そうあのトゲトゲのお花のアレはなんというか語彙消失いたしましたわ~!
実害があるわけでもないし、噂も立っていないのなら放っておけばいいとさえ思う。
黒森はどうなのだろう。少女は縦巻きロール髪を人差し指でくるくると遊ばせた。
「犯人を捕まえたらどうしますの?」
「どうもしないさ。理由を訊き、なぜこういったことをしたのか確認し、止めてもらうようお願いするだろう」
概ね平和的だ。強制退学のような権限はさすがに持ち合わせていないらしい。
黒森がじっと花音を見つめる。大きな黒い瞳は吸い込まれるような色気があった。
「なにをぼんやりしている。他には何かないのかね?」
「えっ!? あ、ええとぉ……」
瞳に見入っていたとは口が裂けても言えず花音は口ごもる。
黒森はスマホの画面に映った紫の花に視線を落とした。
「それにしてもアザミという花は、どうしてこうも尖っているのだろう。まるで触れないでほしいと言わんばかりに」
「花はおしゃべりなどいたしませんわ。生徒会長様は意外にロマンチストですのね」
「例え話だ。今の言葉は忘れてくれたまえ」
「言葉……花の……あっ」
少女の脳裏に閃光がほとばしり、カボチャランタンマスクに全身黒タイツの男が踊り狂う映像がフラッシュバックする。
と、同時に窓の外が真っ白く染まった。
一瞬の沈黙の後――
ズガガガガガガガアアアアアアアン!
と、空気を切り裂き怒声のような雷鳴が鳴り響く。
「花言葉の存在をすっかりわすれていましたわ~!」
と、少女が思ったのもつかの間、目の前から黒森の姿が消えていた。
机の後ろに回り込むと生徒会長が頭を抱えてうずくまっている。
「あらあらあらあら。もしかして生徒会長様は雷が苦手でして?」
「君が大きな声をあげたものだから、少々驚いて椅子から転げてしまっただけだ」
眉一つ動かさず苦しい言い訳で返すと青年は立ち上がった。
「それで花言葉がどうかしたのかね?」
「貼られていた場所によって違う草花にしているというのなら、その場所と花が持つ言葉に何か関連性があるのかもしれませんわ!」
「ふむ、なるほど。調べてみるとしよう」
黒森はノートPCで白爪草とアザミについて検索をかけた。
二人並んで画面をのぞき込み結果を共有する。
肩を寄せ合い花音が画面を指さした。
「白爪草の花言葉は幸福とか幸運とか約束ですわね。あら! あらあらあら私を想ってくださいだなんてものもありますわ」
「学食の券売機に貼られた理由とつながるものはあるかね?」
「あまりピンと来ませんわね。ただ、嫌がらせの類いではないかと存じますわ」
続けてアザミの花言葉を調べる。黒森が小さくうなった。
「独立、報復、厳格、触れないで……とある」
「きっと今回は厳格ですわね」
「なぜそう思うのか訊かせてもらおうか」
「全校生徒に向けてスピーチをする講演台ですもの。威風堂々厳格さをもってほしいという意味が込められていましてよ。おほほほ!」
口元を手で隠し胸を張り、慎ましくドヤ顔をするお嬢様に生徒会長は――
「つながらなくもない……か」
自身の顎を親指と人差し指で軽くつまむ。納得未満という横顔だ。
「って、ちょっと先ほどから近すぎますわよねわたくしたち!」
「おっと。気づかなかったな」
花音は飛び退いて再び机を挟んだ対面側に立つ。
黒森は口元を緩ませた。
「今後も仲良くしようではないか」
「はいぃ? 急にどうしましたの? 頭でもおイカれになられたのかしら」
黒森が手元も見ずにキーボードを弾いた。
「私は正気だとも。……しかし花言葉か。調べ方によっては同じ花でも無数にあるようだな。色によっても花言葉は変わるらしい」
「え、ええ。よくご存じですのね。わたくしも今、同じ事を考えていたところですわ」
「我々が知らない花言葉が隠されているかもしれないな」
「それがどういたしまして?」
「解釈する人間によっては伝えたかったメッセージも相手に都合良くねじ曲げられることがある。一つの花に複数の花言葉。取り違えぬよう留意が必要だ」
「も、もももちろんですわよ」
「他にも学園内に同じような花の画像が隠されているかもしれない。留意してくれたまえ」
「でしたら不審なQRコードを全校生徒に通報してもらうようにしてはいかがかしら?」
「うむ……そうしたいのは山々だが、あまり事を大きくはしたくないのだよ。全校に言ってしまっては、犯人が警戒して尻尾を出さなくなってしまうだろう」
「え、ええ今のは引っかけですわ。よく気づきましたわね。偉い偉い。せっかく隠しカメラまで設置しましたものね」
「こんなことでお褒めにあずかり光栄だよ星宮きらら先生」
「だからその名前を出すなって言ってんだろうがでございますわッ!!」
絶対にわざとやっていると花音は思う。が、今は握った拳から殺意の波動を解放した。
謎のQRコードについて知ってしまった以上、協力員を止めて放り出すのはなんとも中途半端である。
ひとまず他にも見つかれば共通項が見えてくるかもしれない。と、花音は謎のQRコードについて心の中でまとめたのだった。
席に着いた黒森がスッと少女を上目遣いで見る。
「ところで今回の中間考査の結果だが、君は二位だったそうだな」
「ぐぎいっ」
変な声で鳴く少女に黒森はレンズ越しに目を細めた。
「入試主席の成績優秀品行方正なお嬢様らしからぬ声だな」
「ほ、放っておいてくださいまし。会長様は学年一位でしたわね。大変ご立派ですわ」
「会長の義務だ。君も秋の生徒会長選挙に出馬するなら期末考査では一位を奪還したまえ」
「わ、わかっておりましてよ」
黒森は前髪を手ぐしで掻き上げ呟く。
「君を下した人間がいるということには驚いたな。もしや私の捜査依頼が学業の妨げになってはいないかね?」
「ご、ご心配なくですわ!」
「そうか。あまり無理をしないでくれたまえよ。執筆をする大事な体でもあるのだからな」
だったら最初から脅迫じみた方法で頼むんじゃねぇですわ! と、だんだん心の中でも口が悪くなる花音だった。
「何か言いたげだが?」
「そろそろおいとましてよろしいかしら?」
黒森は人差し指を立てると左右に揺らした。
「まだ今後の捜査方針について訊いていないのでな」
「うぐぅ……蛇のようにしつこいですわね」
「私はどちらかと言えば獅子のイメージをもたれがちだが、君には蛇に見えるようだな」
黒森玲央。獅子成分の99%はその名前由来だろうと花音は思う。
「でしたらわたくしは、さしずめ花の妖精といったところかしら。うふふおほほほ」
「君は花の妖精というよりも……時々誤作動する目覚まし時計のような女性だな」
「な、なんとおっしゃいまして!? 侮辱ですわ! 白い手袋があれば投げつけているところでしてよ!」
「備品庫に園芸作業用の軍手があるが、必要かね?」
「あるなら是非使わせていただきたいところですわね」
「ふむ。申し訳ないが鍵を紛失してしまって開けられないのだよ」
「ムキョオオオオオオオオオオ! いったいなんなんですのおおおおおおお!」
「君といると賑やかで退屈しないな」
生徒会長はふっと表情を緩ませる。何を言われようと花音には嫌味にしか思えない。
とっとと次の捜査方針を話してしまおうと少女はスクールバッグからメモ帳を取り出した。
「おや、スマホではなくメモ帳とはアナログだな」
「デジタルばかりが良いものではありませんわ。ええと……」
ペラペラとメモ帳をめくると「どす恋ポニーテール断髪式」の一文が目にとまった。
筆跡は間違いなく自分だが、なんのタイミングでメモをしたのかいまいち思い出せない。
最後のページに今後の方針の走り書きを見つける。
「今後は開かずの扉の噂について調べますわ」
「なるほど。今回は学園内全般の施設が捜査の対象になるだろう。時間はかかるかもしれないが、がんばってくれたまえ」
「ねぎらいの気持ちがあるなら助手の一人もつけてくださいませんこと?」
「おやおや泣き言か?」
「ち、違いますわよ別に。それに雷を怖がるような足手まといは不要ですし」
「私は雷など怖がっては……」
窓の外が一瞬、フラッシュが焚かれたように真っ白に染まった。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
と、遅れて建物を振動させるほどの轟音が響く。あまりの音に花音は両手で耳を覆ってしまった。
そして――
またしても生徒会長の姿は机の前から消えていた。




