紅茶はお嬢様のたしなみですわ~!
春摘み特有の青さを感じる爽やかさが鼻孔を抜けていく。余韻に後ろ髪を引かれながら、花音はいきさつを説明した。
「つまりお嬢様は明日から学園内の食堂を利用なさる……と?」
「あくまで生徒会から依頼された噂調査の一環でしてよ」
週明けの月曜日から花音が調査するのは――学食でいつも同じメニューしか頼まない生徒の噂だった。
問題は千人を超える在校生をどうやって調べるか。仮に全校生徒の半数が学食を利用しているなら容疑者は五百人にも上る。
五百人の中に「何を食べても一緒」と、食に関して無頓着な生徒が何人かいてもおかしくはない。
そもそも噂になるようなことだろうか? というのが少女の率直な感想だ。
花音はティーカップをソーサーに静かに置く。執事はショットグラスでテキーラでもあおるように、クイッとカップの中身を飲み干した。
猫に小判。豚に真珠。馬の耳に念仏。鋼慶一郎に春摘みのダージリンである。
余韻を楽しむ間もおかず男は口を開いた。
「英彩学園の学食は昨年に大幅リニューアルをしたとのことです。QRコードやアプリによる注文システム導入に加えて、顧客満足度の観点からメニュー充実のためONKグループが料理の監修もしているとか」
「ONKグループ?」
「美味しい日本の絆を謳う大手外食企業になります」
「そ、それくらい知っていましてよ」
知らなかったけれど鋼相手に負けた気持ちになるのは、お嬢様のプライドが許さない。
「さすがですお嬢様」
「どういった企業か試しに説明してごらんなさい」
鋼はスラスラと時価総額からチェーン店のブランド名を並べた。
牛丼や回転寿司にリーズナブルなイタリアン系ファミリーレストランなどなど、町中でよく見かける店ばかり。それらはいつも、花音にとって車窓の風景だった。
金持家の本家にはお抱えの料理人がいる。フランス大統領の舌を唸らせたという凄腕だ。
たまの外食もミシュランの星付き名店を店ごと貸し切る金持家の人間に、チェーン店は遠い存在だった。
花音にとって、学校帰りに友達とファミレスで山盛りポテトを注文し、ドリンクバーで合成飲料を作る行為はそれ自体、フィクションの領域である。
一緒に行く友達がいないのだから。
悲しみで胸をえぐられる感触に耐えながら、少女は告げる。
「もちろん知っていたけれど改めて確認できましたわ。英彩学園の学食には外食産業のノウハウやメニューが導入されていますのね」
「なぜ涙目なのですかお嬢様」
「お黙りなさい。それでどうなのかしら?」
「お嬢様の仰る通りにございます。英彩学園学食の一番人気は限定50食の日替わりランチ。で・す・が、実は隠れた人気メニューがカレーうどんなのだそうです。所詮は食べ盛りの高校生。カレー味の前では無力なのでしょう」
それならカレーライスでいいじゃない。というのが少女の率直な意見である。
鋼は勝ち誇ったように口元をニヤリとさせた。いったい何と戦っているのだろうかと、花音は時々、執事の事が心配になる。
「訊いてもいないのに勝手にオススメしないでくれませんこと?」
「失礼いたしました」
「というか、どうしてあなたが学食の隠れ人気メニューを知っていまして?」
「私の執事としてのモットーは『こんなこともあろうかと』ですから。事前に情報を集めておきました」
有能さを無駄遣いするところもまた、ダメ執事だ。
肝心なときにしか役に立たない代わりに、平時においてはポンコツでも許される……わけがない。少なくとも執事という職業は。
主人が快適に過ごせるよう日常を作り出すのが鋼慶一郎の職務である。
花音は肩を小さく上下に揺らす。
「あるかもしれないもしもの時だけでなく、普段からもう少しだけしっかりしてほしいものですわね」
「これは手厳しい」
眉一つ動かさず、いたって真面目な声色で執事は返した。




