2-17
「どこ見てんだ……勝負はまだ着いてねえぞ」
レックは声のする方――埃の舞い上がる壁際に視線を向ける。そこには、鋭い眼光で睨みつけるサヴェロの姿があった。
「……そのしぶとさだけは褒めてやろう。我が渾身の一撃を耐えるとはな」
「それが俺の取り柄なんでな」
サヴェロは軽口を叩くも、意識は飛びかけていた。
先程、壁に叩きつけられる直前にアイオスが衝撃波のバリアを張ってくれたおかげで、ダメージを軽減できたが、今のサヴェロは意識を保っているのが精一杯の状態であった。
『マスター大丈夫ですか?』
アイオスはサヴェロにだけ聞こえる様に今のサヴェロの状態を訊く。それに対し、
「大丈夫だアイオス。今俺は絶好調だぜ」
と笑顔で返した。
「もう限界といったところだな。まだやるのか? ここで引けば命は助けてやる」
「今のはアンタにも聞こえるように言ったんだがな、聞こえなかったか? 今の俺は絶好調なんだよ」
サヴェロは左足を一歩前に出し、身体を右に捻って、姿勢を低くしてアイオスを構える。
本人は絶好調と言ってはいるが、もう長くは戦えない。サヴェロは次の一手に全てを賭ける事にした。
「決着が着くまで続けるか。愚かだな……だが、その心意気や良し」
サヴェロの決意に応じる様に、レックも大剣を掲げ、上段の構えを取る。
再び両者の間に沈黙が訪れる。メリダはビアンカに引っ張られ両者から距離を置いたが、どこにいてもサヴェロの無事を祈っている。
船内がシンと静まり返る。聞こえるのは艦橋内の機械の音のみ。その場にいるサヴェロとレック以外の全員が息を呑み、二人の勝負の行く末を見守っていた。
(力を……ありったけのウィスを集中しろ。そう先生に教わったじゃないか)
サヴェロは思い出す。以前、ウィスの使い方を教えてくれた先生の言葉を。
「鎧皮、鬼理、瞬神――これらは少ないウィスを効率的に使い、最大の力を発揮する為に編み出された技術だ。これらを極めれば、例え自分の数倍のウィスを持った者が相手でも勝てる。どれか一つじゃダメだ。三つ全てを極めろ。そうすればお前に敵は無い」
(俺はまだどれも極める事は出来ていないけど、それでも先生に教えてもらったあの日から毎日ずっと鍛錬を積んできた)
サヴェロは右の足の裏にウィスを集中させる。そして、小さな水の珠を創り出した。直径は十センチメートルにも満たないが、これは大量の水をサヴェロのウィスで圧縮し出来たモノであった。
そして、サヴェロは鎧皮で自信をガードする。しかし、これはレックの攻撃を受ける為ではない。
サヴェロは「ふーっ」と大きく息を吐き、覚悟を決めると真っ直ぐな視線でレックを見据えた。
(来るッ)
その覚悟を感じ取ったレックがサヴェロの攻撃に備えた――次の瞬間だった。
「瑠璃穿光」
サヴェロの足の裏にあった小さな水の珠が爆ぜる。圧縮されていた大量の水が弾け、その勢いに乗ったサヴェロは一気に加速し、超高速でレックに直進する。
(速――)
想定していた速度を遥かに上回る突進に、レックは回避も防御も間に合わない。
速度だけならばデールにも匹敵する。しかし、その速度故か、微妙な調整が効かない。
それでも、瑠璃色の閃光と化したサヴェロはただレックに向かって飛んでいき――
「いけえぇー!」
突き出したアイオスの切っ先がレックのウィスを破り、腹部に深々と突き刺さった。
「ガ、ハァ――」
膨大な量のウィスで身体を守っていたレックであったが、サヴェロの集約されたウィスがそれを突破した。
しかし、レックに大ダメージを与えたものの、絶命には至っていない。レックは意識が飛ばないよう歯を食いしばりながら、筋肉を硬直させる。
全力で腹筋を固められサヴェロはアイオスをレックの腹部から引き抜く事が出来ない。更にそれだけには留まらず、レックはサヴェロの足元の金属を操り、サヴェロの足に巻き付けた。
「に、逃がさんぞ、小僧」
身動きを封じられるサヴェロ。
両者は密着しており、レックの振り上げた剣でサヴェロを攻撃する事は出来ない――だが、それは剣身での話。
「終わりだッ!」
レックは大剣の柄頭をサヴェロの頭目掛けて落とす。大剣の重量とレックの腕力ならばサヴェロの頭蓋を砕く事など造作もない。サヴェロは躱す事もアイオスを引き抜いて防御する事も出来ない――そんなサヴェロが取った行動は、
「今だ! アイオス!」
サヴェロの頭に柄頭が落ちる前に、レックの腹部に突き刺さったままのアイオスから衝撃波が放たれた。
身体の中からの強烈な衝撃は、頭のてっぺんからつま先までレックの細胞一つ一つに伝播し突き抜けて行った。
「グァアァッ!」
身体の外からならばその圧倒的なウィスと強靭な肉体でアイオスの放つ衝撃波も余裕で耐えただろう。しかし、防御する事も避ける事も出来ない身体の内部からの攻撃はレックの全身を隅々まで破壊した。
振り下ろされた柄頭はサヴェロの頭の直前で止まる。と同時に、レックの身体の穴という穴から血が噴き出した。
「ガッ……ハァ……」
レックは全身を硬直させたまま、後ろに倒れた。
レックの巨体が床に叩きつけられるとドオォォンという音が艦橋内に響き渡り、その後静寂に包まれた。
レックの部下達は口を開け、信じられないといった様子で大の字に横たわる自分達の上官を凝視する。
対するメリダとビアンカは倒れたレックを見下ろすサヴェロを見て、表情が綻ぶと、
「「やったー!」」
と歓喜の声を上げた。
「サヴェロー!」
メリダは笑顔でサヴェロに駆け寄る。
「お、おう……あっ」
サヴェロは駆け寄ってくるメリダに手を上げて応えようとするが、今の戦闘のダメージで足元がおぼつき、倒れそうになる。
「危ないっ!」
メリダは急いで駆け寄ると倒れそうになったサヴェロを抱きかかえた。
「ははっ、情けねえなこんな姿」
「ううん、そんな事ない。ありがとうサヴェロ」
ボロボロになり戦ってくれたサヴェロを前にメリダは涙を流す。そんな顔を見せたくないメリダはサヴェロの胸に顔を埋めた。
緊張が解け顔が綻ぶサヴェロだったが、何かを感じ取ったのか、再び真剣な表情になる。
「やめとけよ。もう勝負は着いてる」
「え?」
急にそんな事を言いだすサヴェロに、メリダは埋めていた顔を上げる。すると、サヴェロの後ろには、体中から血を流しながら立ち上がるレックの姿があった。
サヴェロはメリダを引き剥がし、自分の後ろに隠れさせると、立ち上がったレックに向き直る。
「俺は別にアンタを殺したい訳じゃない。負けを認めて俺達の船の制御を元に戻してくれればいい。それとも死ぬまで負けを認めないつもりか?」
そう問うサヴェロに対し、レックは息を荒くしサヴェロを――否、サヴェロの後ろにいるメリダを見つめていた。そして、
「いや、私の負けだ。カーボニアの戦士としていつまでも見苦しい姿を晒すわけにはいかない。貴様らの船の制御権を返そう」
レックは自らの敗北を認め、大剣を投げ捨てた。
その事実に項垂れるレックの部下達と対照的にビアンカも駆け寄り三人で抱き合って喜ぶサヴェロ達。
そんな喜ぶメリダをレックはしばらく黙って見つめていたが、
「メリダ様」
と口を開いた。
レックに声を掛けられ、振り向くメリダ。そこには先程の戦闘で鬼の形相を見せていたレックの姿は無く、落ち着いた表情をしていた。
「貴女様の御心はよくわかりました。私はもう何も言いませぬ。貴女様の信じる道を進むとよいでしょう」
その言葉を聴いてメリダは呆気にとられる。先程まで自分を勧誘しようとしていたレックがこうもあっさりと引き下がったからだ。だが、レックの言葉はこれでは終わらなかった。
「ですが、これまで私が発言した事は紛れもない事実です」
続けて発せられたその言葉を聴くと、メリダの表情は途端に強張る。
「私の言葉が信じられないのであればその者に訊くとよいでしょう」
とレックはアイオスに視線を向けて言う。
「その者が所属していた王室護衛隊はカーボニア軍の中でも最高位に位置する部隊。私のような末端の兵士では知りえない情報を知っているハズです」
『……』
レックは暗に言った。アイオスに、包み隠さず真実をメリダに伝えろと。
そして、それだけ言うとレックは踵を返しメリダから離れて行った。
「待って」
立ち去ろうとするレックをメリダが呼び止めると、レックは足を止めた。
「貴方達はこれからどうするつもり?」
「戦に敗れた兵の末路など一つしかないでしょう」
レックは振り返りもせず、そう答えると再び歩き出し、項垂れる部下のもとに行った。
「メリダ様を船外まで御連れしろ。そして、彼らの船のコントロールを戻せ」
レックは部下達にそう命令を下した。部下達は何も言わずレックに言われた通り、サヴェロ、メリダ、ビアンカの三人を甲板まで案内した。
勝負に勝ったとはいえ、まで敵地にいる事に変わりはない。サヴェロはある程度警戒しつつもレックの部下の後を付いて行くが、レックの部下は淡々の命令通りメリダを甲板まで案内し何事も起きなかった。
「あっ、副船長さんまだ待ってくれてるよ」
メリダは甲板から身を乗り出すと、戦艦の隣に待機している副船長の乗る船を見下ろした。
「よかった。待っててくれたんだな。よし、来た時と同じようにロープで降りようか」
「私はこれで降りちゃうけどね」
メリダは足にロータスを装備すると、船体の側面に張り付きそのまま下で待つ小型船の所に降りて行った。
「待ってよメリダ」
ビアンカもロープに掴りスルスルと降りて行く。
さっさと降りて行く二人を見ていたサヴェロだったが、ふと後ろを振り返った。そこにはここまでサヴェロ達を案内したレックの部下が佇んでいる。
彼は何も言わず、ただサヴェロ達――否、メリダを見送っていた。
メリダが船から降りた事を確認すると、無言のまま船内に戻ろうとする。
「なあ、アンタ」
そんな彼をサヴェロは呼び止める。サヴェロは聞きたい事があった。レックでは答えてくれそうにないと思ったから、その部下である彼なら何かを聴けると思った。
サヴェロに呼び止められたレックの部下は脚を止め、サヴェロの方を向く。
「アンタは何でクーデターに参加したんだ? そんなに当時の政権が気にらなかったのか?」
「……地上人のお前に話す事は無い」
彼はそう言って再び歩き始めた。
「そう、それだ。俺が気になってたのは。俺やビアンカを地上人と言って侮蔑する。地上人ってなんだ? それとクーデターが関係あるのか?」
サヴェロは質問を続けるが、レックの部下はそれを無視し船内へと入っていってしまった。
『恐らく、彼らはマスターに喋りませんよ』
今のやり取りを黙って聴いていたアイオスが口を開いた。
『その事は私が話します。私に訊いてください』
「……」
先のやり取りで、過去、アイオスに何かがあった事はわかっている。だからこそ、サヴェロはアイオスにあえて訊かなかった。
『……いえ、今の言い方は卑怯でした。マスターに質問させて、それに答えるというやり方は。船に戻りましたら皆様にお話しします。二千年前に何があったのかを』
「そんな……無理に話さなくてもいいよ」
『これは今後旅を続ける上で知っておかなければならない事です』
覚悟を決めたアイオスの口ぶりにサヴェロは「わかった」と言ってそれ以上何も言わなかった。
サヴェロもロープを伝い、下で待つ小型船に乗り込む。
「おお! 小僧、お前も生きてたか!」
小型船でサヴェロ達の帰りを待っていた副船長は笑顔でサヴェロ達を迎えた。
「今さっき、船からの無線で船のコントロールが戻ったと連絡があった。やってくれたなお前達」
「まあね。でも疲れちまったよ。明日の仕事は休んでいい?」
「バカヤロー。目的地までゆっくりしていろ。お前達は俺らの命の恩人なんだからよ」
副船長は小型船を動かし戦艦から離れた。サヴェロ達は徐々に遠ざかっていく巨大戦艦を眺めながら物思いにふけっていた。
貨物船に到着すると、船長とその他の乗組員達がサヴェロ達を迎え入れる。
「話は着けてきたぜ。これで文句はねえだろ?」
「ふん。もとはと言えばお前達が原因だろ?」
船長は意地悪気にそう言うが、
「だがまあ、命を張って船を守ってくれた事には感謝する。ありがとうよ」
と言ってサヴェロ達に頭を下げた。
他の船員達も笑顔でサヴェロ達に礼を言う。しかし、サヴェロ達の生還があまりにも衝撃的だったのか、船員達は興奮しはしゃぎ始めた。
大声で歌いだす者、服を脱いで踊りだす者、その勢いはどんどんヒートアップするが、
「うるせぇぞ! お前らぁ!」
という船長の一喝で皆黙り、各々の持ち場へと戻っていってしまった。
「全く、気を緩めるとすぐこれだ」
「まあまあ、今ぐらいは大目に見てあげましょう。それよりも、船長、早くこの海域から離れた方がいいですよ」
副船長がそう提案すると、船長も同意する。
「そうだな。船のコントロールが戻ったとはいえ、まだあっちは健在だ。また何かされる前に逃げた方が良いな――」
船長はそう言って、船の舵に向かおうとしたその時だった。
「ドオォォン!」
突然、耳をつんざくような爆音が戦艦の方から聞こえてきた。
「な、何だ⁉ まさか、アイツら砲撃してきやがったのか?」
サヴェロは慌てて甲板に出る。メリダとビアンカもサヴェロの後を追う。そして、甲板に出てサヴェロ達が目にした光景は――
「戦艦が……爆発してる?」
サヴェロの視線の向こう。レック達の乗る巨大な戦艦は大爆発を起こして炎上していた。
サヴェロ達の乗る船からはかなりの距離があるが、それでも耳が痛くなるほどの轟音が届く。巨大な戦艦が大炎上する様にサヴェロ達は呆然としていた。
『どうやら、自ら船を爆破したようです』
言葉を失っていたサヴェロ達にアイオスはそう告げる。
「そんな、どうして……」
そう呟いたところで、メリダはレックの言葉を思い出した。
「戦に敗れた兵の末路など一つしかないでしょう」
レックには無理矢理仲間にされそうになったが、こういった結末になった事にメリダは複雑な気持ちになっていた。
『……皆様。この後、お部屋でお話しておきたい事があります』
アイオスはいつも通り、冷静な口調で三人に話しかける。
「アイオス、それは……」
『話させてください。これは皆さまが知らなければならない事。私が話さなければならない事です』
轟々と燃え盛る戦艦を背にして、三人は覚悟の決まったアイオスの言葉に耳を傾けていた。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
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