秘密が秘密じゃなくなってしまいましてよ~!
これで内側から鍵でもされたら。
力尽くで組み敷かれたら。
誰も助けは来てくれない。
「部室にカメラがあると監視されてるみたいになるっていうんで、部屋にはカメラ類がないんッスよねぇ。なんか音を出す部活も使うってんで、どの部屋も防音ばっちりみたいだし」
用務員は拳で壁をコツコツ叩く。
「そ、そうですねの」
「一階の奥ってことで誰も来ないんッスよねぇ」
ゆったりとした足取りで用務員が近づいてくる。
花音は部屋の奥へと追い込まれた。
逃げ場は無い。もしこの荷物倉庫に異界だの平行世界への扉があるなら、飛び込んでしまうかもしれない。
「あれ? どうしたんッスか。捜し物はもういいんで?」
「え、ええとぉ……」
部屋の隅にスコップやらの園芸用具が立てかけてあった。
これならワンチャン使えるかもしれない。
「どうして震えてるんッスかね。何か恐ろしいモノでも見たんですかい?」
「…………」
「棚の上の方の箱とか、見たいものがあったら言ってほしいッス」
「…………」
「何黙ってるんッスか?」
男の腕が少女に伸びたその時――
入り口の扉が開いた。
用務員の手がぴたりと止まって振り返る。
「花音いるか? 琥珀と俺は調べ終わったぞ」
小中の声に安堵する。同時に妄想の世界から少女は現実へと帰還した。
茶髪にピアスの青年の後ろには、ぼんやりとした表情の神岡もついてきていた。
用務員が小さく息を吐く。
「おや、お友達ッスか?」
「え、ええ……調査のサポートをしてくださっていますの。ええと、もう十分ですわ。ご協力感謝いたしましてよ」
「いえいえ、おかまいなくッス。また何かあったらいつでも相談するッスよ」
田中氏は明るい口調で返した。
「じゃ、施錠するんで、みんな廊下に出た出た」
促されるまま花音たちは物置部屋を後にする。
用務員は鍵を掛け、扉が開かないか確認してから去った。
その背中に小中が呟く。
「なあ花音、いくら学校関係者でも男と二人きりで密室ってのはよくないんじゃないか?
「あらあら大福先輩ったら、何かいかがわしいことでも考えていますの? 破廉恥ですわね!」
「ば、バカ言えよ。ともかく不用心だろ」
ごまかす花音の顔を、神岡がじっと見る。
「……黒と……青……」
本当は怖かった。よくわからないけれど、怖くなってしまった。神岡には隠せないらしい。
少女は二人に頭を下げた。
「ごめんなさい」
何かあったわけではない。ただの妄想かもしれない。それでも、二人に心配を掛けたことには変わりなかった。
神岡が花音に告げる。
「……さっきの人……赤……だった」
用務員の田中氏は怒っていた?
花音がおびえ始めた事に対してか、それとも捜査というわりに何もしなかったからか。
にこやかな表情の裏に正反対の感情を秘めていたことは気になる。
ものの、どうして怒っていましたの? なんて直接訊きにいけるほど花音のメンタルはつよつよではない。
不意に小中が呟いた。
「なんかよぉ……背中に視線感じないか?」
大きな青年の背後には、まっすぐな廊下が延びている。
少女が見ると、遠くにカチューシャをしたショートボブの少女が立っていた。
美術部の江藤部長である。美術部は本校舎で活動しているので、わざわざ部室棟にやってくる理由があるなら、やっぱり神岡が目的なのかもしれない。
小中が振り返った途端に江藤は部室棟から本校舎への連絡通路に消えてしまった。
「んだよあの女。感じ悪ぃな」
茶髪を手ぐしで掻き上げるようにして青年はぼやいた。
花音は神岡に確認する。
「神岡君に話があるのかもしれませんわね」
「……この距離だと……顔……わからないから……」
どういった色が出ているのかは、判別不能と少女は翻訳し理解した。
小中が神岡に「顔もなにもカチューシャと髪型と背格好で、だいたいわかるだろうが」とツッコミを入れる。
込み入った話になると困るので、花音は「とりあえず調査報告会をいたしましょう」と、締めくくった。
学食で丸いテーブルを囲んで、それぞれ好きな飲み物を買って座る。
小中は乳酸飲料。神岡はレモンティーだ。花音はミルクティーにした。選択肢が無数にあっても、落ち着くところに落ち着いてしまう。
レモンティーとミルクティーを見て小中が咳払いをした。
「よぅし。今日はパック系飲料の紅茶の歴史について解説していくぜ」
「……ゆっくりしていってね……」
神岡にしてはノリがいい。二人が出会った時にはどうなることかと花音は心配していたが、案外馬が合うのかもと思う。
が、放っておくと本当に飲食うんちくが始まってしまうので、少女は仕切り直した。
「動画サイトではありませんわよ。それぞれ報告ですわ。まずは大福先輩から」
「ったく、しゃーないな。つーか俺も琥珀も報告することは同じなんだ」
「……何の成果も……得られなかった」
「むしろ一階に戻った時に、お前がどこにもいないんで心配になったんだ」
「……茶道部の人に訊いたら……隣の部屋に行ったって……」
だから二人は、何事も鳴く物置部屋に入ってこられたらしい。
中に花音がいるかもと見に来たところで、用務員の田中氏と鉢合わせたとのことだ。
少女はミルクティー片手に頷いた。
「なるほど。そういうことでしたのね」
小中が首をかしげる。
「んで、用務員なんかと何してたんだ?」
「あれはええとその……鍵が閉まっていたところで偶然、あの場に田中様がいらして」
「知り合いみてぇな感じだったんだが?」
「前に一度、学園内に開かずの扉がないか質問したことがありましたの」
青年は腕組みをして小さくうなる。
「そっか。で、結局部室棟にも無かったってことなんだな。次は運動部の部室でも探るつもりか?」
ほとんどの運動部からスカウトを受けて断っている小中は、少々都合が悪そうだ。
彼は「どうして開かずの扉を探しているのか」という、理由については言及しないと約束していた。
正直やりづらいですわね! 話してしまった方が手っ取り早いのに。と、お嬢様が思う一方で、神岡の秘密は最小限にとどめたいというのも本心である。
一瞬、神岡と目が合った。
「……金と黒?」
「あ、あのええとこれはその……」
困って口ごもる花音に小中はパックの乳酸飲料を手にしたまま立ち上がった。
「なんか話しづらそうにしてんな。ちょっと席、外そうか?」
そういう気遣いのできる人!? 外見的には俺様オラオラ系なのにこういうところで妙に気が回る。
「……待って」
止めたのは意外にも神岡だった。
「……小中先輩なら……知ってもらった方が……いい」
いつのまに二人がそんなに仲良くなったのか。と、花音は思ったものの、すぐに理解した。
神岡は絆を育む時間を必要としない。その都度、相手が心変わりするかもしれなくても、リアルタイムで感情をモニタリングできてしまう。
信用できるかどうか、会ったその瞬間にわかってしまうのである。
「んだよ人がせっかく気を利かせてやってんだぞ!」
「……怒らないで……ください……ええと……ごめんなさい」
これは自分が間に挟まって仲介しないといけない。と、お嬢様は小中に落ち着くように言って座らせた。
最後に神岡に確認する。
「神岡君の能力について、大福先輩にお伝えしてもよろしくて?」
「……きっとその方がいいと思うから」
きょとんとする小中に、花音は一度深呼吸をしてから神岡の「能力」について語り出した。




