1-8.5
――リモローク帝国軍ナウィート基地
「スゥー……フゥー」
ナウィート基地司令室。広く豪奢な部屋の真ん中には接客用のソファーが向かい合って置かれ、その奥には大きな机に肘を置き、ゆったりとした黒革の椅子に腰かけた初老の男性がいた。
ナウィート基地司令官である彼は机上に置かれた電話の前で大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせていた。
彼はこれから本国リモローク帝国へ任務失敗の旨を伝えるところであった。兵士数十人を使いターゲットであった一人の少女を確保できなかったという事実をどう伝えるべきか悩んでいたが、意を決した彼は受話器を取ると電話機にある一つのボタンをプッシュする。すると、リモローク帝国軍本部へ直通で繋がった。
数回のコールの後の事、ガチャリと相手が受話器を取った。
『はい。こちらリモローク帝国軍本部エリスです。どうなされました? 司令官』
電話に出た相手は常時仮面を被り、男であるということ以外素性のわからないエリスであった。その声に司令官は一瞬顔を強張らせたが、すぐに表情を戻すと口を開いた。
「エリス殿か? ……申し訳ない、作戦は失敗した」
電話をかける前、様々な言い訳を考えた司令官だったが、何を言おうと結局失敗は失敗であることに変わりはないと腹を括り、率直に結果を伝えるという選択を取った。
司令官が作戦失敗を伝えると、両者の間に短い沈黙が流れる。しかし、この時間がレック司令官には永遠とも思える程長く感じた。司令官のこめかみから冷汗が流れ頬を伝う。気持ちの悪い圧迫感が腹の底から押し上げてくる感覚を覚えた。
何を言われるのかと身構えていた司令官であったが、
『そうですか』
受話器の向こうから返ってきた言葉は呆気ないものだった。予想していなかった返答に「え、あ……」と困惑する。
『しかし、結果だけではよくわからないので、その過程をお話頂けるとありがたい』
「あ? ああ、まず我々はターゲットの乗っていた落下物を発見したが、ターゲットは乗っておらず、その後ターゲットは首都のバハマに潜伏していることを突き止めた」
ターゲットであるメリダを確保する為の内容を話し出す司令官。それをエリスは相槌を打ちながら聴いていた。
「我々は十数人の兵を使い、ターゲットが潜伏していた民家を包囲した。しかし、ターゲットには協力者がおり、その者達とともに逃走。我々も後を追って、一度ターゲットを確保したのだが……」
『……だが?』
「思わぬ邪魔が入った。ターゲットの協力者にウィスを使うものがいたのだ」
『ほう、ウィスを……ですか』
ウィスという言葉が出た途端、飄々としていたエリスの声色が真剣なものに変わった。
『そのところを詳しくお聞かせ願いたい』
「ああ。兵の話によると、ターゲットを確保したところでウィスを使う協力者が乱入。兵は全員銃を装備していたが、十数秒で兵士十二人がやられた」
『なるほど。ウィスを使うものが相手では仕方がありませんね。相手の強さにもよりますが倒そうと思うなら最低でもその三倍以上の戦力が必要だ』
司令官の報告を聴き、冷静に分析をするエリス。一方の司令官は失敗したにも関わらず、エリスがどうしてここまで冷静でいられるのか、理解し難かった。
『それで、その後ターゲットは?』
「ターゲットは海路からナウィートを出たと推測される。だが、逃げたとされる海域をレーダーで捜索してもそれらしき船を発見するには至っていない」
『でしょうね。ターゲットをレーダーで捜索するのは無理です。向こうには電波の類を自在に操る力があります。そのお陰で、宇宙にいるターゲットを捕捉するのに私も手を焼かされましたから』
「それと、余談だが、協力者にも逃げられた。捕まえれば逃げた先を聞き出せると思うのだが……」
『いえ、その協力者は放っておいていいでしょう。逃げた先は大体予想が付きます。恐らくリーピンへ向かったのでしょう。隣国かつ我々帝国の影響力の及ばない所、我々から逃れるには持って来いの場所です』
「なるほど……しかし、仮にリーピンへ逃げられたら帝国兵を派遣するのは一苦労だ。正当な理由がなければ大量の兵を送り込めない」
『それならば、大量に送り込まなければいい』
エリスのその回答に、司令官は「は?」と疑問の声を上げる。
「それはどういう……」
『少数精鋭でいきましょう。本国からインペリアル・フォースの一人をリーピンへ向かわせます』
「インペリアル・フォース⁉ そんな……彼らを呼び出して良いのか?」
インペリアル・フォース――帝国軍兵士の中にもウィスを使う者は存在する。その中でも強力な力を持った者達をインペリアル・フォースと呼び、その者達の持つ権力も皇帝に次いで強い。
『ええ、陛下から許可は貰っていますので問題はありません。後の事はお任せください。まあ、万が一リーピン以外の国へ逃亡される事も考えられますので、そこは貴方方にお任せします。では失礼しますよ』
エリスは大まかな用件だけを伝えると、一方的に電話を切ってしまった。
最悪自分の首が飛ぶ事まで覚悟していた司令官であったが、思わぬ内容に電話が終わった後も少し呆然としていた。緊張の糸が切れ、大きく息を吐くと椅子にもたれ掛かり、
「……しかし、あのインペリアル・フォースを動かすとは……本当にあの仮面の男は何者なんだ」
と力なく呟いた。
――リモローク帝国軍本部
ナウィート基地司令官との会話を終え、受話器を置いたエリスはふぅと溜息を吐いた。
「まあ、初めから彼らに捕まえられるとは思っていませんでしたし、とりあえず彼女の生存が確認できただけでも良しとしますか」
そう独り言を呟くと、エリスはクククと笑い声を洩らした。
「いやぁ良かった良かった。彼女が生きておいでなら、後はどうとでもなる。確保はゆっくりやればいい……と、いう事です。今の会話を聴いていたなら詳しい説明は要りませんね? デールさん」
エリスはそう言いながら後ろを振り向く。すると、その先には一人の男が立っていた。
長身痩躯で真っ黒いロングコートを着込み、女性の様な長い黒髪に顔の半分が隠れてしまっている。その髪の隙間から覗く眼は淀み、とても健康そうには見えなかった。
「ああ、聴いてたよ。要するに、今からリーピンへ行ってそのターゲットの女を攫ってくればいいんだろ?」
デールと呼ばれた男はつまらなそうに答えた。
「ええ、そうです。ですが、くれぐれもターゲットを傷付けないよう注意してください。それと、ターゲットの協力者であるウィスを使う者には油断しない方がいいかと」
「何?」
エリスの言った油断しない方がいいという言葉が気に障ったのか、デールの目付きが鋭くなり、怒りを顕にする。
「それは俺の力を見くびっているのか?」
「いえいえ、とんでもない。貴方達インペリアル・フォースの力は存じています。しかし、相手方にいるウィスを使う者はまだ本気を出していない」
「本気を出していない……どうしてそう言い切れる?」
「ああ、いや、まあそんな感じがしただけです」
はぐらかすように言うエリスに対し、男は「ふん」と鼻を鳴らすと踵を返して部屋を出ようとする。
「全く得体のしれない男だ。どうして陛下はお前のような奴を傍に置くのか理解できない」
そう言い捨てると、デールは部屋を出て行った。それを見送るエリスは小さく「頼みましたよ」とどこか嘲笑うかのように言った。
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