○○無効なんてチートがすぎましてよ~!
まず驚くべきは神岡の能力だ。
男子トイレにあったQRコードを見たまま再現してみせたのである。
「神岡君は瞬間記憶能力者ですわね?」
「……肯定」
花音は立ち上がった。
「まあすごいですわ! 本物の天才でしてよ!」
本心からそう思う。瞬間記憶能力とは見たものを写真のように画像として、頭の中に残すことができる力だ。
神岡がQRコードを再現できたのは、この能力があればこそである。
「……金色」
「その色を言うのも何かの能力ですわね」
「……わからない」
「ともかく、わたくしピンと来ちゃいましたわ。次は中間テストの成績について質問しますわね」
「……うん」
表情の変化に乏しい神岡だが、少しだけばつが悪そうだ。
「ずばり! 瞬間記憶能力を使ってますわね?」
「……肯定」
暗記で得点が稼げる教科なら、答え丸写しだ。
「……ずるいかな」
不安そうな少年に花音はぶんぶんと縦巻きロール髪を左右に振った。
「ずるいだなんてとんでもありませんわ! 自分の能力を最大限に生かしたからこそ。ベストを尽くしたのですもの!」
「……え?」
「正直、これからのテストでは、わたくし苦しい戦いを迫られるでしょうけれど、わざと手を抜くようなまねはなさらないでくださいまし!」
「……君はそれでいいの?」
「知ってしまったからには、手加減される方が余計に腹立たしいですわよ!」
腰に手を当て少女は胸を張った。一瞬、神岡の視線が床に逃げる。
「堂々としていればよろしいのです」
「……僕は変だよね」
「変で結構! 個性ですもの。そういった生まれなら、受け入れて前向きになる方が人生きっと楽しくなりますわ」
「……楽しく?」
「ええ! 楽しい方がよろしいでしょう? 与えられたものを使うも使わないも、本人次第ですけれど……使ったからって悪いことなどあってたまるものですか!」
かくいう花音も超お嬢様という立場を与えられた存在だった。お嬢様たらんとしている自分がいるからこそ、ネットの世界では自分の力を試したい。
内心を他人に打ち明けたことがなかったからか、言った花音自身がすっきりしてしまった。
「……だから君は金色なんだね」
「その色を言うのも秘密がありますわね」
「……肯定。秘密にしてきた」
「違いますわ。本当に誰にも知られたくないならわざわざ口に出したりしませんもの。気づいてほしかったのでしょう?」
神岡は眉尻を下げて小さく息を吐く。
「……肯定」
「心が読めるかどうか確認しましたけれど、読めるのではなく見える……そういうことかしら?」
「……肯定」
五感に他の感覚が混じり合う共感覚。数字から色を連想したり、色に味を感じたり。
と、明確な定義は知らないながらも、花音は聞いたことがある。
一つ、試してみようと思った。
「ふふふ~ん♪ 実はわたくしこう見えて男の子なんですの。男の娘♪ みたいな」
「……黒」
「今のわたくしは黒く見えていますのね」
「……肯定。黒は嘘つきの色。白は逆。赤は熱を帯びた色。オレンジはひまわりと太陽……ごめん。言語化……苦手だから」
感情を色として認識し、それが普通だからこそ常人に「翻訳」しなければならない。
神岡がコミュ障な理由が少女にはわかった気がした。
そっと席に座り直す。
「相手の嘘がわかるだなんて、しんどいですわね」
「……白? この話をすると……僕を嘘つきと思うかうらやましいって……」
「虚栄を張るにしては神岡君は実績残しまくりですし、うらやましくもありませんわ。相手の気持ちがわかるだなんて最悪ですもの」
「……どうして?」
「自分を利用しようとしてたり騙そうとしながら、のうのうと生きている人間が目の前でへらへらしてるなんて、あ~もうキッショ! 台所に出るというG級生物になつかれるよりも無理無理無理の無理ですもの」
実物を見たことがない花音である。アレと遭遇したら卒倒する自信があった。
もし自分が他人の嘘を知覚できるようになったら、一生引きこもると少女は思う。
「……白……それに金色」
「その金色というのはなんですの?」
「……わか……ええと……うまく言えないけど……君の色……少し待って」
スンッと神岡から表情が消えた。これまでも十分無表情に見えていたのだが、少年の顔から生気が抜けて、精巧な蝋人形のようになる。
タブレットのお絵かきソフトを起動し、一秒前の花音の顔を描いていった。
ペンを走らせる神岡は、呼吸を忘れたように静かだ。
あたりをとることもせず、いきなり主線を引く。パースの狂いもなく描画するとカラーパレットから山吹色を選んでツールで放射状に後光を付け加えた。
ペンを置き、少年は花音にタブレットを向けた。
「……こんな感じ」
光を背負うお嬢様は、まるで阿弥陀如来か何かのようだ。
「あらあらあらあら。神岡君の世界はとても賑やかそうですわね。相手が抱く感情によって、色も変わるのかしら?」
「……肯定……色が変わったら、相手の感情が動いたって一目でわかる。みんなは……そうじゃないみたい」
花音は下から胸を支えるようにして腕を組む。
瞬間記憶能力と相手の感情を視認する力。どちらもフィクションのようだが、組み合わさった結果――
「あなたさては各学科の先生に、テスト範囲に出るかどうか質問して反応をみてましたのね!」
「……肯定。憶える範囲……少なくて済むから……」
超難関だった蛇走の数学も、公式を瞬間記憶してコピペすれば正解になってしまう類いのものだった。
公式丸暗記なのでまったく応用が利かないという弱点はあるものの、暗記力が必要な教科は瞬間記憶能力でバッチリ。
どういった問題が出るかも、先生に質問して事前に対策可能。
少女の背筋がぶるりと震えた。
「や、やっぱり手加減を……いいえその必要はありませんわよ! か、かかっていらっしゃいませ! 次のテストでぼこぼこのぼこにして……うう……勝てるわけありませんわよぉ」
「……青……ごめん」
花音は詳細にテストの結果を確認した。
神岡は英語のリスニングや応用問題で点を落としている。他はほぼ完璧だ。
「どうしてリスニングがだめなのかしら?」
「……わから……がんばるね。ええと……声もきっと……色に関係する。けど、録音だと色が乗らない……伝わる……かな?」
「そうですわね。たとえばアニメキャラにも色はつきまして?」
「……否定」
「Vチューバーとかはいかがかしら?」
「……否定」
「3D配信は?」
「……否定。たぶん本人を直接……見てる時だけ……。写真や映像や……鏡には色がつかないから……みんなが見てる世界を知ったのも、画面越しだった……」
「不思議なものですわね。わたくしは神岡君の見ている世界を、タブレットの画面でしか認識できなくて、神岡君はわたくしが見ている世界を画面を通じて認識しているだなんて」
「……肯定」
「神岡君がスマホで写真を撮る習慣がないのも、瞬間記憶能力があるからかしら?」
「……肯定……憶えておきたいことは絵にしてる……全部をずっとは憶えてないから……」
花音は紙パックのミルクティーを飲み干した。
「瞬間記憶は任意で消せるのかしら?」
「……わからない。ただ、大事なことは残るみたい……今、中間テストをもう一度受けたらきっと、赤点」
つまり、神岡にとって楽しい思い出で記憶容量を圧迫すれば、彼の瞬間記憶による試験攻略ができなくなりこれで勝つる! と、花音は閃いた。
「楽しいことをいたしましょう!」
「……黒?」
「ええ、それはもう黒い陰謀を張り巡らせていましてよ!」
「……白……それ、言っちゃったらダメなやつ」
「あらごめんあそばせ」
「……けど君の黒は……悪い気がしない」
「お褒めにあずかり光栄ですわね」
言い方が少し、執事の鋼っぽいかもと思うお嬢様だが――
「……今日はここまでにして……金持さんのことも……話してほしいな」
「そういえば、わたくしばかり質問していましたものね。どんと来いですわ!」
「……質問苦手だけど、がんばるから」
「あらあらまあまあ、無理してがんばるようなことではありませんのに」
下校時刻になるまで花音は神岡の質問に答えていった。
答えづらいことをぶつけてくることもしばしばだ。
「……趣味はある?」
「ヴッ……しゅ、しゅしゅしゅ趣味はお紅茶ですわね」
「……黒……あっ……うん」
神岡は色を判別して「……今のなし」と質問を撤回する。
おかげで花音の秘密――ネット小説書きということは守られた。




