幻想
「琴子ちゃん、俺は嘘をついていた。君には『岩に立つ少女』を気づかなかったと言っていたが、当然気づいていたよ。それが次郎の娘さんだというのもね。あの岩は俺にとっても特別な場所だから。蒔ちゃん、君はその『青いトンネル』を探そうとしていたんだろ? 」
蒔絵は頷いた。
「そんなファンタジーな話。それって次郎さんが例え話をしただけなんじゃないの? 」
現実主義的な琴子さんらしい言葉だ。
「まぁ、俺も何度か岩の上から探したけど、ついに今まで見つけることはなかったよ。琴子ちゃんの言う通り、あいつが例え話をしていただけなのだと今は思っているよ」
「蒔絵ちゃん、君は実際にそれを見たことあるのかい? 」
「見えないの。どんなに毎年、その時季に岩の上に立っても見ることができなかった。そして、もう今年が最後.. もう岩の上で見ることが出来ない。だって来年には工事が始まっちゃうじゃない!! 」
「だから蒔ちゃんは海に潜ってみたんだね。もう岩の上で見ることができないのなら、その『青いトンネル』が何なのかを潜って確かめようとね」
「 ..でも、迷惑かけるつもりはなかった.... ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「蒔ちゃん、残酷なこと言うけど、仮に工事が無かったとして、どれだけ岩に立とうが、海に潜ろうが『青いトンネル』を見ることはできないよ」
オーナーが蒔絵の想いを切り捨てるような言葉を放った。
その言葉に流れ落ちる涙.... 蒔絵は施設を飛び出した。
「佑ちゃん、彼女をひとりにしないで」
琴子さんの言葉に俺は彼女を追いかけた。
*****
「やっぱりここに来たんだね」
「 ....」
雲の向こうの夕焼けが紫色を帯び始めていた。
「私、 私ね、見た事がなかったんじゃないの.... あの時、見ようとしなかったの」
蒔絵は当時の事を語り始めた。




