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レジェンドオブカーボニア  作者: 天水覚理
第一章
8/48

1-6

「おい! 前を走るバギー! 止まれ!」


 拡声器を使い、帝国兵は前を猛スピードで走るサヴェロに向けて停止を呼びかけるが、もちろんサヴェロは止まる訳もなく、車の間を縫うように走り抜ける。


 帝国兵達はサヴェロの運転するバギーにメリダが乗っているものと勘違いしている為、発砲する事が出来ないが、そもそもあまり目立つ事は控えたい帝国兵にとってこの状況は芳しいものではなかった。


 帝国兵達は早くサヴェロを捕らえる為、散開し、徐々に包囲していく。


「クッソ! さすがにバギーじゃ逃げきれないか」


 周りを囲まれ、少しずつ距離を詰められていくサヴェロに焦りの色が見え始める。そして、左右に並走する帝国兵の乗る車に気を取られていた時だった。


「ッ! あっぶね!」


 サヴェロの進路を塞ぐように帝国の車が横から飛び出してきた。サヴェロは慌ててブレーキをかけ、急停止する。


 その機を逃すまいと、帝国兵達は小銃を手に車から降りてくると、サヴェロに銃口を向け取り囲んだ。それを見たサヴェロは観念したのか両手を挙げバギーから降りる。


 だがしかし、ニッと不敵な笑みを浮かべたサヴェロはバギーの荷台に被せてあった布に手をかけると、それを一気に取り払った。


「ターゲットがいない! しまった! こいつは囮だ!」


 空っぽの荷台を目の当たりにした帝国兵達に動揺が走る。その一瞬の隙にサヴェロは目の前にいた銃を構えている帝国兵に向かって疾駆する。


 まさか銃を持った相手に飛び込んでくるとは思ってもみなかった帝国兵は虚を突かれ、一瞬反応が遅れる。だが、それでも銃を構えて撃つ方が速い。普通ならばそこで撃たれて終りだった。そう、普通なら――


「なっ!」


 驚愕の声を上げたのは帝国兵だった。真正面から突っ込んできたサヴェロを撃とうとした瞬間、サヴェロはおよそ人が出せるとは思えないほどの速度まで加速し、一瞬で銃を構える帝国兵の懐に飛び込んだ。そして、流れるような動きで帝国兵の腹部に拳を叩きこむ。


 不意のボディブローで悶絶する帝国兵。他の帝国兵達は銃をサヴェロに向けようとするが、密着する味方に当たってしまう為、仕方なく銃を下すと、代わりに警棒を抜いてサヴェロに殴り掛かった。

「このクソガキ! 死ねェ!」


 サヴェロの頭をかち割らんと振り下ろされる警棒。それをサヴェロは何食わぬ顔でするりと躱すと構えた右拳を持った帝国兵の脇腹に捻じ込んだ。


 それだけに留まらず、勢いに乗ったサヴェロは後ろに続く帝国兵達に向かって突っ走る。帝国兵もサヴェロを迎撃しようと警棒を振るうが、サヴェロはその悉くを紙一重で避けると同時に、帝国兵へ反撃していった。


「クソッ! 何なんだこのガキ! 強ェ!」


 あまりのサヴェロの強さに、攻撃の手が止まる帝国兵達。それを見たサヴェロは自ら仕掛けようとはせず、逆にその場から全力で走って逃げ出した。


「あっ、逃げやがった! 待ちやがれ!」


「よせ! 追うんじゃない!」


 帝国兵はサヴェロの後を追おうとするが、そのうちの一人が皆を制止する。


「奴を追うよりも、他の隊にターゲットが逃げたことを報告して、俺達も捜索に加わった方がいい」

 その提案に他の帝国兵達は頷き、すぐに他の隊にターゲットに逃げられた事を報告すると、急いでターゲットであるメリダの捜索に戻っていった。


サヴェロは物陰に隠れ、頭だけを出して帝国兵が行った事を確認する。


「とりあえず、逃げる時間くらいは稼げたかな? さて、俺も二人と合流しなきゃ」


そう言ってサヴェロは足早にその場を立ち去った。



「あらら、これはちょっとまずいかな?」


 一方、バイクの後ろにメリダを乗せ走っていたジェリーは苦笑いを浮かべていた。その正面には複数の帝国兵の車が横並びに配置され、ジェリー達の行く手を阻んでいた。


「なんかバリケード張られてるんですけど! 大丈夫なんですか?」


 後ろに乗るメリダが慌てたように叫ぶ。すると、ジェリーは「しっかり掴まってて!」と言った瞬間、スロットルを全開にし、強行突破を図った。


 前輪が軽く浮く程の急加速で、帝国兵が作っていたバリケードに突っ込むジェリー。その行動に帝国兵も思わず退避する。ジェリーはその速度を維持したまま、バイクをコントロールし、バリケードの隙間を綺麗に抜けていった。


「すっごい……お母さん何者なの?」


「ええ? ただの主婦よ」


バリケードを突破されてしまった帝国兵は慌てて車に乗り込むと、バイクに乗った二人の後を追った。


「も~しつこいわねぇ」


 ジェリーは追手を振り切る為に、車では入ってこられない細い路地へと猛スピードで突っ込んで行く。


「うわーっ! ぶつかるー!」


 壁すれすれを走るバイクの後部座席からメリダの叫び声が上がる。だが、ジェリーはお構いなしに入り組んだ路地を縫うように走り抜ける。途中、ゴミ箱や浮浪者などが道端に寝転がっていたが、ジェリーはスピードを落とすことなくギリギリで躱していった。


 路地を抜け広い道に出たところで、ジェリーはサイドミラーで後方を確認する。


「よーし! 何とかまいたようね。もう大丈夫よメリダちゃん!」


「は、はぁ……そうですか……」


 ジェリーは笑顔で話しかけるが、一方のメリダは放心状態で返事をするのがやっとであった。

 やがて、ジェリーが運転するバイクは市街地を抜け、人気のない海沿いの道を西に向かって走っていた。向かって右側にはどこまでも続く白い砂浜が広がり、左側には海風を防ぐための防風林が植えられていた。


「なーんか妙に静かね。嫌な予感がするわ」


 いつもはもう少し交通量のある海沿いの道がガラガラな事にジェリーは訝しんだ。


『ええ、ジェリー様の言う通りです。前と後ろの両方から追手が来ています』


 ジェリーの予感を肯定するようにアイオスが現状を報告する。その報告を受けた途端、ジェリーはバイクを急停止させた。


「マズイわね。さぁてどうしましょう」


 腕を組んで「うーん」と唸りながら考え込むジェリー。それを見ていたメリダが口を開いた。


「もう大丈夫だよ。サヴェロのお母さん。この先は私一人で何とかするから――イタッ!」


 メリダがそう言いかけたところで、ジェリーは「てい!」という掛け声と共にメリダの頭にチョップを食らわせた。


「もう、何度言わせるの? ここまで来て貴女を放り出せる訳ないでしょ? 最後までしっかり面倒みさせなさい」


「で、でも八方塞がりなんでしょ? どうするの?」


 メリダはヘルメットの上から頭をさすりながら質問する。それに対し、ジェリーは、


「確かに両方は塞がってるけど八方は塞がってないわ」


 と、言った途端、スロットルを捻ってバイクを再び発進させると、今度は道の左側にある防風林に向かって走り出した。


「わわわわっ!」


 当然、舗装されていない道なのでガタガタという強烈な振動がメリダを襲う。


「口は塞いでなさい! 舌噛むわよ!」


 ジェリーは木々の間をするすると進んでいく。だが、


『駄目ですジェリー様。追手とも距離が徐々に縮まっています』


 というアイオスの警告が入った。それを聴いてジェリーは「わかってるわ」と苦笑いを浮かべサイドミラーに目を移す。そこには車数台分のヘッドライトが少しずつ迫ってきていた。


ジェリーはなんとか追っ手をまこうと、身体を傾け急旋回するが、『そっちは駄目です』とアイオスの言葉も空しく、ジェリー達は待ち構えていた帝国兵達に囲まれてしまった。


「お前達は完全に包囲されている。大人しくその娘をこちらに引き渡せ」


 帝国兵は銃口をジェリーに向け、まるで機械音声のような話し方でそう言った。


 しかし、ジェリーはメリダを自分の後ろに隠し、帝国兵達を睨み付ける。


「止めておけ。命を粗末にするな」


「お生憎様、女の子と引き換えに得られる命をなんざこっちから願い下げだわ」


 後ろのメリダに当てないよう細心の注意を払いつつ帝国兵は持っている小銃を構え直す。双方に緊張が走り、一触即発の雰囲気が漂う。その時だった――


「もう止めて。この人に銃を向けないで」


 メリダはジェリーの後ろから出てくると、そのままジェリーの前に両手を広げて立った。


「ちょっ、メリダちゃん! 何してるの! 危ないから下がってなさい!」


 叱るように言うジェリーだったが、メリダは顔だけ振り向くと「ありがとう」と一言言い、再び帝国兵の方に顔を向ける。そして、広げた両手を下げたメリダは帝国兵のもとへと歩き出した。


 ジェリーは「メリダちゃん!」と叫ぶが、それでもメリダは歩みを止めず、ついに帝国兵の目の前にたどり着いた。


「貴方達の言う通りにするわ。だからあの人には手を出さないで」


「……拘束しろ」


 一人の帝国兵が部下に命令する。一人の部下が言われた通り目の前に歩いてきたメリダを拘束した。


銃口を向けられている為、下手に動けないジェリーはそれをただ黙って見ている事しかできない状況に歯噛みする。


ターゲットであるメリダの確保を確認した帝国兵は再びジェリーの方を見ると、冷たい声で「殺せ」と部下に命令を下した。


 その言葉にジェリーとメリダが反応する。メリダは両脇を帝国兵に抱えられながらも、身を捩りながら「ふざけないで!」と大声で叫んだ。


「約束が違いじゃない! その人には手を出さないで!」


 必死で叫ぶメリダであったが、その場にいた帝国兵は誰一人として耳を貸さず、銃を持った者はジェリーに狙いを定める。


「止めてぇー!」


 メリダは悲痛な叫び声を上げるが、その直後「パパパパ」という大きな銃声によってメリダの悲鳴はかき消された。


 歯を食いしばりながら目を閉じて顔を背けるメリダ。その後数秒間鳴り響いた銃声が止む。しかし――


「なっ!」


 そこで驚きの声を上げたのは発砲した帝国兵であった。メリダは何やら様子がおかしい事に気が付き、恐る恐る目を開けてみた。するとそこにはメリダの予想とは別の光景が広がっていた。


 あれだけ銃で撃たれていたはずのジェリーが無傷で立っている。放たれた銃弾はジェリーに当たる事無く、周りの防風林として植えられている針葉樹の幹に着弾していた。だが、そんな事よりも奇妙な事が起きている。それは、ジェリーを覆うように水の膜が張られていたのであった。


 そんな光景に、メリダだけでなく隣にいた帝国兵達も唖然としていた。


「もう若くないんだからさ、あんまり無茶するなよ」


 呆然と立ち尽くすメリダと帝国兵の耳に、メリダ達が逃げてきた方向から第三者の声が入ってきた。


「誰かッ!」


 ハッと我に返った帝国兵達はその声が聞こえた方へ銃口を向ける。しかし、その人物は歩みを止めずメリダが視認できる位置までやってきた。


「全く、来るのが遅いわよ。バカ息子」


 ニッと微笑を浮かべ、呆れたように言うジェリー。それに対し、


「ちょっと道が混んでてね」


 と冗談を交え姿を現したのは――


「サヴェロ!」


 メリダは涙を浮かべながらその名を叫んだ。

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