会話にはこつがいりますわね~!
ああ、これは確かに怒る人間がいても仕方ない。怒らずとも冗談だと取り合わないだろう。
「そのお話、美術部の皆様には?」
神岡は首を左右に振る。もし江藤にこの質問をしていたら、彼女をますますぶち切れさせるに違いない。
インターネット上級者にしてネット小説家の花音ですらも、異世界はさすがにちょっとうーんとあのえっとぉあらあらまあまあ……というお気持ちを表明したくなる。
が、前へと進むお嬢様。
「神岡君は異世界に転移転生なさりたいのかしら?」
「……否定。ええと……異世界……よりも平行世界。こちらの世界によく似た……」
「まままっままマルチバースというやつですわね。それでも十分フィクションの領域ですけれど」
少女は正直な感想を述べる。
「……どうしてちゃんと僕の話を訊いてくれるの?」
「ちゃんと?」
「……ずっと白……あ、ええと……うん」
「少なくとも神岡君がふざけているようには見えませんし、本当にお困りのようでしたから。わたくし何をしてあげられなくとも、お話をうかがうくらいはできますもの」
「……ありが……とう」
神岡の表情がかすかに緩んだ気がした。
少女は考える。
平行世界といえば分岐した世界線だの、某作品の大統領が使うDと4とCな特殊能力が思い浮かんだ。
「もう一つの世界に行きたいのかしら?」
「……否定。扉の向こうにいる、もう一人の僕に会いたい」
神岡と別世界の神岡が磁石のS極とN極のように引かれ合ってクシュッ! となるのを少女は妄想をした。
「……?」
神岡が不思議そうに花音の顔をのぞき込む。
「な、なんでもありませんわ。それより自分の分身だなんてまるで、ドッペルゲンガーですわね」
怪談や都市伝説にも出てくる名前を、少女は自然と口にした。
もう一人の自分に出会うと不幸になるらしい。最悪死んでしまうとかなんとか。
「……変かな?」
「わたくしが知る限り、あまり会いたくないものですわね」
「……うん」
「開かずの扉から平行世界に行って、もう一人の自分に会ってどういたしますの?」
「……ええと……」
少年は一層たどたどしい口ぶりになってしまう。
「どうしましたの?」
「……質問は……肯定か否定で返せるようにしてほしい」
少年は目をぎゅっと閉じるとパックのレモンティーをチューッと吸う。
「もしかして、緊張していまして?」
「……わからない……けど、君は金色で……まぶしくて」
「わたくしがまぶしいですって。あらあらおほほほほ! いかに隠そうとしていてもあふれ出てしまいますのね。お嬢様味が!」
金持の姓を名乗った時点で隠れていない。が、それはそれ。
「……僕は……」
言いかけて少年は言葉に詰まる。
「リラックスなさってくださいまし。仰りたいことは、遠慮なさらずなんでも仰ってくださいまし」
「……君は……きれいだ」
途端に少女の顔が耳まで赤くなった。不意打ちだった。親族親戚などなどには言われ慣れてきた言葉で、同年代の男の子に真正面からぶつけられては――
「だだだだ大胆すぎましてよおおおおお!」
「……あっ……ううう……金持さんが遠慮せずって……」
「言いましたわよなんでもって言いましたけれどもおおおおおお!」
端から見れば、なにやってんだあそこのテーブルの二人は。である。
神岡は黒目がちな瞳でじっと花音を見つめた。
「……だから……僕は会話が苦手なので……自分から話せる時もあるけど……質問は肯定か否定で返せるように……おねがい」
「え、ええ。はいかいいえですわね。けれど、どちらともとれない時はどうしますの?」
「……わからない」
「そんな無責任ですわ」
「……わからないときは、わからないって返すから」
二人揃って肩で息をする。ただ話しているだけなのに双方どっと疲れていた。
「まるでウミガメのスープですわね」
「……?」
神岡はきょとんとした顔だ。ウミガメのスープというのはクイズで、回答者が出題者に「はいかいいえ」で答えられる質問をして、答えを導き出すというものになる。
「えー、では改めまして。神岡君はおしゃべりが苦手ですのね?」
「……肯定。今みたいに質問してもらえると、助かる」
ふむふむふむと花音は腕組みをして頷いた。会話は弾まないかもしれないが、彼のルールに従う方がコミュニケーションも円滑に進みそうだ。
「このこと、江藤部長はご存じかしら?」
「……否定。話を訊いてもらえない」
ま、そうなりますわよね。と少女は思う。
続けて神岡に何を訊こうか花音は考える。が、はいかいいえで答えられる質問というのは、案外うまくまとまらない。
「ええとでは、神岡君はわたくしに、ドッペルゲンガーに会いたい理由を話せます?」
「……わからない」
保留されてしまった。
「困りましたわね」
「……ごめん」
「謝る必要はございませんわ。神岡君は何も悪いことはしていませんもの。江藤部長も、神岡君の事をあと少しだけ知っていれば態度を軟化させていたかもしれませんし」
「……君の金色は珍しいから」
「わたくし金髪ではありませんわよ」
「……あっ……うん」
少年はどことなく申し訳なさそうだ。
花音を拒絶するつもりなら、こうしてテーブルを挟んでパックの紅茶を飲んだりはしていない。席を立とうとした少女を引き留めようとしたくらいである。
ふっと花音は思い至った。
「もしかして神岡君は生徒会に開かずの扉を探してほしかったのかしら?」
「……肯定」
「でしたら最初から、そう仰ってくださればよろしかったのに」
「……迷惑……かも」
「乗りかかった船ですわ。どうしてドッペルゲンガーに会いたいかについては、話せる時がきたなら話してくださいまし」
「……いいの?」
少女はぐいっと胸を張り、たゆんとさせた。
「この学園に開かずの間があるかどうか、このわたくしが直々に一緒に探してあげましてよ」
怪異だのSから始まるアルファベット三文字の財団が管理していそうな存在が、実在するかはひとまず脇に置く。
神岡が悩んでいる。
放っておくのはお嬢様の道に反すると、花音は思う。
「……ありがとう」
今日からの活動方針が決まったところで――
全身黒ずくめの教師が学食に姿を現した。




