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先輩たるもの落ち着きと気品と優雅さが必要ではありませんこと?

 美術室前までやってくると、お嬢様の嗅覚センサーが油絵の具の匂いを捉えた。


 換気のため開け放たれたドアから中を覗く。


 壁に無数の肖像画が並べて掛けてあった。先ほど黒森から聞いた女生徒Sの話が脳裏をよぎる。


 肖像画たちが一斉に自分を見ているんじゃないか花音は不安になる。


 他にめぼしいものといえば純白の石膏像だ。すべて胸から上だけで、歴史上の偉人の姿だった。


 締め切られた窓を雨粒が叩く。


 美術部員が七人。内訳は女子六人に男子が一人。女子たちは二~三年生で、少年だけが一年生だった。


 たまたま他の男子部員が席を外していなければ――


 これってハーレムではありませんこと!?


 ドキドキ美術部である。しかもたった一人の男子生徒は小柄で華奢で、顔つきもどことなく中性的な美少年だ。


 髪は猫っ毛でぼさっとしていた。目に光が感じられずどことなくミステリアス。


 何か心に傷を負っているのだろうか。


 きっと夜な夜な女子部員に裸に剥かれてデッサンモデルにされているに違いない。


 いつしか少年の心に復讐の炎が燃え上がり、ついに凶行へと走ってしまう。


 凶器はパレットの角? それとも先の尖ったペインティングナイフ? 衝動的な犯行を隠すために美少年は美術準備室にあるという、幻の超巨大石膏像に被害者の遺体を隠して……。


 棒立ちで妄想膨らむ花音の前に、カチューシャをしたショートボブの女子生徒が立つ。


 タイの色は緑。三年生だ。


 つり目気味だが整った顔つきの美人さんですわと、花音は思った。


 美人が詰め寄る。


「誰あんた?」

「あ、え、ええと、おほ、おほほほほ。わたくしは……」

「あ! もしかしてさぁ部活見学? なら入った入った」


 きつめの美人は花音の手を取り美術教室に引きずり込む。


 自分は手を取られやすい? と、最近、思うようになったお嬢様である。


「ちちちちち違いましてよ誤解でしてよ!」


 教室の真ん中辺りまできたところで、やっと言葉を絞り出す。


 途端に美人の冷たいまなざしが花音に突き刺さった。


「じゃあなに? なんなん? なにしに来たわけ?」


 圧を覚えつつも弱気を振り払い少女は胸を張る。


 やや大ぶりな双丘が震えた。花音に自覚はないものの制服越しにもわかるほどだ。


「わたくし黒森生徒会長様から直々にお願いされて、学園内でとある調査をしている金持花音と申し

ましてよ! よしなに!」


 合わせて流星記章を指さした。生徒会の威を借るお嬢様だ。なお、金持の名字は威を借るというよりも威にして武にして力そのものなのだが、この際考えないこととする。


 きつきつ美人は自身のまな板な胸に視線を落とすと、一層不機嫌そうにムスッとした。


「なにがよしなによ。ばっかじゃないの。これだから持たざる者の気持ちがわからない連中って……ともかく部外者は立ち入り禁止なわけ。帰って……どうぞ」


「お、お待ちになってくださいまし! 話くらいは聞いてくださってもよろしいのではありませんこと?」

「何そのしゃべり方キモッ。つーかこっちは今忙しいの。わかる?」


 花音は思った。


 黒森のバカタコおたんこなす嘘つき眼鏡! 外部協力員の証がまったく通じていなかった。学園内限定の警察手帳代わりとはなんだったのだろう。


 遠巻きに見ていた女子部員の一人が、立ち上がると美人の耳元でささやいた。


「江藤部長、こちらの金持さんは金持財閥の……」

「それがなに?」

「な、なんでもないです」


 部員はすごすご引き下がった。


 花音の名字に臆するどころか、ますます腹立たしげな美術部長――江藤はお嬢様に視線を戻す。表情は厳しいままだ。


「じゃ、帰ってくれる?」

「そうは参りませんわ。どうしてそんなにビキビキしていますの? なにかやましいことでもしていまして?」


 例えばそう、今から唯一とおぼしき男子部員をヌードモデルにしようとしていた……とか。


 いけない妄想の崖めがけ全力疾走するお嬢様。そのぷにっとした両頬を江藤部長は右手の親指と人差し指でぶにゅんと潰す。


「別にやましいことなんてないわよ」

「おおおおおおやめになってくらしゃいまへ~!」


 江藤は花音のほっぺたを投げ捨てるように解放した。


「なんでどいつもこいつもあたしをイライラさせるやつばっかりなわけ?」


 美術部長の視線が教室の隅に吸い寄せられる。


「ばっかり?」


 花音は首をかしげた。江藤の視線の先に美少年の姿がある。


 彼は完全分離型のイヤホンをして、ぼんやりと椅子に座ったままだ。江藤と花音のやりとりなどそよ風程度にも感じず、イーゼルに架かった真新しいキャンパスを見つめていた。


 花音も美少年の方を向きながら呟く。


「もしかして、あちらの方に片思いなどなされていますの?」

「ば、バカじゃん。あんたバカでしょ?」


 江藤は花音につかみかかる勢いで詰めてきた。


「絶対にそんなんじゃないから!」

「では、どうしてお顔を真っ赤にされていまして?」


「あいつにはイライラしてんのよ。突然やってきたあんたも大概だけどね」

「詳しい理由をお聞かせくださいませんこと?」

「部外者に言うことじゃないし」


 江藤が一瞬、伏し目がちになったのを探偵は見逃さない。


「もし、いじめのようなことがあったのでしたら、生徒会の外部調査員であるとか関係なく、わたくし見過ごすわけには参りませんわよ」


 事情を訊くまでてこでも動かない。花音の真剣さに江藤は肩を落とす。


「あーもうマジめんどい。いじめなんて噂立てられたらたまったもんじゃないし。先に言っとくけど、悪いのはあたしじゃなくて神岡だからね」


 事情がさっぱりな花音が周囲の女子先輩ーズを見渡す。誰もが困り顔だ。三人ほどは江藤の言葉に頷いていた。


 江藤部長が少年を手招きする。


「神岡ちょっとこっち来て」

「…………」

「あいつまたイヤホンしてるし」


 ドスドスと音を立てるように江藤は少年の元に歩み寄り背後に立つ。


 美少年は一切反応無し。先ほどから瞬きすらしていないのでは? と、花音は感じた。

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