2-11
三日目の仕事も特に異常は無く、順調に進んでいった。
料理長はサヴェロの働きを評価して、少し休んでメリダとビアンカと共に船旅を満喫したらどうだと提案するが、
「俺は大丈夫だよ。何かしていた方が落ち着く」
と断り、続けて夕食の準備に取り掛かった。
さすがに、サヴェロ一人に働かせる訳にはいかないと、その日の自分たちの仕事を終わらせたメリダとビアンカも厨房に入り手伝おうとするが、ほとんど料理長とサヴェロの二人で仕事を終わらせてしまう為、やはり二人の出番はなかった。
「「いただきまーす!」」
夕食の時間になり、メリダとビアンカは配膳を終わらせると、勢いよく食べ始める。サヴェロも自分の分を用意し、二人の横で夕食を食べ始めた。
「もっと落ち着いて食えよ。夕食は逃げないぞ」
「だってお腹空いてるんだもん」
サヴェロは半ば呆れながらも、夕食を食べ進める。すると、近くで夕食を食べていた船乗り達の会話が耳に入ってきた。
「例の海域に入ったが、特に異常は無いな」
「ああ、やっぱりただの噂か。夜間だったって話だし、暗礁にでもぶつかったんだろ」
今朝聴いた幽霊船の話をまた耳にしたサヴェロは(そういえばそんな話もあったな)と、一日の忙しさでその事をすっかり忘れていた。
「だが、夜間の事故は俺達も気を付けなきゃならねえ」
「任せろ。幽霊船が出たら俺が真っ先に知らせてやるからよ」
船乗り達は冗談を交えながら談笑する。それを聴いていたサヴェロも心配する必要はないなと、幽霊船の事は忘れ食事を続けた。
「美味しかったーごちそうさまでした」
サヴェロはまだ食べ始めたばかりだったが、メリダは既に夕食を平らげてしまった。そして、空になった食器を戻す為にトレイを持って席を立った……その時だった。
ドォオン! という衝撃で船が大きく揺れた。
「うわぁ!」
立ち上がったメリダはその衝撃で盛大に転倒して食器をぶちまける。しかし、その衝撃はメリダだけでなく、食事をしていたサヴェロやビアンカ、その他の船員達にも被害を及ぼした。
テーブルの上の夕食は床に散乱し、船乗り達はテーブルにしがみついて船の揺れを耐える。
「うわぁ! なに? なに?」
「大丈夫かメリダ!」
ビアンカは倒れないようにテーブルにしがみつき、サヴェロはひっくり返っているメリダにバランスを保ちながら駆け寄る。
「痛ったー、何なの? 何が起こったの?」
「大丈夫か? すげえ衝撃だったな。何かにぶつかったか?」
サヴェロは倒れているメリダを起こす。特に怪我は無いようで、メリダはスッと立ち上がった。サヴェロ達は何があったのかと、混乱していたが、その場にいた船員達は素早く己の持ち場へ戻り、現状の確認を行った。
サヴェロ達も何が起こったのか確認する為に、食堂を出る。すると、数人の船乗り達が一か所に集まり海の方を見ていた。何かあるのかと、サヴェロ達も船乗り達の所に行く。
「ねえ、どうかしたの?」
「……」
サヴェロが話しかけても船乗り達はある一点を見つめ微動だにしない。サヴェロは何を見ているのだろうと、船乗り達が視線を送る先に眼を向けた。そこには……
「な、何だあれ……」
驚愕するサヴェロの見たモノは、一隻の巨大な船であった。サヴェロ達の乗る貨物船の数倍の大きさを誇り、いくつもの砲台を兼ね備えている『軍艦』。戦闘になれば、間違いなくサヴェロ達の乗る貨物船は海の藻屑になるだろう。
「う、噂は本当だったのか」
「おいおい、冗談じゃねえぞ……あんなのに襲われたらタダじゃ済まねぇ」
「っていうか、ウチの船止まってねえか? 船長は何やってんだ。逃げねえとヤベぇぞ」
巨大な戦艦を前に、ベテランの船乗り達もパニックを起こしている。そして、彼らの言う通り、サヴェロ達の乗っている船は何故か停止している。
「うわっ! 何あのでっかい船……って、ちょ、サヴェロ! どこ行くの?」
サヴェロの後を付いてきて、目の前の戦艦に驚くメリダとビアンカを置いて、サヴェロは今の状況を把握する為、この船の責任者である船長に話を訊きに艦橋へと向かった。
バァンと勢いよく艦橋の扉を開け、中に入るサヴェロ。
「船長! あの船は一体……」
サヴェロは艦橋にいた船長に話しかけると、船長は険しい表情で振り向いた。
「来たか……とりあえずこれを聴け」
船長はサヴェロの質問をスルーすると、持っていた無線機をサヴェロに手渡した。突然、無線機を手渡され困惑するサヴェロだったが、言われた通り無線機に耳を近づける。すると、
『ザ、ザザ……貴船に乗船……されている……メリダ=アルトラクス=カーボニア……王女殿下……をこちらに……引き渡せ……繰り返す……』
「これは……」
無線機からはメリダの引き渡しを要求する何者かの声がくり返し流れて来ていた。ノイズが混じり聞き取りづらいが、確かにメリダの名を言っている。
「メリダってのはお前んところの嬢ちゃんの事だろ? さっきから嬢ちゃんを引き渡せ引き渡せと繰り返している。しかも、どういう仕掛けかわからねえが、この無線を飛ばしてきている奴はウチの船のエンジンを停止させた。これじゃあ逃げらんねえ」
船長はそう告げ、サヴェロを睨みつける。サヴェロも船長の気持ちは理解できる。突然現れた訳のわからない奴に航行不能にされ、その原因が自分の船に乗っている人物なのだとしたら、その原因を取り除きたいに決まっている。
「……」
「どうしたの? 何があったの?」
サヴェロが何も言えずに突っ立っていると、後からメリダとビアンカが艦橋に入ってきた。船長とサヴェロの間に、ただならぬ緊張感が漂っているが、メリダは気にせず(気付かず)二人の顔を交互に見る。と、そこで無線からくり返し謎の声が流れている事に気が付いたメリダはそれに耳を傾ける。
はっきりと自分の名を呼ばれ、メリダは「え? 何これ」と困惑した。
「その通りだ嬢ちゃん。目の前にいる巨大な戦艦は嬢ちゃんの身柄を要求している。このままだと俺達は身動きがとれねえ。悪いがそいつの言う通りにしてもらえねえか」
「なっ、ちょっと待てよ! そんな簡単にメリダを訳わかんねえ奴らに引き渡せるかよ!」
「じゃあどうする? このまま一生ここで暮らすか?」
「……」
船長の言葉に、サヴェロは何も言い返せなかった。相手はメリダの身柄を要求している以上、メリダがこちらの船にいる限りは攻撃してくる事はないだろう。しかし、船長の言う通り、ずっとこのままでいる訳にもいかない。
少しの間、サヴェロは俯いて思案する。そして、何か思いついたのか、顔を上げ、船長を見ると、
「わかった。俺があの戦艦に乗り込んで話を付けてくる」
と言い放った。
その答えに、その場にいた全員が驚く。
「ちょ、何言ってんのサヴェロ」
「そうだよ。一人でなんて危ないよ」
サヴェロを心配してか、メリダとビアンカの二人はその答えに反対するが、船長は、
「……お前に任せて大丈夫なのか」
と、別の心配をしていた。
「しょうがねえだろ。このままじゃ埒が明かない。だったら俺が何とかする。誰か文句ある奴はいるか?」
サヴェロは周りにそう問いかけるが、その問いに誰も答えずシンと静まり返る――と思った矢先。
「ある! 私も付いて行く!」
とメリダが手を上げてサヴェロの提案を拒否した。
「はぁ⁉ 何言ってんだ! メリダはダメだろ!」
「何で? 私が名指しされてるんだから私が行くのは当然じゃない?」
自信満々にそう言い張るメリダに、サヴェロは苦々しい表情を浮かべる。そして、
「じゃあ僕も行く!」
と、ビアンカまで名乗り出た。
「なっ、お前らわかってんのか? 正体不明の奴らの懐に飛び込むんだぞ? 危険だ」
「だったら、尚更サヴェロ一人で行かせられる訳ないじゃん」
「そうそう」
サヴェロは二人に思いとどまるよう説得を試みるが、ノータイムで却下される。
「サヴェロ言ってくれたよね? 僕達は仲間なんだから頼れって。だから、その言葉そっくりそのまま返すよ」
「ッ~~……」
サヴェロはまだ何かを言おうと口を開くが、二人の真っ直ぐな視線に何も言う事ができなかった。
「……わかったよ。これからあの戦艦に乗り込むから、二人とも手伝ってくれ」
「「もっちろん!」」
メリダとビアンカはサヴェロの言葉に笑顔で元気良く応える。
「お前ら本当に行くつもりなんだな」
三人のやり取りを黙って横で見ていた船長が口を開いた。
「行くんだなって、アンタは行ってくれみたいな雰囲気出してたじゃん。まあ、そういう事だから、俺達の事をあの戦艦まで連れてってくれよ」
最初はやや呆れたように話をしていたサヴェロだが、覚悟が決まったのか、笑顔を見せて自分達を戦艦まで運ぶよう頼む。すると、
「俺が連れて行こう」
といつの間にか艦橋の入口に立っていた副船長が名乗りを上げた。
「話は聞かせてもらった。船に積載されている小型ボートで俺が連れて行ってやる。こんな危険な事、他の船員には任せらんねえし、船長はこの船を離れる訳にはいかねえ。だったら俺が行くしかねえ。いいですよね? 船長」
「悪ぃ、頼む」
船長が許可を出すと、副船長はニカッと笑った。
「いいの? かなり危険だよ? 何が起こるかわかんねえし」
「何が起こるかわかんねえのはここに残っても同じ事だ。それに、お前達の仲間を思う気持ちに俺は心を打たれた。微力ながら協力させてくれ」
「ありがとう」
「さあ、行くんだろ? 俺はボートの準備をするから、お前達も準備しろ」
「わかった……っと、その前に、船長、この無線って向こうにも聞こえるの?」
サヴェロは戦艦からの要求がくり返し流れてくる無線機を指差し、そう問う。
「あ? ああ、聞こえるはずだ」
船長の答えを聴いたサヴェロは「よし」と言うと、無線機を手に取り、
「おいっ! 聞こえてっか⁉ 今からメリダを連れてそっちに行ってやる! 待ってろ!」
と、啖呵を切った。
その行動に一同驚き、皆目を丸くするが、サヴェロは、
「さあ、行くぞ」
と不敵な笑みを浮かべていた。
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