不思議ボーイとエンカウントいたしましてよ~!
江藤の手が少年の両耳に伸びる。耳に栓をしたTWSをすっぽんと引っこ抜いた。
「外音取り込みモードにしとけって言ったよね? ノイキャンバカ」
「……はい?」
少年はまるで寝起きのようで、炭酸の抜けたコーラよろしく気のない返事をした。
「ちょっとこっち来なさい」
江藤は耳から抜き取ったイヤホンを返すと、猫っ毛ぼっさりヘアの美少年を立たせて教室の真ん中に連れてくる。
「……なに? 誰? 雨?」
どこを見ているのか定まらない視点で美少年は花音に訊く。
「わたくし、生徒会の外部協力員として学園内の噂調査をしている金持花音と申しますの」
「……金色。珍しい」
少年はぽつりと呟いた。花音の髪色は明るめだがブロンドではない。
「会話が成り立ちませんわね。お名前を伺ってもよろしくて?」
「……神岡琥珀」
どこかで耳にしたような名前だと花音は思う。続いて江藤に視線を向けた。
「ええと、江藤様はどうして神岡様にピキっていますの?」
つり目がますます鋭くなった。
「様付けとか逆にムカつくんだけど」
「し、失礼いたしましたわ江藤先輩」
先輩呼びの無難さをお嬢様は小中の件で学習済みだ。経験が生きたと少女は思う。
「ふんっ……こいつにイライラなんてしてないし」
カチューシャで前髪をアップにしている江藤のこめかみに、今にも青筋が浮かび上がりそうな気配が漂う。
怒られている(?)当人は、ぼんやりとしたまなざしで江藤を見つめた。
「……赤」
「そのわけわかんないのさぁ、いい加減やめてくれる?」
「……もしかして部長……怒ってる?」
もしかしなくとも雰囲気で察するでしょうに。と、花音は心の中でツッコんだ。
神岡少年はズレている。
天才肌というやつかもしれない。探偵令嬢は気を引き締め直す。
こういうタイプは基本的に強キャラと、世間では相場が決まっているのだから。
捜査令嬢は改めて、江藤部長に確認する。
「まさか神岡さ……神岡君がマイペースな宇宙人味があるから、怒っているわけではございませんわよね?」
江藤がキッと眉尻をあげる。
「それもあるけどこいつときたら『高校生国際美術展』に出品しなかったのよ! ちょっともうわけわかんないでしょ?」
ことさら語尾が荒くなった。
『高校生国際美術展』
聞き慣れない単語をお嬢様は心のメモ帳に書き込んだ。
「出品ということは高校生のコンテストのようなものですの?」
江藤は頷いた。
「あれだけ描けるのに。出品用の作品だってできてたのに……出せば受賞も間違いないのに」
美術部長の肩が震える。拳をぎゅっと握り込んだ。その手で神岡を殴らないかと花音はハラハラしてしまう。
もし、万が一の時には身を挺して江藤の拳を受け止めねば。と、少女は身構える。
こうなったのも自分が問い詰めたからなのだ。
神岡は江藤に視線を向けた。
「……青?」
またしても色を呟く。しかも今回は疑問系だ。
やっぱり変な人。と、花音は思った。
江藤部長はぼーっとする神岡に告げる。
「ともかく、このままだと退部してもうらうかもしれないんで。そうなったら、あんたのせいで一年生全滅ね」
全滅とは穏やかではなかった。花音が教室に入ってからずっと、一年生の美術部員は神岡一人きりである。
会話の流れから察するに――
神岡は絵が上手い。美術展に出品すれば入賞間違いなしというレベルにある。
なのに彼は出品しなかった。だから江藤部長の逆鱗に触れた。
しかも部長から退部をちらつかされるほどである。期待の裏返しにしては穏やかじゃない。
花音は思う。
なぜ神岡は出品しなかったのだろうか、と。
「神岡君はどうして出品を拒否しましたの?」
「……どうしてだろう」
少年はふわりとした髪を揺らして聞き返す。
なんかイラッとする。最初は江藤の事をカリカリしすぎと思った花音だが、わかり味を強く感じた。
この調子では理由を少年の口から語らせるのは難しそうだ。
であれば、別の人間に訊くまで。
彼がコンクールの出品を拒んだのなら、誰かが代役を務めたかもしれない。
「江藤先輩に伺いますわ。神岡君でなければ、どなたがコンクールに出品なさいまして?」
「あたしだけど」
ものすごく不服、不機嫌、不満な口ぶりだった。
「神岡君に圧力を掛けて自分の作品を出品させた……ようにはお見受けできませんわね流れから察しましても」
「あんたなんなの? マジで腹立つんだけど。当たり前じゃん。あたしはバカじゃない。明らかに下の作品を学校の代表として出すなんて、屈辱なわけ」
花音の脳裏に言葉が浮かぶ。
持たざる者。
花音は江藤の絵を見たわけではない。神岡の絵も知らない。だが、江藤自身が判定をしてしまっているのだ。
神岡には勝てない……と。
江藤はかすかに涙をにじませていた。
「顧問と打ち合わせがあるから、副部長あとよろしくね」
先ほど仲裁に入ろうとした女子生徒に声を掛けて、カチューシャの少女は教室を出ようとする。
「あっ! ちょっとお待ちになってくださいまし! わたくし噂の調査を……開かずの扉についてなのですけれど」
「知らないわよ! 調べたいことがあるなら……神岡、あんたどうせ暇でしょ。手伝ってやんな」
言い残すと江藤は今度こそ去った。
「……白」
「え、ええと……困りますわ」
助けを求めて花音は美術部の先輩女子たちを見回すが、全員視線を背けてしまった。
開かずの扉について、ひとまずこの少年に訊くだけ訊いてみるしかなさそうだ。
花音は椅子に座ったままの神岡の横に立つ。
「改めまして、わたくしの名前は金持花音。生徒会の外部調査員として、学園内の噂について少々調べておりますの」
「…………」
神岡は視点の定まらない顔のまま、ぼんやりと花音を見上げた。
「ええと、神岡……」
「……神岡琥珀」
やっぱりどこかで訊いた名前だ。初対面のはずなのに……と、花音はいつつ確認する。
「神岡君はご存じかしら? この学園にあるという開かずの扉がどこにあるのかを」
「……知らない」
同じ一年生の神岡に訊いたのが間違いかもしれない。
「ですわよねぇ。そうそう都合良く知っている方が見つかるとは思ってませんことよ。でしたら……そうですわね。先ほどの江藤部長ならご存じかしら?」
「……知らないと思う」
「と、思うですって?」
「……さっき白だったから」
「あなた会話はキャッチボールと教わりませんでしたの?」
「……話すの……苦手」
「お、おほほほほ。いわゆるコミュ障ですわね。わたくしオタクに優しいギャルよりも優しいお嬢様ですから、多少のアレな発言は許しますわ」
ずぼらな執事のおかげで、花音は一般的なお嬢様の平均値よりも堪忍袋の緒が長いと自負している。
「……白」
「もしかして、わ、わたくしの下着の色をッ!? な、なんていやらしいのかしら!」
少女はわざとらしく騒いでみせた。
「……黒」
少しは神岡を動揺させられるかと思いきや、彼は一切動じない。
滑った空気に花音が引きつった笑みを浮かべる。
「な、なーんて冗談ですわよ。ちなみにわたくしの下着の色は……うふふ、乙女の秘密とさせていただきますわね」
「……白?」
「どどどどどどうしてわかりましたの!?」
「……白だから」
「先ほどから仰っている色はいったいなんなのかしら?」
「……説明……したくない」
抑揚の無い口ぶりだ。
花音は再び周囲を確認した。美術部員の先輩たちは、おのおの作品に向かっているように見えて、花音と神岡を意識しているのは空気でわかる。
落ち着いて話を訊くなら――
「デートいたしましょう。先輩方、神岡君をお借りいたしますわね。おほほほほ」
花音は神岡を立たせる。
「……どこかに行くの?」
「ここよりは落ち着ける場所ですわ。手荷物と貴重品はお持ちになってくださいまし」
「……うん」
意外に素直。と少女は驚きつつ美術室から神岡を引っ張り出す。
向かうは部活に所属していない生徒のオアシス。放課後の学食だった。




