表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6.涙だらけの断罪劇

 自身の手を茫然としながら見つめていたエセルフリスだが、更にそこにポタリと瞳から落ちてきたその存在を確認した途端、隣に佇むトルキスの方へと勢いよく向き直る。


「トルキス!! 今僕は、一体どういう状態に――――っ」


 自身に起こっている信じ難い状況を友人に確認して貰おうとしたエセルフリスだが……。その友人であるトルキスの顔を確認した途端、更に固まってしまった。


「トル……キス……?」

「えっ?」


 エセルフリスが驚愕しながらトルキスの名を呟くと、トルキスが珍しくポカンとした表情を浮かべた。しかし、その表情と全くそぐわない物が、トルキスの瞳からもポロリと零れ落ちる


「なっ……!!」


 その零れ落ちた存在が何か認識した途端、トルキスは驚きの声を上げた。

 すると今度は逆側の瞳からもその何かは、ポロリと零れ落ちる……。


「――――っ!!」


 気が付けばトルキスまでもがエセルフリスと同じ状態になっており、自身の意志とは関係なく両目からボロボロと涙を溢れさせていた。その異様な事態に二人は、互いに茫然とし合う。


「なん……で……」

「くそっ!! 止まらない!!」


 トルキスが茫然としたまま小さく呟くと、今度はそれに被せるようにヴィクターの方からも焦った様子の叫び声が上がる。その声に反応するかのようにエセルフリスとトルキスは、同時に勢いよくヴィクターの方へと視線を向けた。


 すると、いつの間にか膝を立てて座り込んでいるヴィクターの姿が目に入る。

 先程まで肩に腕をかけて支えていたフリッツの背中をその体勢のまま右腕で支えてはいるが、左手では自身の顔の上半分を覆っている。そしてよく見ると、その左手の下からポタポタと透明な雫が床に落下していた。

 どうやらヴィクターも己の意志とは関係なく、涙が止まらなくなってしまっているらしい……。


 そのあまりにも不気味な状況にオレリアだけでなく、先程まで興奮気味だったマリーベルでさえ唖然とした表情を浮かべ、言葉を失っている。フェシリーナなど、その状況に怯えるように一歩後ずさり、エセルフリス達から距離を取っていた。


 突然、第二王子とその側近候補の令息達が涙を流し始めたその異常な状況にそれぞれの反応を皆がしている中、オレリアはその一人でもあるエセルフリスに小さな声で呼びかける。


「で、殿下……?」


 すると、それを合図にするかのようにエセルフリスまでもが、ガクリと膝を落して床に跪いてしまった。


「エ、エセル様!!」


 思わず呼び慣れた愛称を叫んでしまったオレリアは、条件反射でそのままエセルフリスに駆け寄り、体を支えようと手を伸ばす。しかし、その手はエセルフリスに触れる直前でピタリと止まった。


 もう婚約者ではない自分が、軽々しく第二王子に触れても良いのだろうか……。


 その事が瞬時に頭に浮かんだオレリアは、エセルフリスを支える事を躊躇してしまったのだ……。だが、その宙をさまよっていたオレリアの手は、突然ガッシリとエセルフリスに掴まれる。

 元婚約者のその行動にオレリアが驚きのあまり大きく目を見開くと、止めどもなく涙を流している切羽詰まった状態のエセルフリスと、視線がぶつかった。


「オレ……リア……」


 あまりにも苦しそうな状態のエセルフリスに思わずオレリアは、掴まれている左手にエセルフリスを労うよう右手を添える。すると、一瞬だけエセルフリスの表情が和らいだ。


 しかし、今度はオレリアの背後でトルキスがうめき声を上げ始める。

 驚きながら声のした方へと振り返えると、ボロボロと涙を零し苦しそうに自身の胸元を掴んでいるトルキスがうずくまっていた。


「トルキス様ぁ!!」


 その瞬間、セアラが悲痛な声で叫びながらトルキスの元へ駆け寄り、その体を支える。するとトルキスは苦しそうに胸のあたりを掴んだまま、セアラの肩口に顔を埋めた。その両目からは、エセルフリスと同様にボロボロと涙が零れ落ちている……。


 そのあまりにも有り得ない状況にオレリアが真っ青な顔色をしながら、周囲の様子を確認すると、同じく青い顔色をしたエレノアが、王家への報告と救護の手配、そして不審者の侵入がないか確認するよう会場警備の者に迅速に指示を出している。


 恐らくエレノアは、エセルフリス達を狙って毒などが盛られたのではないかという事を懸念しているのだろう。四名とも将来は、この国を支える重要な家の令息達だ……。その四人が、突然大量に涙を流しながら苦しみ出したのだから、毒殺的な状況を疑うのも当然だろう。

 ただ現状この国は他国と揉めているなどはないので、もしかしたら今回の断罪対象になっていた令嬢達のファンが、その事に怒りを覚え暴走した事の方が可能性としては高い……。


 会場内も突如して起こったこの異様な事態にパニックを起こしかけている。

 それを毅然とした様子で冷静に宥めているエレノアだが……よく見ると指示を出す為に振っている扇子の先が、小刻みに震えている……。

 その目の前には、彼女の婚約者のヴィクターが、まるで酷い頭痛でも堪えるかのように両手で頭を抱え込みながら、やはりエセルフリス達と同様にボタボタと大量の涙を床に落としていた。


 中でも一番酷い症状なのが、フリッツだ……。

 ヴィクターの支えを失ったフリッツは、床に突っ伏すような体勢になっており、トルキスと同じように自身の胸倉を苦しそうに掴んだまま、大量の汗と涙を床に落としている。だが他三人と違い、何故かフリッツだけ呼吸が荒い。先程からうつ伏せ状態で喉をヒューヒューさせている……。


 そんな婚約者の様子を先程まで血気盛んに喚き散らしていたマリーベルは、血の気のない真っ青な顔色をしながら、茫然と見下ろしていた。だが、よく見ると胸の前で組んでいる両手が小刻みに震えており、不安と恐怖で動けなくなっている状態のようだ。


 すると、フリッツが両手で体を支えるように上半身だけ起こし、息を荒げながら少しだけ顔を上げ、絞り出す様に呟く。


「マ……リ……ィ……」


 その瞬間、目の前で棒立ちしていたマリーベルが、何かに弾かれたかのようにフリッツの傍らへ膝から滑り込むよう座り込み、少しでも呼吸が楽になるようにと自身の膝上にフリッツの頭を横向きで乗せた。


「フリッツ様!! フリッツ様ぁぁぁぁー!!」


 ボロボロと涙を零すマリーベルの悲痛な叫びが会場内に響き渡る。

 そんなマリーベルの叫びは、会場内に漂う不穏な空気を一気に増長させた。

 オレリアにもそのマリーベルの不安が伝染してしまい、眼前で苦しそうな様子で必死に自身の手を握りしめてくるエセルフリスの手を両手でしっかりと包み込む。するとエセルフリスが、そこにグッと額を押し当ててきた。


「エセル様!! しっかりなさってください!!」

「オレリー……。っ……!! 頭が…割れそう……だ……」


 久しぶりにエセルフリスから愛称で呼ばれたオレリアだが、そのエセルフリスは相当酷い頭痛に襲われているらしく、少しでも痛みを和らげたいのか、自身の額を握りしめているオレリアの手にこすりつけてきた。その苦痛に顔を歪ませているエセルフリスの様子から、オレリアは不安と恐怖に襲われ、自分の瞳にブワリと涙がたまり始めた事を自覚する。


 そんな歪み始めたオレリアの視界の端に真っ青な顔をして、ガタガタと震えているフェシリーナの姿が目に入る。そしてオレリアの視線に気付いたフェシリーナとバチリと目が合った。

 するとフェシリーナは真っ青な顔色で震えながら三歩程後退り、信じられない物を見ているという表情で、駄々をこねる幼子のようにゆっくりと首を左右に振り始めた。


「どう……して……? こんな……こんな展開、私知らない……。こんな……こんな、皆が苦しむような展開なんて……私は知らないっ!!」


 そう叫びながら両手で顔を覆い、その場に膝から崩れ落ちるようして床にペタンと座り込んだまま、小さく震え出す。そのフェシリーナが発した謎の言葉にオレリアが気を取られていると、再びマリーベルの悲痛な叫び声が会場内に響き渡った。


「嫌ぁぁぁぁー!! フリッツ様ぁぁぁー!! 息を……息をしてぇぇぇー!!」


 そのマリーベルの叫んだ内容にオレリアだけでなく、いつの間にか膝をついてヴィクターの事を介抱していたエレノアや、トルキスを支えているセアラが、一気に顔色を青ざめさせる……。

 対してマリーベルを叫ばせた彼女の膝を枕にしているフリッツは、両手で首を掻きむしるような仕草をしながら体を海老のように反らせ、喉を詰まらせ始めたのだ。


「マ……リ……ィ……。息、が……出来、ない……」


 フリッツが喉から絞り出す様に零した言葉を聞いたマリーベルが、狂ったように叫び出す。


「嫌ぁ……。嫌ぁぁぁぁぁー!! フリッツ……フリッツ様ぁぁぁぁぁー!!」


 その悲痛な叫びに会場内は絶望した雰囲気に呑まれ始める。

 だが丁度そのタイミングで会場内の一番メインの扉が、大きな音を立てて開かれた。そしてそこから10名ほどの集団が、ある人物を筆頭にサッと人込みを掻き分けながら、オレリア達の方へと勢いよく向って来る。


「エセル!! 無事かっ!!」


 凛とした声を発しながら大股でオレリア達に近づいてきたのは、この国の王太子であり、エセルフリスの兄でもあるアレステイと、その婚約者で隣国の伯爵令嬢のロクサーヌだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ