2-8.5
「クッソ、まだ痛ぇ」
サヴェロ達が出港してから一晩経ったリーピンの港町。その港町の裏路地をビアンカに殴られたチンピラ二人がぶらついていた。ビアンカに殴られた所は腫れあがり、チンピラ達は不機嫌そうにぼやいていた。
「あの白髪のガキ、見た目に騙されたぜ」
「良い服着てたから、世間知らずの金持ちかと思ったのによ」
ブツブツと愚痴をこぼしながら裏路地を練り歩く二人。すると、その二人に、
「もし、そこの二人」
と声を掛ける女性が。
声を掛けられた二人が振り返ると、そこには水色の髪を肩口で切りそろえた一人の女性が立っていた。凛として整った顔立ち、美しいプロポーションの女性に、チンピラ二人の表情が緩む。
「貴方達、先程白髪のガキがどうと言っていましたね?」
「ん? ああ、言ったが。それがどうした?」
「失礼、私人を探していまして。もしかして、先程言っていた人物とはこの方ではありませんか?」
水色の髪の女性――インペリアルフォースの一人であるフェルトはポケットから一枚の写真を取り出す。その写真にはビアンカの姿が映っていた。
「おっ? ああ、こいつだよ」
「本当ですか? ご存知であれば、この方の行方を教えていただきたい」
フェルトがそう言うと、チンピラ達は互いに顔を見合せニヤつく。そして、一人がフェルトに近付いた。
「あー知ってるぜ。教えてやらないこともねえけどよぉ」
近付いてきたチンピラはそう言うと右手を伸ばして、フェルトの胸を鷲掴みにした。
「この後俺らと遊んでくれたらな」
フェルトの胸を掴みながら下品な笑みを浮かべるチンピラ。一方のフェルトは表情を変えず、掴まれている自分の胸に視線を落とし、再度チンピラに視線を向ける。そして、
「私に触れるな」
フェルトがそう言った瞬間、パァンという何かが弾けたような音が裏路地に響き渡ると、フェルトの胸を掴んでいたチンピラはその場に崩れ落ちた。デジャヴのような光景に後ろで見ていたもう一人が倒れた仲間に駆け寄る。
「うっ」
倒れた仲間の顔を覗き込んだもう片方のチンピラは絶句する。なぜなら、倒れたチンピラの顔は鈍器で思い切り殴られたように陥没していたからだ。
「テメェ! コイツに何しやがった!」
仲間をやられ激昂したもう一人のチンピラは拳を振り上げるとフェルトの顔めがけて殴りかかる。しかし、フェルトはその拳を余裕で掴むと同時に有無をいわさず握り潰した。
「あっ、がぁっああぁ!」
バキバキと骨が折れる音とチンピラの悲鳴が裏路地に反響する。
「もう一度訊く。この方がどこに行かれたか知っているか? 知っているなら包み隠さず答えろ」
フェルトは無表情のまま機械的に問う。一方のチンピラは拳を握り潰される痛みに堪えられず、膝をついた。
「わかった! お、教えるから……た、確か密航するって言っていた! それぐらいしかわからねえ! 本当だ!」
「……他に何か知っている事はないか? 何でもいい」
「ほ、他に? あ、ああそう言えば、若い男女も一緒にいた。仲間かどうかは知らねえけど、それは確かだ! た、頼む! これくらいしか知らねえよ! 離してくれ!」
フェルトは泣き喚くチンピラの拳をパッと放す。
あまりの激痛に踞り動けないチンピラ。その手はめちゃくちゃに折れ曲がり、指があらぬ方向を向いていた。
「情報の提供感謝します。もう行っていいですよ」
フェルトは表情をそのままに、踞るチンピラを見下ろしながら言う。
「ひ、ひぃぃ!」
チンピラは悲鳴を上げると、顔面を潰され倒れて痙攣している仲間を見捨てて一目散に逃げて行った。
情報を得たフェルトも倒れているチンピラを無視し、その場を離れようとする。すると、
「ひひ、そこのご婦人。その白髪の少年を捜されているようで」
後ろから声をかけられた。フェルトはその声の方に振り向くと、そこには怪しげなスキンヘッドの男が立っていた。
「私、その少年の行方を知っていますよ」
スキンヘッドの男はいやらしい笑みを浮かべそう話す。そして、その様子をフェルトは黙って見ていた。いつもなら、こんな怪しい男は無視をして立ち去るところだが、この男はビアンカの事を少年と言った。
ビアンカの事を知らない者は初見で男だと見抜けない。つまり、何かを知っているという事。本当に情報を持っていると確信したフェルトは口を開いた。
「そのようですね。では、教えていただいても?」
「ええ、ええ、良いですとも……ですが、私、こう見えて情報屋をやっておりまして、情報を売って生計を立てております。そこでなんですが……」
男は皆まで言わず、ニヤニヤと気色悪く微笑む。フェルトは男の言いたい事を察すると、懐から数枚の紙幣を取り出し、男に渡した。
「これで足りますか?」
「ええ、ありがとうございます」
男は貰った現金を懐にしまい込む。そして、ニヤけた表情のまま話し始めた。
「そちらの御仁はミルーアに向かう為、貨物船に乗りここを出て行きましたよ」
「ミルーアに? 貨物船という事は正規のルートではないですね」
「はい。所謂密航ですな。貨物船の名前はオーシャンリーピン号。昨日の夜に出航していきました」
男は昨日密航の手助けをし、報酬をもらったサヴェロ達の情報をベラベラと喋ってしまう。
男に義理などというモノは無い。金さえ手に入れば、昨日逃がした者が捕まろうが知った事ではなかった。
「そういえば、そこで失神している者の仲間が、他に仲間らしき人物がいたと言っていましたが、何かご存じですか?」
フェルトは地面に突っ伏し、痙攣しているチンピラを指差し問うた。
「はい。確かにその御仁の他に若い男女がいました。男の方は青白い剣を持っていましたね」
「青白い剣……」
青白い剣というワードを聴いた途端、フェルトの眼が鋭くなる。今現在リモローク軍が追跡している「青白い剣を所持した若い男女」と特徴が一致している。
何故軍が追跡しているターゲットとビアンカが一緒にいるのか、フェルトは疑問に思うが、とにかくビアンカの行先と留まっているであろう場所は特定できた。
十分な情報を得て、普通ならこのままビアンカの捜索に向かうところだ――しかし、彼女は普通ではなかった。
「有益な情報誠に感謝します……しかし、貴方、ずいぶんとお詳しいですね。まるで当事者の様だ……密航の手引きをしたのは貴方か」
男にそう問い質すフェルトの視線は鋭く、その眼には感情が無かった。
長年スラム街で生きてきた男もその異常な雰囲気を察知し、取り繕おうとする。
「いやいや、私は情報を売っただけで違法な事はしていません。これも私の生活の為なんですよぉ」
額に冷汗をかきながらもヘラヘラとした表情は崩さない男。だが、男は勘違いをしていた。
フェルトはビアンカの密航を手引きした事に怒りを覚えた……のではなく、密航させたのにも拘わらず、ビアンカの情報を売った事――つまりビアンカを裏切る行為をした事に激怒していた。
「商人が物を売って生活するように、貴方は情報を売って生活をしている。確かにそれ自体は悪い事ではありません」
「でしょう? そう怖い顔をしないでください。私は善良な一市民……」
男が話を終える前にフェルトは「だが」と割って入ってくる。そして、
「ビアンカ様を裏切る行為は何人たりとも許されるものではない」
男はフェルトの怒りの焦点がわからず困惑の表情を浮かべるが、次の瞬間、
「お前は万死に値する」
低く冷たいフェルトの声を聴いた男は、自身の命の危険を感じ取り踵を返して走り出す。
走馬灯が巡る様に、死を感じ取った男の脳は思考が高速で回転する。
(失敗した! 関わるべきではなかった! 目先の金に釣られて関わってはいけなかった!)
必死に逃げる男だが、フェルトは追おうとしない。その場で、左足を半歩前に出し、拳を構えた。左拳は顎から約二十センチメートルの位置。右拳は顎の横に置く。
もうすでに十数メートル先に行ってしまった男を悠長に見据えていたフェルトは構えた右拳を全力で突き出した。その瞬間――
「ヒッ!」
「ドンッ!」という爆音が裏路地を突き抜け、衝撃波が辺りの建物を激しく揺さぶった。
その爆音に男の断末魔はかき消され、その衝撃波は男の膝から上を消し飛ばしてしまった。
突き出した拳を戻すと、フェルトは「はぁ~」と大きく溜め息を吐く。
「またやってしまった。ビアンカ様の事になると自制が効かなくなる」
頭を抱え自己嫌悪に陥るフェルト。彼女は普段、誰にでも敬語で話し、誰に対しても謙虚に接するが、ビアンカの事となると我を忘れてしまう節がある。
「フェルト様! どうされました⁉」
先程の爆音を聴いて、近くでビアンカの情報収集にあたっていたフェルトの部下が駆け付けた。
駆け付けた部下はチラリとフェルトの横でノびているチンピラに目をやると、
(ああ、またビアンカ様の事か……)
と、何があったか大方察した。
「ああ、何でもありません。それより、ビアンカ様に関する有力な情報を得ました。ビアンカ様は貨物船に乗って既にこの国を出たようです。行先はミルーア。乗っていった船もわかっています。」
「その事ですが、我々もいくつか情報を得ました。昨日、ビアンカ様と思しき人物が若い男女と歩いていたとの目撃情報と、昨晩に急いで積荷を積んでいる怪しい船があったとの報告がありました」
部下の報告は、情報屋の男から聴いたモノと一致していた。確信を得たフェルトは部下に命令を下す。
「今すぐ貨物船を追う準備をしてください。ターゲットの船はオーシャンリーピン号。準備が出来次第我々はその船を追います」
部下の兵士は敬礼をしながら「了解しました」と返事をするとすぐさま準備に取り掛かった。
ビアンカと若い男女二人がどういう経緯で一緒に行動しているのか、フェルトにはわからない。だが、どんな理由があれ、万が一ビアンカに危害が及ぶ可能性があるならば……
「場合によっては生かしてはおけない」
フェルトは鋭い視線でボソリと呟いた。
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