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セクタムをセンプラしそうなプロフェッサーでしてよ~!

 実年齢は花音も知らないが深い皺に日本人離れした鼻の高い男だ。


 蛇走じゃばしりという。数学担当だった。名字のせいとは言わないが、どことなくねちっこい口ぶりで、性格も陰湿……と、花音は勝手にキャラ付けしていた。


 一年生の数学のテストに国立模試問題を不意打ち気味にぶち込んで、平均点を下げた張本人である。


 蛇走が学食に姿を現した瞬間、騒いでいた他のグループがしんと静まりかえった。


 周囲を見回すと黒衣の男はまっすぐ花音たちの元へとやってくる。


「こんなところで油を売っていたのか神岡琥珀」

「……蛇走先生?」


「江藤君から話は訊いている。美術部を辞めさせるようなことは私がさせぬ……ところで女連れとは余裕だな?」

「……ええと……」


 口ごもる少年をかばうように、花音は会話に割って入った。


「わたくしは生徒会の外部協力員として、神岡君にご足労願い情報提供をお願いしていたところですわ」


 蛇走は花音に一瞥くれず告げる。


「部外者は口を慎め。たとえ名家名門の出身だろうと学園内ではたかだか一生徒だ」

「部外者でなければ意見してもよろしいのかしら?」

「少なくとも貴様は我が美術部の生徒ではない」


 つまり、蛇走は美術部の関係者。おそらく顧問ということになる。数学教師が美術部を担当するのは珍しいと花音は思った。


 蛇走は続ける。


「貴様がどうやったかはわからぬが、あの問題を唯一正解した功績は認めよう。望むなら江藤君をクビにしてやってもよいが?」

「……否定。やめてください」


「フンッ……画廊の娘などという凡人は捨て置けばよいものを。まあいい。江藤君にはこれ以上、貴様の邪魔をするなと忠告した。君も部室に戻りたければ戻るがいい」

「…………」


 一方的に言うだけ言って蛇走は去った。


 ようやく花音は神岡の名前をどこで見たのか思い出す。


 神岡琥珀……神岡琥珀……神岡琥珀――


 中間考査の総合順位で、花音の上に立った唯一の生徒の名前だった。



「も、もしかして中間考査一位を取りまして?」

「……肯定……赤? 怒ってる?」


「べ、べべべ別に怒ってませんしまったく全然気にしていませんわよ! おほほほほ」

「……黒」


 お嬢様は内心真っ黒である。悔しいし、気にしまくりだった。彼の名前を記憶から意図的に追い出していたのかもしれないと、花音は思う。


 神岡が首をかしげた。


「……開かずの扉探し……手伝ってくれないの?」

「一度した約束を手のひらドリルで違えることはありませんわよ!」

「……金色……」


 少年はまぶしそうに目を細める。


「と、ところで参考までにですけれど、数学の蛇走先生が出した問題をどうやって攻略いたしまして?」

「…………」


 はいかいいえ。では、回答しにくい質問だった。


「あらごめんあそばせ。蛇走先生の先ほどの様子からして、例の問題は誰にも解かせるつもりがなかったみたいでしたし……」


 授業で公式を参考出展したくらいで、テストに出すとは一言も言わず、おまけに配点がその問題だけ異様に高かった。


 ピンポイントで出ると踏んで丸暗記でもしていなければ、正解できない意地悪さだ。


「ま、まさかテスト問題を盗み見たりしまして?」

「……否定」

「ですわよねぇ」


 やっていようといなかろうと、いいえとしか応えようがない。もしはいと言えば自白になってしまう。


 とにもかくにも神岡は成績優秀な上に、絵の才能もあるらしい。


 少女は思う。


 花音は入試において主席合格だった。


 これほどの実力者なのに不思議である。


「神岡君は入試の時に体調が悪かったり実力を出し切れなかったりしましたかしら?」

「……否定」


「では、ま、まだ勝敗は一勝一敗のイーブンですわね! これで勝ったとは思わないことですわ!」

「……?」


 少女はビシッと神岡の顔を指さした。


「期末考査ではきっちり勝たせていただきますわよ~!」


 正々堂々、本人に向けてリベンジ宣言するお嬢様なのだった。


 次の試験は夏休み前である。


 その前に神岡の問題を解決し、すがすがしい気持ちで戦いたいと花音は思う。


 開かずの扉を探り当て、平行世界の通路を発見し、神岡をドッペルゲンガーに会わせるのだ。


「ということで、さっそく開かずの扉を探してみましょう」

「……うん」

「神岡君に心当たりはありまして?」


 少年はふわふわとした髪を左右に振った。この学園どころか、世界を探しても存在しないかもしれないものだ。お嬢様もそれは理解している。


「でしたらわたくしに良い考えがありますわ!」

「……作戦?」

「学園内の開かない扉を手当たり次第にチェックするローラー作戦でしてよ~!」


 某機械生命体の司令官ばりだ。


 情報は足で稼ぐもの。頭脳なんて飾りですわ。と、身も蓋もないお嬢様はスマホを取り出した。さっそく学園のウェブページを開いて分担を決める。


「まずは一般の生徒が出入りできる場所をしらみつぶしにしますわね。今日は雨ですし本校舎を中心に屋内探索としゃれ込みましてよ。レッツ探索ですわ~!」

「……一緒だと効率悪くない?」


 突然の提案に花音が目を丸くする。


「あらあらあら、もちろん分担するつもりでしたの。わたくしは校舎一階の東端から順番に。神岡君は四階の西端から開かない扉が無いか探してくださいまし」

「……入れない場所は?」


「どの部屋が生徒の立ち入り禁止だったかメモをとることをおすすめしますわ」

「……うん。やってみる」


「何か不安なことでもおありでして? おほほほ! くれぐれも女子トイレに突撃などおかましになられませんことよ?」


 神岡の場合、ぼーっとするついでにやらかしかねない。少女が釘を刺すと――


「……そっちも気をつけてね」

「い、言い返してくるだなんて生意気ですわね! ちなみに神岡君は何月生まれですの?」

「……七月十三日」


 花音の誕生日は二月二十二日だった。


「か、勝った気でいるのも今のうちですわよ! うほ! うほほほほほ!」


 二月生まれがマウントをとれる可能性の低さに、未だ気づかぬお嬢様である。


「……マウントゴリラ?」

「ちょ、ちょっと高笑い方を忘れてしまっただけですわ。ごめんあそばせ。おほほほほ! ほーほすほほー! ほーほーすほほー!」

「……キジバト?」


 やっぱり心の中を読まれているのではありませんこと? と、思いはするものの、証拠は無い。


「……じゃあ、行くね」


 少年は立ち上がった。


「お待ちになって! すれ違いになって合流できなかったら困りますわ」

「……?」


「SNSアプリのアドレスを交換しておきましょう」

「……ナンパ?」


「気弱なのか自己評価高めなのか判断に迷いますわね。ほら、さっさと出すものをお出しになられて! ボロンと!」

「……ボロン」


 神岡は淡々と復唱しつつも、スマホを手にして……固まった。


「どうかなさいましたの?」

「……君の……フレンドリストを見せてほしい」

「な、ななななんでそのようなことを仰いますの?」


 少女のアドレスは少数精鋭である。家族すらおらず、黒森生徒会長と小中大福の名前しかない。執事の鋼にはショートメールだ。


「……見せられないの?」

「べ、別にやましいことなどございませんわよ。ただ……ごく最近使い始めたばかりでして……」

「……無理にとは言わないよ」


 不思議と沸き起こる敗北感に花音は屈することはなかった。


「無理なものですか! ほら、ご覧なさい。わたくしの赤裸々な交流関係を、その目に焼き付ければよろしいのですわ!」


 花音が画面を水戸黄門の印籠よろしくつきつけると、少年は「……少なっ」と呟いた。


「少数精鋭ですもの」

「……僕も似たようなものだから」


 少年も自分の登録者を見せる。


 美術部員や顧問の連絡先すらなく、あったのは「母」という一文字だけだ。


「わ、わたくしの勝ちですわね!」

「……勝負だったの?」


「え、ええ。実質勝負でしたわ。接戦でしたわね」

「…………」


「ところで、どうしてわたくしのフレンドを知りたいと思いましたの?」

「……わからない」


「つまり言えないということですのね。ま、よろしくてよ。心の広いわたくしは、あなたが語る時まで秘密を認めてあげますわ。もう一人の自分に会いたいというのも気にはなりますけれどね」


 開いた手を胸元に添えて少女はぐいっと胸を張る。


「……君はすごいね」

「べ、別にこれくらい普通ですわ」


 時々不意打ちのドストレートで褒めてくるのがやっかいだと花音は思うのだった。


 おのおの順番に調べていき、合流できなかった時はどちらかから連絡して再び学食集合ということで、調査が始まった。

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