2-8
「おい嬢ちゃ……じゃなかった、おいボウズ。お前にはこれから船倉内の整理を手伝ってもらうが、重いから運べませんなんて言い訳は聞けねぇぞ」
船倉の前に着いた船員は後ろから付いてきたビアンカにそう告げる。船員はここに来る途中でビアンカが男だと知り、最初は困惑したが、これから下っ端船員として働くビアンカに厳しく当たる。
「当然、仕事が進まなかったらメシは抜きだ。わかったか?」
「大丈夫大丈夫。僕、こう見えて力持ちだから」
ニコニコと余裕の表情を見せるビアンカ。そんなビアンカをしり目に、船員は船倉内へと入っていく。中には山と積まれた木の箱が密集していた。
「とりあえず、今日はここの全部木箱を移動させる。これらは輸送品だからな、雑に扱うなよ」
「はーい。わかりました」
ビアンカは笑顔で挨拶をすると、動きやすくする為に着ていたひらひらの服を脱ぎ始める。ビアンカの身体は年相応の男子といった感じで、華奢ではないが、船乗りたちと比べるとやはり細い。
こんな細腕で大丈夫か? と心配になる船員だったが、
「よーし。がんばるぞ」
と言って軽々と木箱を持ち上げるビアンカを見て目を丸くした。
「ねぇこれどこに持っていけばいいの?」
「え? あ、ああ、あの奥の壁際まで持っていって積んでくれ」
「りょうかーい……っておっとっと」
船内は波で揺れる為、ビアンカは上手くバランスを取って移動する。しかし、そこに不安定さは無く、余裕を持って木箱を移動させた。
ビアンカは休む事なく作業を続ける。中身の入った重いはずの木箱をひょいひょいと持って行ってしまうが、数個運んだところで手を止めて唸りだした。
「うーん。一つ一つ移動させてたら時間かかっちゃうな。よーしそれなら――」
そう言うと、ビアンカは木箱を三つ重ねて持ち上げた。これには船員も「なっ!」と口を開けて絶句する。船員達ですら二個重ねて持ち上げる事は出来ない木箱を、ビアンカは三個重ねて余裕で持ち上げる。
「ふんふふーん」
さらに鼻歌も交えて、次々と木箱を運んでいく。そして――
「よいしょっと。ふう、これで終わり」
船員達でも丸一日はかかる作業を、ビアンカは二時間程で終わらせてしまった。
「ねぇお兄さん。次は何をしたらいい?」
「あ? そ、そうだな……とりあえず休憩していていいぞ」
まさか半日もかからず仕事を片付けるとは思ってもみなかった船員は呆気にとられていた。
「ただ休憩してるのもつまらないなぁ……そうだ、船の中を見学させてもらおう」
呆然とする船員を気にもかけず、ビアンカはウキウキで船倉から出て行った。
「掃除って言ってもなぁ、素人に任せられる事なんてたかが知れてるんだよなぁ」
メリダを連れて歩く船員は一人ぼやいていた。
「じゃあ何もしなくてイイ?」
「そういうわけにはいかねえ。タダ飯食えると思うなよ嬢ちゃん」
そう言って船員がメリダを連れてきた場所は船の甲板だった。甲板に出たメリダはそこから見える海の景色に「おおぉ~」と声を出し、感動する。
「ホラ、これ使え」
船員は海に見とれているメリダにデッキブラシを渡す。
「とりあえずお前は甲板の掃除だ」
「え? この広い甲板一人で掃除するの?」
「そうだ。綺麗にするまでメシは無しだ」
そう言われ、メリダは露骨に嫌な顔をする。
「お前に任せられる事なんてこれくらいしかねえんだ。文句言わずにやれ」
「文句なんて言ってないじゃん」
メリダはブツブツと言いながらデッキブラシを持って甲板に降りる。
「はぁ~メンドくさ。こんなの一人で終わる訳無いじゃん」
メリダは文句を垂れながらもデッキブラシで甲板をゴシゴシと擦っていく。そして、掃除を始めてわずか五分。
「……飽きた」
メリダは驚く程の忍耐力の無さを発揮すると、頭の上に浮かせてあった虚玉に手を突っ込み、何かを探している。
「おっ、あったあった」
そう言って、メリダは虚玉からロータスを取り出し装着すると、
「イーヤッホー!」
広い甲板を滑りながら掃除し始めた。
メリダはデッキブラシを両手に持ち、ロータスを走らせて、まるでスケートリンクの上を滑る様に甲板の上を動き回る。ただ動き回っているのではなく、一応は甲板を掃除しているが、端から観れば踊っているようにしか見えない。
これだけ派手に動き回ると、船員達も「なんだなんだ」と集まってくる。そして、それはさながら踊りを観に来る観客であった。
「イイゾ!」
「踊れ踊れ!」
メリダはそんな歓声に、持っていたデッキブラシを振って応える。
すると、観客(船員)達のボルテージは上がり、歓声は更に大きくなる。メリダを中心に盛り上がる船上は最早メリダの一人舞台となっていた。
が、船員達が熱狂するのも束の間、
「うるせぇぞ! お前ら!」
そこへ、船長の怒声が響き渡る。
「サボってねぇで仕事しろ!」
船長の喝を聴いた船員達は蜘蛛の子を散らすように己の持ち場へと戻っていった。
「あらら、いなくなっちゃった。まあいっか」
メリダは人気がなくってしまった甲板を見渡し、その後特に気にする事なく掃除の続きをするのであった。
「何だか外が騒がしいな。アイツらちゃんと仕事してんのか?」
調理室の一角。サヴェロは芋の皮を剝きながら不安そうに呟いた。サヴェロは船員達の食事を作る調理室に連れて来られると、大量の芋とナイフを渡され、
「これ全部皮を剥いとけ」
と、調理場を取り仕切る年配のコックに命じられた。
それからサヴェロは命じられた通り大量の芋を手際よく剥いていく。
サヴェロはバイトをしていた居酒屋でキッチンを担当する事もあり、家でも料理はほとんどサヴェロが作っていた為、料理は得意だった。山の様にあった皮付きの芋も短時間で剥き終え、ザルに移して料理長の所へと持っていく。
「おっちゃん終わったぞ」
「あ? 随分早ぇじゃねえか。ちゃんと剥けてるのか?」
料理長はサヴェロが持ってきた芋を確認する。
「んん、ちゃんとできてるな」
「このくらいは朝飯前だよ。それより、おっちゃんはシチューを作ってんだろ? そっちの人参も切っておくぞ」
そう言ってサヴェロは山積みになっていた人参を取り、食べやすい大きさにカットしていく。その手際の良さに、料理長も「ほぉ~」と感嘆の声を出す。
「お前、結構慣れてるな。料理得意なのか?」
「まあね」
「はは、こりゃいいな。どうだ? ボウズ。このままウチで料理人やらねえか? ここは俺一人でやりくりしてて人手が欲しかったところなんだ」
「勘弁してくれ。俺は旅してんだから。手伝えてもミルーアまでだよ」
「そうか、そりゃ残念だ」
雑談を交えながらも、二人は着々と料理を作っていく。そして、正午になると船員達が食堂へと集まってきた。もちろん、その中にはメリダとビアンカの姿があった。
船員達はトレイを持ち、順番に昼食であるパンとシチューをもらっていく。
配膳はサヴェロが担当し、船員達に料理をよそう。そして、
「私にもくーださい!」
メリダとビアンカはニコニコと笑顔でトレイをサヴェロに突き出す。
「お前ら、ちゃんと仕事してたんだろうな?」
「あっ、私達がサボってたと思ってるでしょ? ねぇ、私達ちゃんと働いてたよね?」
サヴェロに疑いの目を向けられたメリダはテーブルについていた船員達にそう訊くと、
「おう、その嬢ちゃんとボウズはちゃんと仕事してたぞ」
と答えてくれた。
「ほら、だからはやくちょうだい」
船員達がそう言うならそうなんだろうと、メリダ達のめちゃくちゃな仕事ぶりを知らないサヴェロはメリダとビアンカにシチューをよそっていく。全員に配り終わり、サヴェロも自分の分を用意して、先に食べ始めている二人のもとへと向かった。
「それで、二人とも大丈夫か?」
サヴェロはメリダの横に座り、二人に話しかける。
「うん。平気だよ。意外と楽しいし」
「僕も大丈夫。それに普段見られないような船の中を見られて楽しいよ」
「そうか、それならいいんだけど」
本当に大丈夫そうな二人を見て、杞憂であったかと胸をなでおろすサヴェロ。
三人は雑談をしながら昼食をとった後、午後の作業に戻っていく。といっても、ビアンカの仕事は終わってしまいやることがない。メリダも、甲板の掃除があっという間に終わり暇を持て余していた。なので――
「ねぇサヴェロ、これどうやって剥くの?」
「うわっ、皮厚く剥きすぎて中身がほとんどないや」
メリダとビアンカもサヴェロと一緒に調理場の手伝いをする事になった。
しかし、今朝二人が言っていた通り、全く料理が出来ない為、完全に足手まといであった。
「はぁ……二人とも、皮剥きはもういいから洗い物やっといてくれる?」
サヴェロにそう指示された二人は元気よく「はーい」と返事をすると、流し台に移動していった。
「ははは、元気のいい子達じゃねえか。お前さん達は楽しそうで羨ましいぜ」
「元気すぎて困ってるんだけどな」
笑う料理長にサヴェロはげんなりしながら答える。
結局、夕食の準備も料理長とサヴェロの二人で作り、メリダとビアンカはほとんど見学しているだけだった。
料理では役に立たなかった二人だが、夕食時の配膳は積極的に行いサヴェロの負担は軽減された。船員達もサヴェロに配膳されるよりは見た目のかわいらしい二人に夕食をよそってもらう方が嬉しそうであった。
夕食も食べ終わり、その後の食器の洗浄、後片付けを三人でやり、一日目は終了となった。
「あー疲れた。一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったな」
「うん。思ったより楽しかった」
「僕も初めて働いてみたけど、いいものだね。ごはんが美味しい」
労働の経験が無いお姫様と皇子様は疲れきったサヴェロの横で盛り上がる。
(そんな事言っていられるのも今の内だよ)
そんな二人を尻目に就寝の準備をするサヴェロ。
「ほら、明日も早いんだから、もう寝るぞ」
サヴェロに促され、二人も寝具を用意する。三人は川の字になり、今日一日の疲れからか、すぐに深い眠りへと落ちて行った。
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