持つべきものはパイセンですわ~!
六月二日。木曜日――
昼休みになると花音は学食に足を向けた。火曜日と木曜日は小中と食事だ。
給仕係の宮本さんに茶化されつつ、窓辺のテーブル席につく。
花音はクラブハウスサンド。小中はカツ丼である。
二人静かに食べ終える。というか、小中は終始無言だった。カツ丼に集中しているのかと思えば、時折、少女に見入ったように手が止まる。
様子がおかしい。
少女は首をかしげた。
「どうした花音? まるで鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって」
「大福先輩が料理うんちくをお話されないので」
「俺だって普通に飯くらい食うさ。まあ、語る相手がいなかっただけで」
「やっぱり、家のお仕事がら食べ物に詳しくなってしまうのかしら?」
「それもあるがなにより好きなんだ。好きなもののことは知りたいって思うもんだろ。けど……か、語らなくてもお前と食う飯はその……いいんだよ! 別に!」
「明日はきっと雪が降りますわね」
「人をなんだと思ってやがるんだ。お、お前との時間はその……アレだ。飯にばっかり気を取られたくないんだよ」
「はいぃ?」
「きょとんとすんじゃねぇよ。ったく。今日はその……放課後は空いてんのか?」
「新しく調査の依頼が入ってしまいましたの」
小中の『食べ歩き同好会』には半ば強引に加入させられたのだが、それでも悪いと思ってしまう。
青年は眉間に皺を寄せた。
「くっ……忙しいんだな。じゃあよ……俺もその調査やら捜査やらを手伝うぜ。探偵には助手がつきもんだろ?」
拳を手のひらに軽くパンと合わせて、用心棒は任せろと言わんばかりだ。
厚意はうれしいものの、小中が一緒に来てしまうと花音も困った事になる。
神岡を紹介しなきゃならんのだ。
「だ、だだ大丈夫ですわ。お気持ちだけ受け取っておきますわね」
「そうか……けどよ。なんかあったら相談しろよな。料理や食材についてなら、そこらのやつにゃ負けないから」
「え、ええ。困った時にはお力をお貸し願いますわね」
小中はグラスの水を飲み干した。
「昨日は傘、ありがとうな」
言うと青年はバッグから花柄の折りたたみ傘を少女に返却した。
まるで新品のようにきれいに畳まれている。
「どういたしまして」
「花柄だから恥ずかしいってのはあったんだけど、せっかくお前が貸してくれたんでちゃんと使ったんだぜ」
「風邪を引くよりはよろしいのではありませんこと?」
「まぁな。ただ……ロータリーのところで俺とタメ張るくらいガタイのいい黒服が、ずっとこっちを見てやがってな」
百パーセント執事の鋼だった。
「ま、まぁ。花柄を使う男子がきっと珍しかったのでしょうね」
「それくらいならいいんだが、妙に背中がぞわっとするっつうか。この前、綺羅星珈琲店に行った時も同じような気配を感じたんだよな」
「あれは幽霊の仕業ではありませんの?」
「ば、ばっかやろう幽霊なんているわきゃねぇだろ」
怖いものなしに見える小中だが、心霊関連の話題になると否定するのに必死である。
「あれれぇおかしいですわねぇ。もしかして怖いのかしら?」
「びびってねぇし。つーかよ。煽ってねぇか花音後輩」
「おほほほ。きっと気のせい森の精ですわ」
「なに言ってんだお前」
小中が呆れたところで――
カチューシャをしたショートボブの三年女子が、トレーにカレーうどんを載せて花音たちの前で立ち止まった。
「お嬢様でも学食使うんだ。庶民的っていうか下々にも理解ある寛大な上級国民様って感じね」
美術部部長の江藤である。
花音は焦る。いきなり話しかけてきた江藤も江藤だが、小中の前であまり家門の話をされたくない。
小中が気さくに話してくれているのは、花音をそこまで知らないからだ。止めなければ今の小中との関係性が壊れるかもしれない。
「江藤部長。ご用件でしたら放課後に美術部室にてうかがいますわ」
「来なくていいし。つーかあんたもうさ、うちの神岡につきまとわないでくれる?」
「はいぃ?」
「迷惑なんだよね」
「わ、わたくしそのようなつもりはございませんわ」
「そのしゃべり方もいちいちムカつくんだけど」
小中がスッと立ち上がった。
「おいお前、誰だか知らんが……」
女性に手を上げることはないと思いつつも、小中は明らかにムッとした顔だ。神岡流に表現するなら、赤である。
「大福先輩落ち着いてくださいまし」
「落ち着いてなんていられっかよ。おいお前!」
「せ、先輩に向かってお前って失礼すぎない? ちょっとなんなん? 彼氏なわけ?」
「俺は保護者みたいなもんだ。事情は知らんがこいつは……花音は変な女だがちゃんと相手に向き合うやつだぞ。他人に迷惑かけるような人間じゃねぇ!」
江藤の鋭い視線が小中ではなく花音に注がれた。
「こっちは実際迷惑してるんだけど。あんたみたいなガチお嬢様が美術部に来られるだけで、部員みんなが萎縮しちゃうわけ。わかる? 存在自体が配慮だの遠慮だのを他人に強制してんのよ!」
花音はそっと胸元に手を当てた。心音が早まる。呼吸が浅くなった。
孤独から逃げるためにインターネットの世界に身を沈めたまま、二度と浮上しなければよかったと少女は後悔する。
「あ、あうぅ……」
言い返せない。事実への反論は無意味だから。
もう小中にもバレてしまったかもしれない。
青年が静かな口ぶりで江藤に告げる。
「お前はこいつが財閥のお嬢さんだから嫌いなのか? 花音のことなんざ見てねぇじゃねぇか。どっちが権威主義だよ馬鹿野郎」
「だ、だれが権威主義よ!」
「実際そうだろうが。花音っていう人間を食って味わったこともねぇのに、パッケージやレビューを鵜呑みにして自分で確かめようともしねぇ」
江藤の表情が苦虫をかみつぶしたようなしかめっ面になる。
小中は告げた。
「カレーうどん……伸びちまうぞ」
「フンッ! ともかく、あたしは警告したからね」
物騒な言葉を置き土産に江藤は去った。
カレーうどんの香気を残して。
花音は小さく深呼吸する。小中も席に着き直した。
「大丈夫か花音?」
「え、ええ。ああいったことには慣れておりますわ」
「その割に冷や汗たらたらじゃねぇかよ」
「……」
気まずい。そして自分がバカだったと少女は思う。
「どした?」
「あの、大福先輩は、わたくしの事をご存じ……でしたのね」
「あ~。ま、俺も多少なりともあるからな」
ONKも外食産業では大手と言われる規模である。身内から若様と呼ばれるくらいだ。よその人間にあれこれと言われた経験が、青年にもあるのかもしれない。
「ずっとわたくしのことを気遣って、知らない振りをしてくださったのでして?」
「ん? いやその……なんだ。お前の名字が変わってると思ったけどさ、最初は全然気にしてなかった」
「そ、そうでしたの?」
「お前が俺の問題を解決してくれたあの日に、気になって……知りたくなってな。黙っていてすまん」
「い、いいえ。わたくしの方こそ……」
「なあ花音。こんな俺だけど、今まで通りでいてくれるか?」
青年はじっと少女の瞳を見つめる。まっすぐなまなざしだった。
「こ、こここここちらこそですわ! 大福先輩!」
小中の表情が柔和に緩む。
「よかった。まあその……なんだ。さっきも言った通り、なにかあれば相談に乗る。食べ歩き同好会の活動は、落ち着いたら再開だな」
「ええ! 喜んでお供いたしますわね!」
楽しい食べ歩きのためにも、神岡の問題を解決しなければと心に誓うお嬢様だった。




