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レジェンドオブカーボニア  作者: 天水覚理
第一章
21/48

1-16

 デールはメリダに手の届く距離まで近付くと足を止めた。そして、へたりこむメリダを立たせようと手を伸ばした――その時だった。


「えっ」


 そう声を上げたのはメリダだった。


 メリダのその視線はデールではなく、その後ろに向けられていた。今、デールが通り過ぎて来たその場所を凝視し、驚愕するメリダ。メリダだけではない。デールを除く、その場にいた全員がある一点に釘付けになっていた。


 デールはメリダに伸ばしたその手を止める。それは、メリダが声を上げたからではない。デールも感じ取っていた――背中に突き刺さる様な圧倒的な存在感を。


 デールはメリダに伸ばしていた手を引っ込めると、ゆっくり後ろを振り返った。そして、彼が……その場の全員が見たものは――剣を握り、立ち上がるサヴェロの姿であった。


 だが、様子がおかしい。目の焦点は合っていて意識ははっきりしているようにも見えるが、その顔に表情はなく、別人のようにも思えた。


 その事にいち早く気が付いたのはデールであった。表情の有無や雰囲気などではなく、彼がサヴェロと対峙した時に感じていたサヴェロの身体から放たれるウィスの力強さや質が、今目の前で立ち上がったサヴェロから感じられるモノとは全くの別物になっている事を察知したのだ。


 故に、デールは立ち上がったサヴェロに向けてこう言い放った。


「……お前、何者だ?」


 そう問われたサヴェロはデールの方に向き直り答えを返す。


「これは失礼しました。(わたくし)、元カーボニア王立軍王室護衛隊(ロイヤルガード)副隊長フラン=アイオスと申します」


「この声……アイオス?」


 立ち上がったサヴェロの口から出るその声は、サヴェロの持つ剣から聞こえてくるアイオスのものだった。アイオスの声でしゃべるサヴェロに、メリダは動揺を隠せない。だが、アイオスの声でしゃべるサヴェロはマイペースに続ける。


「今、私の主人(マスター)であるサヴェロ様は戦えない状況にあるので、代わりに私が貴方のお相手をします。そこで早速ですが――」


 と、そこまで話したところで、アイオスは剣をスーッと胸のあたりまで引き上げる。その行動と、アイオスから放たれる異様な殺気を感じ取ったデールはグッと重心を低くした。


「メリダ様から離れてください」


 そう言った次の瞬間、アイオスは掲げた剣を横一線に振り抜いた。


「クッ!」


 アイオスが剣を振り抜くよりも一瞬速く、デールはその場から大きく退く。その直後、へたり込むメリダの頭上を強烈な衝撃波が通り抜けた。


 バァンという轟音と共に、メリダの後ろの壁が真横に抉られる。もし、デールの反応が少しでも遅れていたら、その身体は綺麗に両断されていただろう。攻撃をかわしたデールであったが、アイオスの放った攻撃の速度、威力を見て目を細める。


「メリダ様。ご無事ですか?」


「え? うわっ! いつの間に」


 今目の前で起こった一瞬の攻防に、呆気に取られていたメリダはすぐ隣に移動してきたアイオスに気が付かなかった。否、例え呆気に取られていなくても、アイオスの移動スピードに反応できなかったであろう。


「え、えっと……アイオス? で、いいんだよね?」


「はい。そうです」


 メリダに尋ねられたアイオスは無表情でそう答える。だが、サヴェロの顔でそう答えられてもメリダは困惑するだけであった。


「あっ! じゃあ、サヴェロは⁉ 無事なの?」


「今は意識を失っています。ですが、命に別状はありませんのでご安心ください」


 サヴェロが生きている事を聴いたメリダはホッと胸をなでおろす。そんな安堵していたメリダをアイオスは腕を引っ張り上げ、立たせる。


「失礼メリダ様。そうゆっくりもしていられないので、逃げるご準備を」


 アイオスはそう言いながら、一定の距離を取ってこちらを見ているデールに視線を返す。


 デールは無言のまま、アイオスを睨みつける。先程までの少年とは訳が違う。まるで別人になってしまった相手と対峙するデールは、己の中のウィスを開放した。


 強烈な殺気と共にデールの身体から放たれる濃密度のウィスを、アイオスは眉一つ動かさず凝視する。


「お前がさっきまでのガキじゃない事は今の一撃で良くわかった。だから、今度は本気でいかせてもらう」


 いつでも攻撃に移れるデールに対し、アイオスは剣を構えずこう言い放った。


「申し訳ありませんが、そこを通していただけないでしょうか。私は別に貴方と戦いたい訳ではありません」


「残念だがそれは出来ない。俺の目的はアンタの後ろにいる女を攫ってくる事だからな。そうしようとすれば、アンタは否が応でも俺と戦わなくちゃいけないだろう?」


 アイオスはその言葉を聴くと、ふぅと小さく溜息を吐いた。


「そうですね。それでは私は貴方と戦わざるを得ない」


 そう言って、アイオスは剣を構えた。


 再び、両者が互いに構えて向き合う。先程と違うところを上げるとすれば、両者から放たれる殺気とウィスの圧力が段違いな事だ。ウィスを少しでも使える者ならばわかる。サヴェロにのされたデールの部下達は怪我など関係なく、その圧力で身動きが取れなくなっていた。


 二人の間に静寂が訪れる。睨み合うデールとアイオス。構え合ってからまだ十数秒しか経っていないが、数時間も膠着状態が続いているような錯覚にとらわれる。


 シンとしたその状況を、デールはもう一度打ち破ろうと手にウィスを集中させる。そして、攻撃に移ろうとした――その時だった。


「くっ!」


 突然、デールの首めがけアイオスが切りかかった。ヒュオという風切り音よりも速く放たれたその一振りをデールは身体を捩って躱すと、そのまま倒れこむように転がり、切りかかってきたアイオスから距離を取った。


(この俺が反応できなかっただと……)


 アイオスから目を離さなかったにも拘らず、攻撃を受ける直前までアイオスの接近に気が付かなかったデールはギリッと奥歯を嚙み締めた。


 一方、アイオスは追撃をせずに、持っている剣を二、三回軽く振ってその感触を確かめていた。


「躱されてしまいましたか。久方ぶりの肉体、しかも男性のものという事もあってまだ動きが硬いですね」


 ギュッギュッと手を開いては握ってを繰り返し、身体の感触も確かめたアイオスは首だけを動かし、デールの方を見た。


 視線を向けられたデールはゆっくりと立ち上がると口を開いた。


「俺が反応できない程の攻撃。確かに速かったが、何か違和感を覚えた。まるで瞬間移動してきたかのように一瞬で間合いを詰められた。いや、違うな。動き出しをわからなくしているのか……そう、人の眼を錯覚させる。そんな類の能力(ちから)だな」


「ご名答です。私は波を操れます。それは光の波長も例外ではありません。光の波長を操り、一瞬ですが相手に幻を見せる事で初動を読ませなくする『蜃気楼(ミラージュ)』。しかし、この技を初見で躱し、更に見破られるとは思いませんでした。さすが、マスターを一撃で倒しただけのことはありますね」


 自分の技を看破した相手を無表情で称賛するアイオス。


「それで、貴方はウィスで電気を生み出し、操作する能力ですか。以前に似たような能力を有した者を何人か見た事はありますが、貴方はその中でも群を抜いている。マスターと同じウィスを神経に通して反応速度を高める技を、貴方は電気を使って更に高めているようですね」


「ああ、その通りだ。まさか、その小僧が『瞬神』を使えるとは思っていなかったが、それだけじゃあ俺の『瞬雷』は防げねえ」


 そう言うと、デールは両手を広げた。バチバチと青白い火花が両の掌から放たれる。


「正直、アンタをなめていた。だが、今の一撃で目が覚めたよ。手加減はなしだ」


 その姿を見たアイオスはデールに向き直り剣を構えた。


「私も今のでだいぶ勘を取り戻しました。次は本気でいきます」


 アイオスの周囲が歪みだした。まるで見えないスカートがたなびくように空間が波打っている。これはアイオスが本気で戦うときに使う『天衣無縫(バタフライスカート)』。自身の周囲に衝撃波を展開させる事で相手の攻撃を衝撃波で相殺し、そのまま突撃して攻撃する事も出来る。まさに攻防一体の技であった。


 二人の本気度を察知したデールの部下達は動けない者を担いで、巻き込まれないよう距離を取った。


 いつ何が起きてもおかしくない状況に、皆が身構えていたが、それは突然だった。


 バチィという破裂音と共に、両者の姿が消えた――と思った瞬間、二人が立っていた丁度中間あたりの場所で、デールの右腕とアイオスの剣が交差する。


 デールは左手から強烈な電撃を放ち、アイオスの周りに展開している衝撃波を抑え込むと、右手で手刀を作り、顔面めがけて突き出した。『鎧皮』で硬質化し、電撃を纏わせたその突きの威力は鉄板をも軽く貫く。


 それに対し、アイオスは剣でその突きを逸らしていた。


 単純な速さではデールの方がやや勝っていた。しかし、身体から放たれるウィスの量はアイオスの方が多い。アイオスはそのウィスの量に物を言わせ、『天衣無縫』の威力を上げると抑え込んでいたデールの左手を押し返し、そのまま吹き飛ばした。


「チィッ」


 デールは壁に叩きつけられそうになるが、身体を反転させ壁を足場にすると天井に向かって跳躍する。そして今度は天井、また壁と、デールは部屋全体を足場にして超スピードでアイオスを翻弄する。


 アイオスはデールの動きを無理に眼で追おうとはせずに、自身から発せられる超音波を使い、死角に移動されてもその位置を把握する。それでも、デールの移動速度は常軌を逸しており、その動きを追うだけで精一杯だった。


 全く動かないアイオスを見て、好機と判断したデールはアイオスの死角である側面から襲い掛かる。先程の一合で、アイオスの周囲に展開されている衝撃波の守りの範囲と防御力を把握したデールは右手にありったけの電撃を纏わせ攻撃力を高めて、その胴体めがけて刺突する。これなら衝撃波の守りも貫けると確信していたデールであったが――


「甘いです」


 側面から仕掛けてきたデールの攻撃に反応したアイオスは、これも剣を使って受けきる。しかし、対物兵器すら防ぎきる『天衣無縫』を軽々と突破するその突きの威力に、やや押され気味になってしまうアイオス。


 ここを逃さんと言わんばかりに、デールは連続で鋭い手刀を繰り出す。到底人の眼では追いきれない連撃をアイオスは一つ一つ確実に叩き落していくが、攻撃を受ける度に少しずつ後退し始めていた。そして――


(しまっ……)


 一つの攻撃を受け損ねたアイオスは剣を弾かれ胴体ががら空きになってしまった。デールはその隙を見逃さない。すかさず渾身の一撃を撃ち込んだ。


 『天衣無縫』の出力を上げるにしても間に合わない。デールの突き出した手刀がアイオスの……サヴェロの身体に突き刺さらんとした時だった。


「何ッ!」


 その寸前で、デールの手首に飛んできた水の珠がぶつかり、その軌道をずらした。


(これは、マスターの……)


 サヴェロの『六露宝珠』は半自動である為、サヴェロの意識がなくとも動かす事自体は可能だが、意識が途切れてもなおサヴェロの「守る」という強い意志がアイオスを助けた。


 今度は逆に体制を崩すデール。そこへ、アイオスは『天衣無縫』の出力を上げ、もう一度デールを吹き飛ばし距離を取るが、今度はそれだけに留まらない。


 アイオスは吹き飛ばされたデールが着地をする瞬間を狙い、切っ先から衝撃波を放つ。デールはこの攻撃を避けきれないと判断すると、これに対抗すべく両手を突き出しその掌から電撃を放った。


 放たれた電撃と衝撃波がぶつかり合い、ドォォンという耳をつんざくような轟音と、眩い光が部屋中に溢れる。


「きゃあっ!」


 メリダは耳を塞ぎ、眼を瞑って体を丸め、その衝撃をこらえた。そして、衝撃が収まったところでそっと目を開ける。すると、そこには一定の距離を置いて再び対峙するデールとアイオスの姿があった。


(なんてウィスの量だ。正面からじゃ力負けしちまうし、剣捌きも相当なもんだ。それにまだ小僧の水の珠が残っていたとはな……こんなに攻撃を防がれたのは陛下以来だ)


(速い。手数では圧倒されてしまう。マスターの守りがなければ致命傷を負わされていた。それに……)


 メリダは視線をデールから外さず、自身から発する超音波の反射でメリダの位置と無事を確認する。


(これ以上戦闘の規模が大きくなれば、メリダ様に被害が及ぶ)


 アイオスはある決断をすると、跳び退いてメリダの横に移動した。


「アイオス? どうしたの?」


「これ以上の戦闘は危険と判断しました。その上、このまま続行すればマスターのお身体にも影響が出ます。ですので……」


 アイオスは剣を頭上高く掲げる。それを見てデールは攻撃が来るものと思い、身構えた。だが――


「ここは一時撤退します」


 そう言って、アイオスは剣を床に向けて振り下ろした。剣から発せられていた強力な衝撃波が床を粉々に破壊する。それと同時に部屋中に大量の粉塵が巻き上げられ、一時的に視界が悪くなった。


「チッ、やられた」


 アイオスの意図を察知したデールはすぐにアイオス達がいた場所に駆け寄るが、そこには大きな穴が空いており、二人の姿はなかった。


 デールは穴に降りて二人を追うか逡巡していると、穴から強烈な衝撃波が飛んできた。衝撃波はデールを狙った訳ではなく、デールのすぐ横を通り過ぎると、部屋の天井にぶつかり天井を破壊した。


 当然破壊された天井は崩れ落ち、デール達に降り注ぐ。


「デール様! ここは危険です! 一度退避を!」


 後ろの出口付近にいたデールの部下がそう叫ぶ。天井だけでなく、部屋そのものが崩壊を始め、すでにアイオス達が逃げたであろう穴も塞がれてしまっていた。


 デールは憎々しげに塞がれた穴を睨み付け、「一時撤退だ」と部下達に命令を下した。


 部下達は負傷した者を担ぎ、デールと共に崩壊する部屋から脱出したのであった。


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