横浜道中記
「本田さん、確認が取れました。全員期限切れの不法滞在異星人です。地球の資源や動物を他の星に横流ししていたようです。」
回収班の男が護送車の窓を開け報告してくる。
「ご苦労様です、身柄はMIB東京本部に送ってください。後は本部で対応します。」
男はわかりましたと言うと、カマキリが詰まった護送車がドナドナよろしく発車する。
地球外生命体対策局、通称MIBそれが俺の所属する組織の名前だ。
地球にやって来た異星人対策を行う秘密組織で、各国の主要都市に拠点があり東京本部は日本のMIBの総元締めである。
その中でも不法滞在や犯罪行為を行う異星人を取り締まる「異星人犯罪対策課」、通称「マル異」に所属している。
荒事専門チームで危険も多いことから配属されたくない部署ダントツ一位を設立から毎年更新中だ。
マル異に配属された新人は、その日の内に半数以上が退職届を出し、その後2年経つ頃には片手で数えることができるくらいの人数しか残らない超ブラックな部署である。
「サクラさんや、任務完了したので俺らも帰ろう。近場にいるタクシーを手配してくれ。」
そうスマートフォンに話しかけると
「はい、超絶美少女型サポートAIサクラです。本田職員の任務完了を確認しました。近くに車で移動中の剛田職員がいるで拾ってもらえるよう手配致します。」
この図々しくも自分を美少女と言い放った愚か者は、宇宙人よりもたらされた地球外の技術で作られたMIB東京本部サポート型AIのサクラ1型である。
ちなみに美少女とのたまってはいるが開発当初は、Si○iの様な画面から声が聞こえてくるだけで身体のモデルは無かったが、いつからか勝手にインターネットから拾ってきたモデルを使い美少女を名乗り始めたとんでもない人工知能である。
今回は太正浪漫風の黒と白のチェックの和装に袴姿。
一体どこからこんなデータ拾ってくるのか……。
「ごっさんこっち来てんのか。また何か面倒くさい事件押し付けられたんだろうな……。」
剛田という男はMIB東京本部の職員であり、俺の4期先輩だ。
20歳後半で190cmと筋骨隆々の大柄な体格のため荒事処理を行うマル異に配属された。
The脳筋みたいな見た目に反して頭脳派であり、その頭脳とゴリラ並みの武力でマル異のエース的な存在である。
深刻なマル異の人材不足により、かなりの数の任務を押し付けられているため常に日本中を駆け回っており、仕事以外何をしているのか全くの謎でマル異の七不思議の一つとなっている。
性格は男らしい仕事気質なため、密かに女性職員からの好感も高いらしい。
そもそも本部にほとんどいないため出会える確率が低くMIB内で浮いた話は聞いたことがない。
俺とは年も近いためバディを組むことも多く、共に修羅場を潜ったいわば相棒的な存在だ。
久々だな〜剛田のおっさん、と先月不法滞在の田中星人討伐任務で死にかけた思い出を懐かしむ。
倒しても倒しても増殖する田中星人には手を焼いたものだ。
きゅうりを鼻に突っ込むと増殖が止むという事に気が付かなければ収拾がつかなかった事だろう。
寒空の下そんな思い出に浸っていると、一台の黒塗りの高級車が俺の前に止まった。
運転席にはヤクザ顔負けの強面巨漢が座っており、「乗れ」とドアを開ける。
俺が助手席に滑り込み、ドアを閉めるとシートベルトを締める暇もなく車は発進し始めた。
「いや〜ごっさん久しぶりだね、田中星人の時以来?元気だった?」
シートベルトを締めながら気さくに話しかけると「ああ……」と短い返事が返って来る。
このぶっきらぼうなゴリラはこちらが話しかけてもいつも「ああ……」や「分かった……」としか反応しない。
俗に言うコミュ症というやつだ。
軽い世間話や質問を振ってもダンマリなど当たり前。
返事が返って来ただけでもグットコミュニケーションである。
「今日の任務は虫取りだったよ、めっちゃでかいカマキリ。俺、虫嫌いだから得意なやつに振って欲しいんだけどなぁ。あっ、本部戻る前にコンビニ寄ってくれる?何か食い物かっていこう。それまで寝てるからついたら起こして。」
腹が減っては戦はできぬ。
万年人員不足のマル異ではいついかなる時に任務が来るか分からない。
食える時に食い、寝れる時に寝る。
配属されたらいつでもどこでも寝れる技術を学ぶくらい重要な事なのだ。
配属されて間もない頃、リュックサック一つ背負って万年雪の極寒の山奥に放置される研修という名の拷問が実行された。
−30℃の雪山で食うものも無く、仕方なく寝ようとした時、連邦から派遣された女の猫型異星人の尻尾を枕がわりにしたら烈火の如く怒り狂い、猫のくせにグーで殴りかかって来た事を思い出す。
「本部には戻らない、このまま次の任務に向かう。」
え?今何つったこのおっさん?
さっきまで巨大カマキリと交戦してヘトヘトな私にこの前お仕事とな?
お腹も空いて眠たいのですが?
労基は?労基は死んだのか?
「本部に宇宙連邦から緊急連絡が入った。魚型異星人ナカサ星の王子が攫われた。連邦が追跡中に犯人は地球に逃げ込んだらしい。」
シカモトテモメンドクサソウ……。
「連邦の監視はザルなの?ガンガン異星人地球に密入国してるんだけど?」
突然飛来して勝手に保護惑星に認定した割に仕事しなさ過ぎじゃ無いですかね?
「今の地球は異星人から見ると金脈だ。連邦の手が回ってない辺境の惑星に拠点ができれば裏稼業もやり易い。地球が連邦入りした時に既得権益でかなりの儲けが出る。まだ監視が緩いこの時期に犯罪組織がバックドア作ろうと躍起になっているんだろ。」
そうならないように保護惑星になったはずなんだが……。
「話を戻そう、攫ったのはYCAT星人。人間サイズの猫型異星人だ。魚型異星人のナカサ星人とは昔からナカサ星の豊富な漁業資源を巡り小競り合いがあった。その一環で先日生まれた王子の1人を攫い地球に逃げ込んだらしい。今回はナカサ星の王子の奪還とYCAT星人の逮捕が目的だ。抵抗があれば迷わず打ってよし、元々保護惑星に無許可侵入した異星人はデッドオアアライブが原則だ。」
相変わらず物騒な任務やらされてるな、こんなんばっかだから新人辞めてくんだよ。
「情報どこまで分かってるの?潜伏場所分とか、人質の状況とか、すで死んでた場合責任こっちに押し付けられたらまずくない?」
既に王子が殺されていて、その責任を地球側になすりつけられたりしたらたまったものじゃない。
「連邦からの情報によるとYCAT星人は横浜市街に潜伏中とのこと、目的が漁業資源獲得のための人質なので、すぐに殺されているとは考えにくいかと。もし死んでいた場合お二人の腹を切って詫びてください。」
スマートフォンからとんでもAIのとんでもないお言葉が聞こえる。
「ナカサ星人は繁殖の時、一匹のメスが産んだ数万個の卵に複数のオスが精子をぶっかける。そのため一度にかなりの幼体が産まれるんだ。今回攫われたのはその中の1人だから死んでもそんな問題にならん。」
……最悪だ……。
想像しちゃったよ……。
明日からイクラ食えねえよ……。
というかそう言うもんなのか、確かに数万の兄弟がいるかもしれないが。
これが宇宙のお星柄というものだろうか。
「もし責任取らなきゃならない時は1人で死ぬの寂しいからサクラちゃんのサーバーに水かけてから死ぬね?」
旅は道連れ世は情けである。
一緒に死の?
ひとりぼっちは寂しいからな。
「私のデータは既にネット中にありますので今更サーバー壊してもインターネット自体をこの世から消さない限り何度でも甦りますよ?」
何それ怖い……。
こいつが一番の侵略者なのでは?
いつの間に世界中のネット掌握したの。
「後、私のサーバーは現段階値段がつけられない程貴重なものなので壊したら本田さん死んでも償えませんよ。」
侵略者(AI)>>>>超えられない壁>>>>>俺の図式、何故なのか……。
世の中理不尽で溢れかえっているとはいえ酷い話だ。
人の価値はお金には変えられないというのに。
エライ人にはそれが分からんのです。
「ちなみに世界中のネットから情報を集めることができるので本田さんが家で見た動画のタイトルもバッチリです。」
お!?
今こいつすごいこと言わなかったか???
「ほうほう、巨乳インストラクターと賢者の……」
この世で俺しか知らないはずの履歴を読み上げる侵略者。
「わーわー!!!?サクラちゃんストップ!!それ以上いくと男の尊厳壊れちゃう!!!」
「うわぁ……こんなのも見てるんだ……ちょっと引きました。」
やめて!!俺のライフはもうゼロよ!!!
MIBは今すぐこいつをアンインストールするべきだ。
このままでは職員どころか世界中の個人情報掌握されて誰もAIに逆らえない日が来てしまう。
「お、俺のはもういいよ、ごっさんの履歴プリーズ!」
俺だけこんな辱めを受けるなんておかしい!
こうなりゃ道連れだゴリラ型の鉄仮面の下に隠された恥ずかしい趣味曝け出して貰おうか。
「や、やめろ、俺はそんなものは見ていない。」
おやおや、珍しく動揺してますよこのゴリラ。
どこか辿々しく少し汗をかいたごっさん。これはなんかあるな……。
「え〜と剛田さんは……」
「やめろ!!それ以上喋ると宇宙連邦に貴様が独断でバックアップとっていることを報告するぞ!!!」
いつもは冷静鉄仮面のごっさんが珍しく声を荒げて抵抗する。
「い〜いじゃんごっさん、俺だけバラされるのも癪だし一緒に曝け出そうよ〜。」
人の不幸からしか得られない栄養がある。
でも、いつも眉間に皺寄せて近寄り雰囲気してるからあんまりそういうの見たことないけど結構ごっさんモテるし、プライベートが謎なごっさんの女の趣味知りたいやつ結構いるだろうな。女性職員との話の種になりそうだ。
「あった!!ま……マジカル幼女あいちゃん……」
時が止まった。
まさかの女児向け