵の声が会場中に響き渡る。その瞬間、全体の張りつめていた空気が一気に和らぎ、拍手と共に歓喜の声が上がり始めた。

 そんな中、フリッツはマリーベルの存在を味わうかのように……。

 対してマリーベルはフリッツの無事を確認するように。

 お互いの額を合わせながら抱き合い、泣きながら喜び合う。


 そんな二人の様子に優しい微笑みを浮かべたロクサーヌだが……すぐに気を引き締めるような表情をし、その隣で不安そうな表情を浮かべているエレノアに頭を抱えられて介抱されているヴィクターの方へと向き直る。


「ロクサーヌ様……」

「大丈夫。彼も同じ症状だから……。すぐに処置します」


 そう言ってロクサーヌは、フリッツに行った事をヴィクターにも繰り返し始める。

 その様子を茫然としながら眺めていたオレリアに王太子アレステイが、神妙な面持ちで話しかけてきた。


「オレリア……。先程、王家の影から、エセルが君にとんでもない事を告げたと報告を受けている」


 王太子から振られたその話題にオレリアが、ビクリと体を強張らせた。


「だが、エセルがそのような振る舞いを行ってしまった事には、複雑な事情がある。それは一年前に君が私の母に調査依頼をした件と深く関わっている事なのだが……」


 言いづらそうに言葉を濁した王太子の様子から、オレリアがある事を推測した。


「もしや……『魅了』ですか……?」

「ああ、そうだ。だが、それは我々の予想を遥かに超えた方法で行われていた……。しかもそれを行った人物は、無自覚で()()していたようだ」


『発動』という言葉を聞いたオレリアの顔から、一気に血の気が引く。


「そ、そんな!! まさか魅了魔法ですかっ!? で、ですが……魅了魔法を使える者は、ここ300年以上は存在を確認出来ていないと……」

「その通り。だから我々も一年前に君が母に相談してきた件については、フェシリーナ嬢が魅了効果のある薬物を使用して、エセル達を骨抜きにしていると、ずっと思い込んで調査をしていた……。そもそも彼女の家系は、魔力持ちである隣国の人間の血が入っている可能性が、非常に低いと判断されていたからな。だが、蓋を開けたら信じられない程の強力な魅了魔法を彼女はこの三年間、自分でも全く気付かない状態で無自覚に発動していたらしい。その事に我々が気付いたのが、本当につい先程で……。今日たまたまロクサーヌが、君らの卒業パーティーに顔を出したいと言い出した事で、術者である彼女の存在に気が付いてくれたのだ……」


 そのアレステイの話を酷い頭痛に襲われながら耳にしていたエセルフリスが、大きく反応する。


「ですが、兄上! 彼女からは義姉上のような魔力の気配など感じな……っ!!」

「エセル様!!」


 再び痛みを訴え始めたエセルフリスをオレリアが労わるように自分の方に引き寄せ、肩を抱くように支える。相変わらず涙は止まらないようで、エセルフリスの瞳から零れた涙が、数滴オレリアの手の甲に落ちてきた。


「術者は、あそこでリードに保護されているフェシリーナ子爵令嬢で間違いない。彼女の魅了魔法は、かなり厄介なもので……どうやらある特定の人間にしか効力を発揮しないタイプらしい。その特定の人間の選定基準は、よくわからないのだが……その分、効果は絶大らしく、下手をすると精神崩壊を起こすレベルらしい。例えば、今のお前達のように……。今のお前達は本来の自我と、彼女の強力過ぎる魅了魔法の強制力がせめぎ合っている状態だ。彼女の強力な魅了魔法に対して、お前達の自我が頑なに受け入れを抵抗している状態のせいで、感情が入り乱れて大量の涙が止まらなくなっているらしい。同時に酷い体調不良に見舞われるそうだ。そしてその自我による拒絶が、あまりにも強すぎると……先程のフリッツのように無自覚で自らの生命維持活動を止めるような行動を脳が体に働きかけてしまう事があるそうだ……」


 その話を聞いたオレリアは、血の気の引いた状態でゆっくりとエセルフリスに目を向ける。そんなオレリアの反応にエセルフリスが涙を流しながら苦笑した。


「なるほど。この死にたくなるような酷い頭痛は……僕がその魅了魔法を拒絶し過ぎて起こして――っ!!」

「エ、エセル様ぁ!!」


 先程から何度も痛みを訴えるような反応を見せるエセルフリスを目にし、今しがたアレステイから聞いた話と先程のフリッツの様子から色々考えてしまったオレリアは、思わず嫌な想像をしてしまい、今ロクサーヌが誰の解呪を行っているか、涙目になりながら確認する。


「大丈夫だよ……。僕は王族教育を受けていて、皆よりも感情のコントロールには自信があるし……。魅了耐性も、それなりに……あるはず……だか、ら……」


 そう口にしつつも、今にも意識を飛ばしそうなエセルフリスの状態から、最悪な状況を考えてしまったオレリアが、ボロボロと涙をこぼし始める。

 現在ロクサーヌはヴィクターに続き、トルキスの解呪を始めたばかりのようだ。どうして王族であるエセルフリスが後回しにされるのだろうかと、思わず意地の悪い事をオレリアは考えてしまうが……。恐らくそれは、エセルフリスが兄に「自分は後回しにして欲しい」と目で訴えたからだ。

 そんなオレリアの考えを読み取ったのか、アレステイが意地の悪い笑みを浮かべる。


「まぁ、不可抗力な状況だったとはいえ、三年間も婚約者を蔑ろにし、公衆の面前で断罪劇などやらかしたのだから、いくら実の弟とはいえ、これくらいの事で泣き言を言われても一切同情する気などないぞ?」

「ええ……。僕も……そう、思います……っ」


 このような状況でも冗談を言い合っている王族兄弟の肝の据わり具合に流石のオレリアもやや呆れ始める。だが、これが本来のエセルフリスの姿だ。この三年間、何故かポヤポヤした雰囲気で中身が薄い箱入り令息のような思考力だったり、裏付けがしっかり取れていない情報に踊らされている場面が多かったエセルフリスだが、本来は王族らしい腹黒い一面をそれなりに持っている。


 だがこの三年間、エセルフリスからその要素が一切消えていた。それが今では本来のエセルフリスらしさが、いつの間にか復活していたのだ。その事をオレリアが不思議に思っていると、ふわりと優しい花の香りがオレリアの鼻孔を掠め、愛らしく澄んだ声が二人の会話に割って入って来た。


「不調で苦しんでいる弟君に対して、ここぞとばかりに意地の悪い事を言われるなんて……。アレステイ様、悪趣味ですわよ?」

「ロクサーヌ……手間をかけさせて、すまないな」

「いいえ。解呪に関しては得意ですので、お気になさらずに。それよりもエセル様、大変お待たせ致しました。ご友人方の解呪は全て完了致しましたので、ご安心くださいませ」


 そう言ってエセルフリスの傍らに膝をついたロクサーヌが解呪を始める。

 その様子をやや涙目のオレリアが見守っていると、何故かロクサーヌが笑みをこぼす。


「ふふっ! 最近は立派な淑女としての印象が強いと思っていたのだけれど……。『泣き虫オレリー』は、未だに健在ね!」

「ロクサーヌお義姉様……」

「大丈夫よ、オレリー。すぐにエセル様の解呪も……あら?」


 オレリアの不安を少しでも軽減させようと話しかけたロクサーヌだが、先程の三名の時と同じようにエセルフリスの手を自身の額に付けて、呪文を呟いてもその腕からは、一向に薄紫色の光の腕輪のようなものが出て来ない……。

 その状況にオレリアの顔から、サァーッと血の気が引く。


「お、お義姉様!!」

「もう! そんなに心配そうな顔をしないの! 恐らくエセル様には、腕ではない場所に魅了の輪がかけられているみたい……。そうなると……一番強固にかかる首かしら?」


 そう言ってロクサーヌは、もう一度エセルフリスの手を取り、今度は少し違う呪文のような言葉を小さく呟く。すると、エセルフリスの首に大きめの薄紫色に光る首輪のようなものが現れた。


「まぁ……。随分と強固な魅了魔法が掛かけられているわね……。先程のヴィクター様の解呪も少し時間が掛かってしまったのだけれど……。エセル様は更に入念にかけられているわ。これは両手を使わないとダメね。エセル様、少々痛みを感じるかもしれませんが、一瞬ですので我慢なさってくださいな」


 そう言ってロクサーヌは、エセルフリスの了承も得ず、容赦なくガッと首輪のような薄紫色の光の輪を両手で掴み、左右に引っ張るような動作をする。すると輪の真ん中部分にピシリとヒビが入り、そこから小さな光の粒子が少しだけ飛び散る。それを確認したロクサーヌは、力任せにエセルフリスの首に掛けられた薄紫色の光の輪を強引に引き千切った。


 小柄で可憐な容姿の未来の義姉のそのパワフルな力技解呪にオレリアが目を丸くする。対してエセルフリスの方はその瞬間、ビクリと体を硬直させた後、安堵するように大きく息を吐き、自身の服の袖口で汗と涙を拭った。

 すると、アレステイが呆れたように小言をこぼす。


「ロクサーヌ……。もう少し淑やかに解呪する事は出来ないのか……?」

「仕方がないではありませんか。とても強固な魅了魔法だったんですもの。それにこの方法が、一番早く解呪出来て効率が良いのですよ?」


 そう言って愛らしい様子でコロコロと笑うロクサーヌにつられ、オレリアにも自然と笑みが浮かぶ。

 しかし王族兄弟は神妙な面持ちをしながら、何やら相談を始めた。


「兄上……。僕は先程オレリアに……」

「婚約解消宣言をこの公の場で行ったのだろう? 先程、影より報告を受けている。全く……なんてバカな真似を……」

「兄上!!」

「分かっている……。魅了魔法の影響で自我が抑え込まれていたのだろう? だがそうなると今後は……」

「フェシリーナの魅了魔法の事を非公開にし、宣言通り僕とオレリアとの婚約を解消するか――――」


 そのエセルフリスの言葉にオレリアが、分かりやすいくらい体を強張らせた。

 すると、その反応を見たエセルフリスが苦笑する。


「あるいは、フェシリーナにはかわいそうだけれど、彼女が強力な魅了魔法保持者だという事を正直に公表し、被害に遭っていた僕が宣言してしまった婚約解消宣言の無効を主張して、その宣言を撤回するか、そのどちらかですね」


 その二つ目のエセルフリスの提案内容もオレリアの表情を強張らせる。

 魅了魔法保持者は、この国では本人の人間性など関係なしに有無も言わさず危険人物と見なし、誰とも接触が出来ないよう完全隔離の生活を強いられる……。

 しかもフェシリーナの場合、無自覚に発動していたとは言え、王族であるエセルフリスが今回三年間も被害に遭っていた為、その事を公表すれば監禁どころか、王族に危害を加えたと罪に問われる状況だ……。仮に処罰対象から免れたとしても、一生塔などで隔離された生活を強いられ、生涯孤独な生活を送る事になるだろう……。


 三年間、婚約者を独占され、不快な思いを強いられた立場のオレリアだが……。フェシリーナが本気でオレリア達を苦しめようとして、あのような振る舞いをしていた訳ではない事だけは、何となく分かる。

 もしかしたら彼女が無自覚に発動していた強固な魅了魔法と相性の良いエセルフリス達が、彼女を祀り上げてしまった所為で、調子に乗ってしまったのかもしれない。


 そう考えると、フェシリーナもあの強力過ぎる魅了魔法の被害者ではないだろうか……。それなのにフェシリーナを罰したり、監禁したりしてもいいのだろうかとオレリアは考えてしまう。だが、その魅了魔法の被害に三年間も遭っていたエセルフリスは、そのような考えには至らないらしい。


「エセル。お前なら、どちらを選ぶ?」

「もちろん、彼女が魅了魔法保持者だという事をしっかり公表し、その被害に遭っていた僕が先程行ってしまったオレリアへの婚約解消宣言の無効を主張し、撤回させて頂きます」


 即決でフェシリーナを切り捨て、自身にとって利己的な方を選択したエセルフリスにオレリアが目を見張る。すると、エセルフリスが気まずそうに苦笑を送って来た。


「ごめんね、オレリア……。軽蔑されても仕方がないとは思うけれど……僕は王族でもあるから、どうしても犠牲者が一番少ない方を選択してしまうんだ……。彼女が魅了魔法保持者である事を隠蔽すれば、彼女の人権は守られると思う。でもそうなれば、誰がトルキス達三人の落ちてしまった信用を回復させてくれるの? フリッツなんて命がけで彼女の魅了の力に抵抗していたのに……。彼女が魅了魔法保持者だという事を隠蔽してしまえば、どんなにマリーベル嬢がフリッツの事を許してくれたとしても、世間は許してはくれないよ……。何よりも……僕が君との結婚を諦めるなんて、絶対にしたくない……。あんな訳も分からない魔法を勝手にかけられて、自身の意志にそぐわない行動ばかりをさせられた挙句、大切な婚約者を悲しませ続ける事しか出来なかった僕のこの三年間は、一体誰が補償してくれるの?」


 悲しげに微笑を浮かべながら、そう主張するエセルフリスからは『この怒りを誰にぶつけていいか分からない』という気持ちが痛い程伝わってくる……。

 エセルフリスも自身が魅了魔法保持者とは知らず、無自覚に発動してしまっていたフェシリーナだけに責任を押し付ける事は、正しくないと頭の中では理解しているのだ。


 だが、だから言って『知らなかったのなら仕方がない』とフェシリーナを許す事など出来ない。彼女の魅了魔法の所為で、四人は三年間も時間を奪われた挙句、エセルフリスとフリッツは、自身の意志とは関係なく婚約を解消するような流れを公の場で披露させられたのだから……。

 この状況を世間に納得してもらえるように上手く収める為には、どうしてもフェシリーナが魅了魔法保持者である事を公表する必要があるのだ。


「兄上……。僕はオレリアとの結婚を諦めたくはありません……。だからと言って、フェシリーナ一人にこの騒動の責任を押し付けるのも間違っていると思います。聡明な兄上であれば、何か良い打開策を思いつかれませんか?」


 ややあざとい笑みを浮かべながら懇願してくる弟にアレステイが苦笑する。


「お前はすでに私が、その打開策を行っている事を知っているのに、何故そのような事を頼んでくるのだ?」

「流石、兄上。ですが、万が一という事もありますので、一応確認をと思いまして鎌をかけてみました」

「お前は本当に可愛くて仕方のない弟だよ……」


 苦笑しながらそう呟いたアレステイは、エセルフリスの頭を労うようにポンポンと二回程軽く叩いた。そして自身の婚約者の手を取りながら立ち上がり、会場内で一番注目されやすい中央まで歩み出る。


 そこで今回の騒動の真相と共に、フェシリーナ・プロテア子爵令嬢が300年以上も現れる事がなかった希少な魅了魔法保持者だという事を王太子である自分の口から公表した。

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