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友達から聞いた話はだいたい本人の体験談ですわ~!

「ざーこざーこ雷こわこわ生徒会長様ですわ♪」


 机の天板に指をかけて、墓場から這い出るゾンビのように黒森がにゅっと顔を出す。


「うっかり眼鏡を落としてしまってな。拾っていただけだが?」


 椅子に座り直した青年の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。


 絶対に認めそうにない。完璧鬼畜冷血眼鏡動物と思っていた花音だが、青年にも弱点あなはあるのだと前向きに思うことにした。


 青年は天板に肘をつき組んだ手で口元を隠す。


「さて、君はなぜ開かずの扉が開かないのか見当はついているのだろうか?」

「雷が落ちれば生徒会長様が机の下に逃げ込むくらい、わかりやすいですわ」


 一瞬、黒森のこめかみに青筋が浮き上がった……気がしたが、花音は続けた。


「先ほど会長様が仰ったことが起こりました」

「はて、なんのことだろうか」


「備品保管庫でしてよ。施錠したものの鍵を紛失してしまった。同じことが学園内のどこかの部屋でも起こったに違いありませんわね」


 至極当たり前だからといって、可能性から排除すべきではない。


 噂が広まっているといっても学園は平和なのだ。


 黒森は眼鏡を外すとクロスでレンズを優しく拭う。


「果たしてそうだろうか。校舎移転して五年の学園で施設の鍵がなくなるとは考えにくいだろう。使われていない部屋をそのままにしておくとも思えない」


「そ、そうかしら? 空き部屋の一つや二つ、封印されっぱなしで誰も気づかないことくらいあるかもしれませんわよ」


「君のご実家ならともかく、我が学園においては部屋を遊ばせているというのは考えられないのだよ。今月もテスト明けと同時に同好会から部への昇格願いを出してきた団体が三十七ほどある。だが、あてがえる部屋がないのだ」


 部室棟がいっぱいだということは花音も小中から訊いていた。書道部なら書道室。吹奏楽部なら音楽室と、部室棟以外の部屋もそれぞれ部活で埋まっている。


 花音は指先で縦巻き髪を遊ばせた。


「それでも開かない扉がある……ということですわ」

「鍵の紛失などの一般的な理由で開かなくなったのではない。だから噂になったと私も考えていたところだ」


「え、ええ。そうですわ。よくおわかりですわね」

「では、学園側が故意に封印している部屋があるのかもしれないな」

「閉ざされた扉の向こう側になにかあるのかしら?」


 花音は瞳を閉じ思考を巡らせた。もしかすれば封じられているのは異界につながる扉かもしれない。


 もし封印が解かれればお嬢様異世界転生待ったなしである。


 目を開くと、執務机から身を乗り出した黒森の顔がぐっと近づいていた。


「な、なんですのいきなりガチ恋距離だなんて! ふ、不潔でしてよ生徒会長様!」

「いや、眼鏡をしていないとここまで近づかねば判別できないのだと思ってな」


 うかうか目も閉じることができないと花音は心の中で呟く。


 眼鏡をかけ直し黒森は言う。


「扉を閉ざすということは、その向こう側には人に見られたくないものを隠しているのかもしれないな」


 花音もうなずき返した。


「もしくは、外に出してはならぬものを閉じ込めている可能性もありましてよ」


 黒森の表情が引き締まった。


「そう、閉じ込めている可能性は否定できない」

「あらあらあら? 何か心当たりでもありまして?」

「これは他校の生徒から聞いた話だが……」


 そう切り出すと黒森は語り始めた。




 美術部に所属していた、とある女子生徒の話だ。仮にSとしよう。Sは「高校生国際美術展」に出品するため、自画像を描いていた。だが、完成前にSはトラック事故で他界。運転手の居眠り運転が原因だった。


 Sが描きかけていた彼女の自画像は遺族が引き取ったのだが、いつの間にかその絵が自宅から消えてしまった。



「ど、どこに行ってしまわれたのですか?」

「察しの良い君ならこの先の展開も読めるのではないかな」



 学校の美術室に彼女の自画像は戻ってきたのだ。何度、自宅に戻しても翌朝には、いつも彼女が作業をしていた美術室の一角に、イーゼルに架けられた状態で。


 監視カメラはすべて録画の映像が消えてしまい、警備員がついても目を離した一瞬のうちにイーゼルに架かった彼女の絵が現れる。


 除霊もできず、絵を処分すればもっと恐ろしいことが起こるかもしれないと、もはや誰にも手がつけられなくなってしまった。


 不気味すぎるということで、美術の授業は他の空き教室ですることになるほどだった。



「こ、ここまではよくある怪談話ですわね」

「この先も、おそらく君を驚かせるような意外な展開にはならないだろうな」

「あんまり聞きたくありませんことよ」



 美術室に戻ったSの自画像は、日に日に描き足され始めた。


 数週間がたちついに絵が完成したのだ。これで収まる。自画像は実家に引き取られたのだが、終わりではなかった。


 翌日、完成したSの自画像は美術室の壁に掛けられていた。


 まるで「私を忘れないで」と言わんばかりに。


 もはや誰もその絵をはずそうとはしなかった。


 美術室は空き教室に移転を余儀なくされたという。


 それ以来、元美術室の扉は封印され、誰も立ち入ることのない開かずの扉ができあがったのだという。



「もしかすれば、その扉を開いたら美術室だった部屋いっぱいにS様の自画像が増殖しまくっていたりしまして!?」

「さすがの想像力だな星宮先生」

「ぶ、ぶぶぶぶち転がして差し上げましてよ!」



 震え声かつ涙目で花音は握った拳を振り上げ、机上にドンとたたきつけた。少女の細腕の方が折れてしまいそうだ。


 黒森が咳払いを挟む。


「後にSの自画像からS自身が姿を消した……などの派生の噂も広まったようだ。学園ミステリー漫画では、元の美術室に死体が隠されているため人を近づけさせないよう、噂を作った怪人が出てきそうな話だな」


「け、結局どうなりましたの!?」


「さあな。私の知るところではない。これだから噂というものはたちが悪いのだ。人から人へと流れる間に変異し、より魅力的な謎をまとって人の耳目を引きつけてしまう」


 なんなら十割創作の可能性すらあると、黒森は締めくくる。


 花音は背筋をぶるりとさせた。


「ふ、古くからある学校でしたら怪談も似合いますけれど、英彩学園は移転して五年のほぼ新品ですわよね?」


「確かに施設はどれも新しいが、とかく人の集まるところには思念が渦巻き、そういったものを呼び込みやすい。もしかすれば、学園内で目撃されたという忍者も霊的なものかもしれないな」


 ふざけた様子もなく黒森は至極真面目に花音に告げた。


「意外ですわ。信心深いというかオカルトを否定しないだなんて」

「可能性を提示したにすぎないさ。何が君の推理に役立つかもしれないからな」


 キリッとした顔をするこの生徒会長。だが、雷が怖いのだ。


 お嬢様は内心、ぷーくすくす笑いである。気づくことなく青年は続けた。


「霊についての個人的な見解だが、過度に恐れる必要はないと考える一方、非科学的と断じてしまうのは時期尚早だ。怪談も噂のようなもの。火の無いところに煙りも立つまい」


「その火元が学園にもあるかもしませんのね」


 黒森はゆっくりと頷いた。


「ああ、そうとうも噂の根源だ。君は見つける保証はできないと言ったが、私は君にならできると信じているよ」


「おだててもなにも出ませんわよ」


 時々不意打ちで褒めるのやめて恥ずかしいですわ! と、少女の心が悲鳴を上げた。


 会長はノートPCの画面を少女に向ける。


「手始めに文化系の部活に話を訊きに行ってはどうだろうか?」


 学園のウェブページである。文化部の活動場所が見取り図とともに表示されていた。


 どこから手をつけても良いのだが――


「でしたらせっかくですし、こちらの部から聞き取りを始めましてよ」


 少女は部室棟ではなく、本校舎の一角を指さした。

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