当家の執事はおハーブがなくともキマっておりましてよ~!
黒森は相変わらず真顔のままだ。表情筋の筋トレをした方が良いと花音は思う。
一日感謝の十万スマイル。それでも足りないかもしれない。
にらみつける花音の圧などどこふく風で委員長は言う。
「やはりやってくれるか。君ならば必ずや噂の根源を見つけてくれると信じているよ」
受けた途端にいきなり信頼度マックスである。出来の悪い乙女ゲームでも選択肢一つでカンストするまい。と、少女は面食らった。
黒森は執務机の引き出しから、片手に載る黒い小箱を取り出した。
革靴の音を立てて、花音の元へとやってくる。
ベルベット生地に包まれた小箱はリングケースだった。
「是非、受け取ってほしい」
「ちょ、な、え!? いきなり告白ですのッ!? お、お付き合いをキングクリムゾンするだなんて……わたくしお嬢様ですけれど、顔も知らない許婚なんておりませんことよ!」
「いきなり早口で何を言っているのだ君は」
やれやれ顔の黒森が小箱に指を掛ける。二枚貝のように閉じた口が開くと、中には尾を引くほうき星形の記章が収まっていた。
「なんですのいったい? 校章とも違うようですけれど……」
「これから学園内で噂の調査をするにあたり、教職員の許可が必要な場所への立ち入りや、聞き取りの協力が必要になった時に見せると良いだろう。君の身分を生徒会が保証する……いわば学園内限定の警察手帳のようなものだ」
「ずいぶんと用意がよろしいのですわね」
「外部協力員制度は学園創立以来あったものだ。私はその権限を少しだけ強化したに過ぎないさ」
生徒会長といっても一生徒。権限を強化できる権限があることに花音は驚き戸惑った。
黒森は続ける。
「報告、連絡、相談に関してはメッセージアプリを介してもらうか、直接生徒会室に出向いてくれたまえ」
手にしたスマホのSNSアプリを起動すると、黒森はQRコードを表示させた。
報告をするためにいちいち生徒会室に足を運ぶ労力を二秒ほど考えてから、花音はしぶしぶスクールバッグからスマホを取り出した。QRコードを読み取る。
黒森『メッセージは受け取れているだろうか?』
花音『問題ありません会長』
黒森『おや、メッセージではお嬢様口調ではないのだな』
花音『細かいことばかり気にしていると、おハゲになりましてよ』
黒森『残念だがうちの家系はふさふさだ』
互いに既読がつき、無言で簡素なメッセージのやりとりを終える。
結局、黒森のもくろみ通り協力させられることになってしまった。スランプまっただ中の星宮きららには、ある意味渡りに舟かもしれないが……。
ふと花音は疑問に思う。
「会長はどうやってわたくしがその……星宮きららだとお知りなりましたの?」
「誓って非合法な手段ではない。が、知りたいというのなら全てが終わったあとに教えよう。ご褒美があればやる気も出るのではないかな?」
「全然モチベーションにつながりませんわね」
「まあ楽しみでなくともとっておきたまえ」
今はこれ以上、聞き出せそうにない。
少女の疑問は他にもくすぶっていた。
「会長は噂が広まることで校紀が乱れると仰いましたけれど、そもそも全校に向けた放送でわたくしを呼びつけたことこそ、噂になるとお思いにならなかったのかしら?」
「君を生徒会の協力員に任命するため……と、公表すれば良いだけのことだ。事実は噂になり得ないだろう」
「ですけれど、その……ええと、例えば手紙をしのばせるとか、こっそりとわたくしを呼び出す方法は無かったのかしら?」
「下駄箱であれ君の机であれ私が手紙をしのばせる姿を目撃される方が、よほど噂が立つのではないかな? そもそもこの学園に下駄箱は無いのだが」
生徒会長が革靴で軽く床を叩く。英彩学園は一足制だ。
「でしたら生徒会のどなたかにお願いすればよろしいのに」
「誰かを使いに出すよりも君を呼ぶ方が早い」
「わたくしが放送の呼びかけに応じなかった場合は?」
「君がその白く細く小さな手で生徒会室の扉を叩くまで、毎日放送で呼びかけるつもりだった」
花音は理解した。黒森には何を言っても無駄なのだ。
「色々とわかりましたわ。それはそれとして、調査をしようにもまずどういった噂があるのかわかりませんわね。まさか有能な生徒会長様が、捜査資料の準備も用意もなく、わたくしを呼び出したりなど……」
黒森は食い気味にかぶせて返す。
「無論だ。投稿フォームに寄せられた噂で報告件数の多いものをいくつかピックアップしておいた。これがまとめた資料になる」
花音は黒森からA4十ページ分の紙資料を受け取った。
「何を調査するかも任せよう。このリストにない噂であっても自由にしてもらって構わない。では行きたまえ。健闘を祈る」
用件を伝え終えると、黒森は机の上のノートPCを開いて作業を始めた。
「し、失礼いたしますわ」
青年の澄まし顔面に白いクリームたっぷりのパイを叩きつけたい衝動に駆られつつ、花音はスクールバッグに資料をぎゅっと押し込んだ。
生徒会室を後にして長い廊下を抜ける。校舎から出ると花音はようやく落ち着きを取り戻した。
本当になんて日だ。殿方と密室で二人きり、不覚にも何度か胸がドキドキしてしまうなんて、一生の不覚。と、少女は思う。
用が済めば帰ってヨシ。そんな態度も気に入らない。
ここまで乱暴に扱われたことは無かった。
「健闘を祈るだなんて、無茶振りが過ぎましてよ」
色とりどりの季節の花が咲き乱れる噴水庭園を抜ける。学園正門前のロータリー広場に車が何台も待機していた。
どれも似たような黒塗りの高級車ばかりだ。
運転手を探す方が手っ取り早い。少女は一際ガタイの良い黒服サングラスの男を見つけた。
男も気付くと、背筋を正して花音に一礼する。
「お迎えに上がりましたお嬢様」
「わたくしが普段よりも遅いことを気にも留めなかったのかしら?」
「おや、言われてみれば確かに普段よりも遅かったですね」
ちらりと腕時計の針に視線を落とし、とぼけた口ぶりで復唱する男。やれやれと見上げて花音はため息を返す。
身長192センチ。がっしりとした体躯の男の名は鋼慶一郎という。
年齢不詳。二十代後半から三十代前半と花音は読んでいた。
男はボディーガード兼執事だ。採用までの経緯は花音も訊かされていないが、大方「金持」と並ぶ珍しい「鋼」という名字を、花音の祖父が気に入ったから……くらいのことだろう。
前歴も不明。ただそこにいるだけでただならぬオーラを発し、さもなんでもこなせてしまえそうな雰囲気を醸し出すことにかけては超一流。
実際にはポンコツだということを花音は良く知っている。
執事は口元を緩ませた。
「入学より一ヶ月。ついにお嬢様にも放課後をともに過ごすご学友ができたのですね」
「ち、ちが、違いましてよ!」
「恥ずかしがらなくても良いではありませんか。この鋼、大変嬉しく思います。今からご学友とカラオケなどたしなまれてはいかがでしょうか? ところでご学友の方はどちらにおいででしょう?」
「見ればわかるでしょう?」
「まさか空想上のご学友でしょうか? 私は花音お嬢様の執事の鋼と申します。このたびはお嬢様とご交友いただきまして、誠にありがとうございます」
鋼は花音の隣の余白に向けて恭しく一礼する。
「おハーブでもキメているのかしら。このポンコツ執事! エア友達なんていませんわ。いいから帰りましてよ」
「おや……ええ……はい。お嬢様の仰せのままに」
花音の冷たい眼差しに再度恭しく一礼して、執事は後部座席のドアを開けた。
何が変わるというわけでもない。学園内の噂の調査をするだけだというのに、車窓を流れる景色が、これまでとどこか違って見えるお嬢様なのだった。




