密室は危険な香りがしましてよ~
文化部が利用する部室棟へと足を運ぶ。
三人で。そう、一人増えたのだ。
困った時こそ先輩の俺を頼れ後輩ども。と、断る間すらいれさせずに小中がくっついてきた。
神岡が首をかしげる。
「……なんで?」
「先輩だからに決まってんだろ。で、開かずの扉ってのを探せばいいんだな?」
「……肯定……」
「理由は訊かない。それでいいんだよな?」
「……肯定……」
神岡が拒否しないのはきっと、小中が善意100%だからだと花音は推測した。
美術部の先輩たちは、黒だの灰色だのオーラを出していたのかもしれない。
部室棟のエレベーター前に着くと、小中は神岡の肩をぐいっと引き寄せた。
「手分けしてやっぞ。俺と琥珀は上から順にいく。花音は一階からだ」
表情の変化が少ない神岡が、明らかに困惑していた。花音も「手分けするなら一人一フロアでよろしいのではありませんこと?」と小中に訊く。
「つってもやれんのかお前?」
茶髪を揺らして小中は神岡をじっと見据えた。
「……肯定……できるから」
「花音の前だからってかっこつけてねぇだろうな?」
「…………」
少年は肯定も否定もしなかった。小中がにいっと笑う。
「じゃあ琥珀は二階。俺は三階だな。一階は頼むぜ?」
花音に告げたところで昇りのエレベーターの扉が開いた。
「……じゃあ、あとで」
「調べ終わったら学食だな。おっそうだ琥珀。お前のアドレス教えろよ」
「……否定……」
「連絡事項があるたびに花音に中継させるってのか?」
「……あっ……うん……それなら……」
会話の途中で扉が閉まる。
あの二人、本当に大丈夫なのかしら?
一階ロビーに取り残された少女は心の中で呟くと、手前側の部室から確認を始めた。
部室棟は主に文化系の部活動が活用している。部員数が多かったり活動実績によって二部屋与えられている部活もあった。
軽音学部と合唱部は防音室があてがわれ、学校が力を入れているというコンピュータ部の部室は電源が強化されているとの噂である。
順番に茶道部、華道部、書道部、鉄道部と花音は話を訊いていった。
○道部フロアという感じだが鉄道部だけなんかちょっと違いませんこと? と、思いはしたものの、災いの元になりそうなので鉄道部員の前では言わなかった。
どの部屋も教室ほどの広さがあり、間取りは一緒。
開かずの扉なんてものはないらしい。
念のため一階のトイレも確認する。ハズレである。QRコードのシールすら見当たらない。
もしかして花の画像リンクのQRコードは、ゲームの蒐集アイテムかなにかなのかも。コンプリートすると何か景品でもあるのかしら? と、少女はたわいも無い妄想に駆られた。
フロアの一番奥にたどり着く。
最後の部屋だ。
中は暗く人の気配が感じられなかった。どの部室にも入り口に部活のネームプレートがついているのだが、外されてしまったような痕が残っている。
扉には――
「鍵がかかっていますわね」
言葉が漏れた。
開かずの扉だった。
小中が前に「部室棟はパンパン」と言っていたのだが、誰かが使っている形跡の無い部屋である。
ドアには磨りガラスが入っていた。
暗い。遮光カーテンで光が入らないようにしているのかもしれない。
昔、写真を撮るのにフィルムというものを使っていたという。
古いミステリ小説で得た知識だが、フィルムの現像には暗室というものが必要だそうな。
部屋が暗い理由といえば、映画部もあった。
プロジェクターなど投射するスクリーンは暗室でなければ映りが悪い。
が、どっちにしても部活のネームプレートが下がっていなかった。
誰も使っていない部屋だとすると、何かがあったのかもしれない。
生徒会長に聞かされた美術部の怪談話が脳裏をかすめた。
この部屋に何かが封印されているのかもしれない。
人間の手ではどうすることもできない何かが潜んでいるから、誰も手をつけられず開かずの間になってしまった。
本当にあるのかもしれない。
平行世界へ続く扉が。
なんて嘘嘘あり得ませんわ。おほほほほ!
と、少女が心の中で高笑いをしたその時――
「こんなところでなにやってる?」
男の声が背後から響いた。
振り返ると同時に身構える。
「って、お、驚かさないでくださいまし!」
見たことがある顔の青年だった。薄い水色のつなぎを来た用務員の田中保だ。
「なんだ昨日のお嬢様ッスか」
「あ、あの……こちらの部室は?」
「今は部室じゃなくて用具倉庫ッスよ。各部活動の部室に置ききれなかったものとかぶち込んであるッス。貴重品もあるらしいんで、怪しい人物がいたら警戒してるんッスよね」
「そうでしたのね。中は見られますかしら?」
「見たいんッスか? なんでまた」
「ええと、生徒会からの調査依頼に関係しているとだけ」
「おっ! 守秘義務ってやつッスね。まあ、ちょっとだけなら」
用務員の青年は腰のベルトから鍵束を外した。
瞬間――
花音はなるほどと納得がいく。
生徒にとって開かずの扉でも、鍵を管理している人間には普通の扉なのだ。
以前に田中氏に開かない扉を訊いた際に、心当たりが無いと言われたのも当然だった。
「あら、同じような鍵ばかりですのね」
「そりゃまあ同じ棟の建物ッスからね。えーと、たしかここの鍵はっと……」
鍵にはそれぞれシールが貼られていた。コンピューター部ならパソコンのアイコン風イラストだ。茶道部はお茶の湯飲みと、ちょっとズレてはいるが直感的にわかる。
この部屋の鍵は――シャベルである。
「あら、シャベルがトレードマークですの?」
「何言ってるんッスか。これはスコップッスよ」
微妙にかみ合わない。
「田中様は関西のご出身かしら?」
「え? なんで知ってるんッスか」
鍵を開けようとして青年は固まった。
「たしか関東と関西でスコップとシャベルが逆になるって、どこかで耳にしたものでして」
「へー! だからこの前、同僚さんにシャベルもってきてってお願いしたら、園芸用の片手のやつもってきたんッスねぇ」
田中は感心したように頷いた。
「不思議ですわ。関西弁ではありませんのね」
「親父が転勤族だったんで色々あって、言葉も混ざっちゃったんッスよ。だから今は自分弁使ってるッス」
男は鍵を差し込み手首をひねる。
施錠された扉が開かれた。中は薄暗く、田中はすぐに壁のスイッチで室内の照明を点灯した。
「調べ物なら奥までどうぞっと」
促されて花音は進む。
スチールラックが並んで段ボール箱が納められていた。どれにも部活名が明記してある。
刑事ドラマに出てくる押収物や証拠品保管庫のような雰囲気だ。
と、田中が後ろでに入り口の扉を閉める。
密室に二人きりである。
少女は心の中で「えっ」という間の抜けた声を出した。




