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5.被害者も暴走し出す断罪劇

 つい先程まで怯えるようにエセルフリスの腕にしがみ付いていたフェシリーナが、急に大声を出した事で会場全体が静まり返る。


 だがその中で約一名だけ、変わらぬ様子の人物がいた。

 先程まで皆の注目の的だったマリーベルである。


「フェシリーナ様……今まで平然と人の心をズタズタにしておきながら、そのような戯言をおっしゃるのは、どのお口なのかしら?」

「だって……何も婚約を解消なんてしなくても……」

「『だって?』」


 感情的になった所為か、砕けた言葉を使い始めたフェシリーナをマリーベルが、射貫く様な視線を浴びせながら咎める。


「で、ですから! 今回このような機会をエセル様達に作って頂いたのは、この三年間、私が受けた嫌がらせについて話し合い、お互いに問題となっていた部分を擦り合わせて和解を――――ヒィっ!!」


 そう言いかけたフェシリーナだが次の瞬間、まるで親の敵でも睨みつけるような憎悪に満ちた表情をマリーベルに向けられ、小さな悲鳴を上げながら押し黙る。


「和解ですって……? あなた、頭がおかしいのではなくて!? この三年間、ご自身がどれだけわたくし達に酷い仕打ちをなさっていたか、全くご自覚がないの!?」

「ひ、酷い仕打ち……? 私が……?」


 全く身に覚えがないという反応を見せたフェシリーナに対して、マリーベルの怒りが更に増幅されていく。


「信じられないわ……。この三年間、あなたがエセルフリス殿下を中心にこちらのお三方のご令息に付きまとった事で、婚約者であるわたくし達が、どれだけ不快な思いを強いられてきたか一度も考えた事はないの!?」

「つ、付きまとうなんて……。わ、私はただ皆と早く仲良くなりたかっただけで……」

「仲良く? それは友人としてではなく、男女の仲でという意味でかしら?」

「ち、違います!! だって私……入学してから全然お友達が出来なかったから……。だから、少しでも仲良くしてくれそうな人と親しくなりたくて……」

「当たり前でしょう!? 誰が入学早々に雛鳥が巣から落ちてしまったからと、自ら木に登るようなご令嬢と親しくなりたいだなんて思うというの!? 一般的な常識をお持ちのご令嬢であれば自身の従者にやらせるか、学校関係者の方をお呼びして対応して頂くという考えに至るはずよ!! しかも当時のあなたは、これ見よがしに雛鳥を助ける事をアピールするかのように大きな独り言を言っていたそうね? その経緯でエセルフリス殿下に声を掛けて頂けたらしいけれど……その時、すでに物珍しく声を掛けて来てくださる高位貴族のご令息と接触する機会を狙っていたのではなくて!?」

「なっ……!!」

「マリーベル嬢!! 流石に今の言い方では、君の悪意ある独りよがりな想像での話にしか聞こえないよ!? そんな邪推をするなんて、いくら何でもフェシリーナに対して失礼だ!!」


 絶句しているフェシリーナを庇うように自分達の間に入って来たエセルフリスをマリーベルは、不敬と取られても仕方がない程の鋭い目つきで睨みつける。


「殿下も殿下よ……。今、他の女性を過剰に庇っている殿下のこの状況をご覧になっている婚約者のオレリア様が、どんなお気持ちでいらっしゃるか……お考えになった事はないのですか!?」


 急に自分の名前を出されたオレリアが一瞬、体を強張らせた。

 だがその事に気付かないエセルフリスとマリーベルは、そのまま言い争いを加速させていく。


「何故、そこでオレリアの名が出てくるんだ!!」

「何故ですって!? この三年間、殿下が必要以上にフェシリーナ様を庇われる度に陰でオレリア様が周りのご令嬢方から、何と囁かれていたかご存知ないのですか!? 『うわべだけの婚約者』『お飾り婚約者』『放置令嬢』。爵位の低いご令嬢達からもそのように陰で言われ、オレリア様がどんなに肩身の狭い思いをされていたか―――っ!」


 そう訴えたマリーベルの瞳は、いつの間にか涙で膨れ上がっていた。

 恐らく、オレリアの事を語ると同時に自分も似たような状況で悔しい思いを強いられた事を思い出してしまったのだろう……。

 もちろん、そのような陰口を囁かれていたのは、オレリアだけではない。

 現在、感情的に叫んでいるマリーベルはもちろん、エレノアやセアラも同じような陰口を叩かれていたはずだ。


 その気持ちが痛い程分かるオレリアは、先程からマリーベルが破天荒な動きをしている理由に、やっと気付く。

 恐らく今のマリーベルは自暴自棄になり、たとえ王族に対する不敬を問われようとも、この三年間募らせていた怒りを全て爆発させてやろうと、ある程度の覚悟を決めて、この卒業パーティーに参加したのだろう。


 外交官を父に持ち、学園内では男女どちらからも人気がある華やかなマリーベルは、第二王子の婚約者であるオレリア以上に交流関係が広い。

 その為、本日エセルフリス達が決行したこの断罪劇が行われる情報をマリーベルは事前に掴んでいたはずだ。もちろん、その実行メンバーには、彼女の婚約者でもあるフリッツがいる事も……。

 その為、本日自分が断罪される側の立場である事をマリーベルは事前に知っていたのだろう。


 だがエセルフリスの方でも早くフェシリーナが学園に慣れるようにと、善意から接していた自分達の行動が、まさかそのような弊害を生み出していたなどとは夢にも思っていなかったのだろう。マリーベルの訴えた内容を聞いて愕然としている。


「そんな……。僕らは、ただ不慣れなフェシリーナが早く学園に馴染めればいいと思って……」

「早く学園に馴染めればと思い、三年間も皆様で彼女を囲い続けていたのですか? 殿下は、彼女がわたくしの婚約者であるフリッツ様にどのように接していたか、ご存知でそのような事を言われているのですか!?」

「いや……。それは知らないが……。だが出会いは、確か君らのクラスで彼女が嫌味を言われているところをフリッツが助けたと……」

「その後です!!」

「その後?」


 怪訝そうな表情を浮かべたエセルフリスから、今度はその隣にいるフェシリーナに視線をずらし、憎々しげに睨みつけたマリーベルは、敢えて指を差した。


「その後、彼女は助けて貰ったお礼と称して、何度も……何度も何度も何度も!! 大勢のクラスメイト達の目の前で、フリッツ様に手作りのお菓子やランチの差し入れを繰り返したのです!!」


 そのマリーベルの訴えを聞いた周囲の人間達は、一斉にフェシリーナに注目し、「婚約者の女性の目の前で?」や「しかも周囲にアピールするように?」や「そんな頻繁に差し入れするだなんてあらぬ誤解を招くのでは?」等のヒソヒソ話が聞こえ始めた。


 するとフェシリーナは、何故か慌てた様子で右手の長手袋を半分だけ下げ、自身の腕部分に必死に目を走らせ始めた。しかしすぐに肩をビクつかせて、唖然とした表情を浮かべたまま顔を上げる。


「あ、あの……わ、私……」

「弁明したい事があれば伺います!! 何故あなたは、フリッツ様の婚約者であるわたくしの目の前で、見せつけるように頻繁に手作り料理の差し入れなどされたのですか!? それは先程おっしゃっていた『仲良くしてくれそうな人と早く親しくなりたかった』という目的ではありませんわよね!!」

「そ、それは……その……」


 マリーベルの鋭い追及にフェシリーナは目を泳がせ、先程長手袋を下げた右腕部分を摩り、何故かしきりにチラチラと視線を向けている。そのフェシリーナの不可解な行動は、何故かオレリアの目を引いた。

 だが、興奮状態のマリーベルは、その奇行に気付いていない様子だ。


「あなたが……あなたが、そんな人目も気にせず、フリッツ様へ過剰に接した所為で……わたくし達は不必要な言い争をするようになってしまい、今まで良好だった関係を滅茶苦茶にされたのよ!?」


 まるで叫ぶ様に訴えたマリーベルは、先程から膨らませていた金の大きな瞳から、ボロボロと涙を零し始めた。

 その状況に会場中の人間が、マリーベルには憐れむ様な視線を向け、対してフェシリーナには蔑むような視線を向け始める。


 マリーベルの性格からすると、人前で泣くなど屈辱そのものだ。

 だが、それだけフェシリーナに対して怒りが抑えられず、このような状態となってしまったのだろう……。もしかしたら、オレリアも感情をコントロールする事の訓練を王族教育で受けていなければ、この断罪劇で涙していたかもしれない……。


 時間を掛けて親睦を深めた相手を、突然ひょっこり出てきた人間に横から掠め取られ、挙句に関係までも壊される悔しさと虚しさをオレリア知っている。

 今泣きながらその事を訴えているマリーベルの気持ちが痛い程、分かるのだ。


 そんなマリーベルとフリッツは、中等部一年の時にフリッツからの熱望で、婚約が結ばれた。それから三年間、二人は中等部では誰もが羨む大変仲睦まじい婚約者同士として有名だった。


 それが高等部からフェシリーナが入学して来てから一変した……。

 過剰にフリッツに接してくるフェシリーナに対し、マリーベルが嫉妬してしまい、フリッツと言い争う事が増えてしまったのだ……。

 同時にフェシリーナをしっかり拒絶しないフリッツの態度にもマリーベルは、懸念を抱き始める。


 その後、二人は高等部三年辺りから会話どころか、学園内ですれ違っても目すら合わせなくなってしまった……。

 そこまで二人の関係を壊しておきながら、先程フェシリーナが口にした「お互いに問題となっていた部分を擦り合わせて和解」という言葉は、信じ難いくらいマリーベルの神経を逆撫した言葉だったはずだ……。


『ただ友達として、もっと親しくなりたかっただけ』


 そう主張するフェシリーナだが、その方法は友人としての距離の縮め方ではなく、男女間でよく見られる距離の縮め方なのだ。

 そんなフェシリーナの行動は、誰がどう見ても狙いを定めた相手に媚びを売っている行動にしか見えないのだが……何故か彼女に絡まれているエセルフリス達は、友人として許せる範囲の距離感という認識になってしまっている。


 オレリアには、どうもそのエセルフリス達の感覚が麻痺してしまっている状態に異常性を感じてしまう。恐らく一般的な男性の感覚であれば「あれだけ愛らしい女性に言い寄られると、なかなか邪険に出来ない事は仕方のない事だ」と、特に違和感は抱かないだろう。


 だが、共に王族教育を受けてきたオレリアは違う。

 他人との距離をコントールする事については、交渉や話し合いを優位に進める効果もある為、入念に指導されるのだ。そんな教育を共に受けたエセルフリスが、こんなにも距離感に関して無頓着な認識になってしまうなど有り得ない。

 そんな事をオレリアが考えていたら、泣き崩れていたマリーベルが鋭い視線でエセルフリス達を睨みつけ始める。


「皆様が必死に彼女を守りたいと思うのは勝手です……。ですが、そう心に決めたのであれば、()()()()()()()()皆様が『婚約』という契約で縛り付けている女性を解放してからにしてください……。中途半端に関係を継続され、放置されるこちらにとっては、大変迷惑な行為です!!」


 射殺さんばかりの視線を向けながらマリーベルがそう訴えると、エセルフリス達が顔色を真っ青にさせて固まってしまう。対してフェシリーナは、狼狽えるように回りをキョロキョロと見回し、焦っているような素振りを見せ始める。

 すると石像のように固まっていたエセルフリスが、青白い顔をしたままゆっくりと口を開き始めた。


「マリーベル嬢の言う通りだ……。僕達は全員……フェシリーナを守る事に集中し過ぎて、婚約者である君達を放置し、深く傷付け続けていた……。オレリア、本当にごめん……。僕はこの三年間、善意と称して自分の行動を正当化し、君の事を蔑ろにし続けていたんだね……」


 マリーベルの捨て身の訴えで、エセルフリスが今までの自分の行動を振り返り、これまでの三年間、どれだけ婚約者であるオレリアの事を無自覚に傷付け続けてきたのか、やっと気が付いたようだ……。

 だからと言って、もう以前のような関係に戻る事が難しい事もオレリアは、薄々勘づいている。


「エセルフリス殿下……」

「どうして僕は今まで気付かなかったのかな……。君が僕を愛称呼びする事をいつの間にかやめてしまっていた事に……」

「………………」


 エセルフリスの小さな呟きは、他二名の側近候補にも思う事があったようで、何かに耐えるように唇を噛みしめている。


「このまま君との婚約を続ける事は、更に君の事を傷付け続ける事になってしまうね……。でも、僕が王族であるから、君からは婚約の解消を申し出る事は出来ない。ならば……君をこの三年間、深く傷つけ続けてしまった責任を取る為に僕の方から、僕の有責という状況で言うべき事だと思う……」


 そう言って何かを決意したように口元を引き締めたエセルフリスが、真っ直ぐな視線をオレリアに向ける。だがオレリアは、これからエセルフリスが自分に告げようとしている言葉を何故か聴きたくないという衝動に駆られていた。


 自分が行ってしまった行為の落とし前をつける為に今エセルフリスが、オレリアに告げようとしている言葉。

 多くの人間の前で王族であるエセルフリスが自分の非を認め、謝罪と共にオレリアを解放するその言葉は、12年間かけて築き上げた二人の関係を終わらせる言葉でもある……。


 周りの人間からしたら、それ程の仕打ちを受けたのならば、すぐにその言葉を受け入れるべきだという人間は多いだろう……。

 だが、人の心はそう簡単に割り切れるものではない。

 ましてや、今まで良好な関係を築けていた時間の方が長い相手であれば、尚更その関係を断ち切る事など簡単には出来ない……。

 何故ならフェシリーナが現れるまでの間は、エセルフリスという人間は、オレリアの世界に必ずいるべき存在という認識だったのだから。


 その事に今更ながら気付いたオレリアの視界は、何故か歪み出す。

 自分にとってエセルフリスは、ただ政略結婚の相手という訳ではなかった。

 エセルフリスは、いつの間にかオレリアの世界を構築する為の大事なパーツの一つと化していたのだ……。それを失う事に対する不安が今頃になって実感を帯び始め、オレリアを襲い始めた。


 だがオレリアは、マリーベルのように人前で感情を露わにして泣く事は出来ない。そうならないように訓練されたという部分もあるが、今目の前で同じような思いを抱いているはずのエセルフリスを目にすると、泣く事など出来ないのだ。


 恐らくエセルフリスの方も今頃になってオレリアと同じ喪失感を抱き、途方にくれているはずだ……。それでも自分が犯してしまった責任のケジメをつける為にエセルフリスも後には引けない状態なのだ。

 そんなエセルフリスが、覚悟を決めた様にゆっくりと口を開き始める。

 しかし、ここでまたフェシリーナの邪魔が入って来た。


「待って!! こんなの違う!! 何も今ここで、そんな宣言をしなくても――っ」

「お黙りなさい!!」


 急に乱入して来たフェシリーナをマリーベルが、言葉を遮るように怒鳴りつける。


「あなた……先程から何なの!? 今お二人がこういう状況なってしまった一番の元凶は、あなたなのよ!? もう……これ以上、わたくし達の関係を弄ぶように引っ掻き回す行動はしないでよ!!」

「だ、だって……今こんな展開になってしまったら、私はオレリア様と和解する事が出来な――――」

「まだそんなふざけた事を言っているの!? あなたとなんか、わたくし達はこの先一生、和解する事なんてあり得ないわ!! 自分がどんな酷い事をわたくし達にしてきたか、まだ理解が出来ていないの!?」


 全力の怒りをぶつけるような剣幕さでマリーベルがフェシリーナを怒鳴り散らすと、その気迫に呑まれたフェシリーナが真っ青な顔色をして押し黙る。

 すると、会場全体もまるで息を呑むように静まり返った。

 そんな状況の中で眉間に皺を刻んだエセルフリスが、声を詰まらるように再び重くなってしまった口を開く。


「オレリア……。僕は君との婚約を解消する……」


 その瞬間、静まり返った会場の緊張の糸が一瞬で切れる。同時にオレリアは小さく息を呑んだ後、驚きと共に唇を小刻みに震わせた。


 だが、それはエセルフリスから放たれた言葉にショックを受けたからではない。今、眼前に広がる信じられない光景を目にして動揺してしまったからだ。

 そんなオレリアの予想外の反応に気付いたエセルフリスが、痛みを堪えるような表情を一変させ、怪訝そうな表情を浮かべ始める。


「オレリア……? 一体どうしたんだい……?」


 そのエセルフリスの質問に対し、オレリアが目を見開いてまま茫然とした様子で、唇を震わせながらゆっくりと口を開く。


「殿下こそ……何故……涙を流されているのですか……?」

「えっ……?」


 オレリアのその問いに慌てて右手で自身の頬にふれたエセルフリスは、その手にたっぷりと吸いついてきた水滴を確認した途端、石像の様に固まってしまった。

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