初対面の殿方に強引に迫られて心臓がバクバクですわ~!
「ど、どどどどうしてそれをッ!? その名は禁じられし禁断の禁忌ッ!?」
「先生の語彙力は外出中のようだな」
黒森は花音を解放すると、生徒会長の椅子に戻る。
少女の体は縛られたように動かない。
『星宮きらら』
たった一言、それだけで。
心拍数が上昇する。白い肌にじわりと汗が浮かんだ。顔が熟れたトマトより赤くなり、視線は激しく宙を泳ぐ。
会長の椅子に座り直した黒森の口元が緩む。
「情報は正しかったようだな。安心したまえ。先ほども言った通り人払いは済ませてある」
早く脈打つ胸を手で押さえ、深呼吸を三度。花音は黒森をキリリと見据えた。
「お、おほほほ。ひとまず最後までお話だけは伺いますわね」
「ここまでぎこちないお嬢様笑いは初めてだな。ともあれ、傾聴の姿勢を見せるのは良い心がけだ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ生徒会長様」
言葉とは裏腹に少女は悔しげに下唇を噛む。
「今にも誰かを呪い殺しそうな表情だが、反抗的でいられるのも今のうちだ。君は私の要請に対して、最終的にハイかイエスで応えることになるだろう」
絶対にノーを叩きつけてやる。場合によってはぶち転がしてさしあげますわ。と、花音は思った。
『星宮きらら』の名前を出された以上、穏やかで朗らかなお嬢様ではいられない。
黒森はじっと花音を見据える。
「この学園には名士の子息子女が多数在籍している。筆頭たる君なら当然理解しているだろう」
金持家は日本有数の割とガチめな財閥である。土地開発から重工業に金融、自動車やら家電やらロケットの打ち上げにロボットなどなど、手広くやりすぎていて本業がわからないほどだ。
「ええ、もちろん存じ上げておりましてよ」
「あらぬ噂がこの学園の外にまで広まろうとしている」
「はぁ……噂ですか。唐突すぎていまいち要領を得ませんわね。回りくどいのは無しにしていただけますこと?」
「名門校にあるまじき悪評は問題なのだ。しかも一つ二つではない。醜聞を聞きつけ動画配信者なる輩が学園に突撃を画策している……と、これも事実確認が取れていない噂だが、報告が上がっている」
黒森が噂を嫌っているのだけは少女も理解した。
「警備の方々もいらっしゃいますし、気にしすぎではありませんこと? 人の噂はせいぜい七十五日といいますし。高校生なら、そういったものが広まるのも仕方ないかと存じますわ」
「事件になってからでは手遅れだ」
「でしたら相談するのに良い相手を教えて差し上げますわね。警察というのですけれど、ご存じかしら?」
口元を手で覆い隠して少女は目を細める。
「取り合ってもらえると思うかね」
それはそう。当然。当たり前。もちろんわたくし知っていて皮肉りましたの。と、花音は頷いた。
警察が動くのは主に事後だ。
黒森が続ける。
「生徒会のウェブページに噂の通報フォームがあるのだが、昨年まで月に平均二~三件だった報告が、四月になって急に百件を超えたのだ。対策を講じるに十分な数字と判断した」
急激な増加率だと花音も思う。何かきっかけがあった。……と、考えるのも仕方ない。人間、悪いことが起こればつい他人のせいにしたくなるものである。
新入生のせいにされるのは、はなはだ心外だが。
「それで……わたくしにどうしろと? 校舎の屋上から全校生徒めがけて『噂を流すのはおやめになってくださいまし~!』と、絶叫でもしましょうかしら」
「名案だが最終手段にとっておこう。切り札をきる前に……君に噂の根源を突き止めてもらいたい」
「はいぃ?」
某ドラマの特命係の刑事よろしく、花音はねっとり語尾をあげて首を傾げた。黒森は大きな目を見開き、告げる。
「首謀者がいるのか。はたまたリーダーを持たないグループによる噂の拡散なのか。偶然、報告が重なった可能性もあるにはあるが……」
「それこそ生徒会のお仕事ではありませんこと?」
「私や生徒会のメンバーは学園の運営業務に日々を追われている。自由に捜査し調査できる外部協力員を必要としているのだ」
「なるほどそうですのね。これからもご公務、がんばってくださいまし。けれども、わたくしはごく普通の一般的な生徒ですから。捜査や調査だなんてとんでもございませんことよ」
花音はそっぽを向いた。
黒森の視線が花音のバッグに注がれる。
「ハイブランドが校則で禁止されていないというのに、君はまるで普通の高校生のようなスクールバッグを使っているな」
「わたくしの趣味にとやかく言われる筋合いはございませんわ」
手荷物から所有者の心理を読み取ろうとしてくる黒森に、花音の警戒心が高まる。
「なにも君の家柄の力でどうこうしてほしいというのではないのだよ。私はむしろもう一人の君……星宮先生にお願いしているのだ」
少女の肩が細かく震える。
「そ、そ、そんな名前知りませんわ。先ほどからいったい何様のおつもりでいやがりまして?」
「君の独特な口調や言い回しについては目をつむろう」
「声なのに瞳を閉じるだなんて滑稽でしてよ」
「その生意気な唇を今すぐ塞いでも良いのだが?」
レンズ越しのイケメン男子の眼差しに、少女は口元を慌てて手で隠す。視線を床に逸らし頬を赤らめた。
「いきなりキスをしようだなんて、欧米も真っ青になる距離の詰め方ですわね」
「君は何を言っているのかね?」
「あら、ご存じありませんの? 唇を塞ぐということはその、せ、せせせ、接吻で……ということなのでしょう?」
「バカも休み休み言いたまえ」
「バカ……バカ……バカ……バカ……」
「バカとバカの間に四分休符を入れろという意味ではないのだが」
「知っていましてよ。わざとでしてよ」
黒森は一際大きなため息を吐く。
「これが中身とはにわかに信じがたいな」
「なんですの? 失望しましたファン辞めますとでも言いたげですわね」
「ファンではないが資料として君の作品にはすべて目を通しているからな」
「作品? はああああ? 何のことかしらおほほほほ」
「星宮先生の描く探偵は、相手の仕草や視線の行方を観察して、見事難事件を解決する……まるで現代に蘇ったシャーロック・ホームズのように」
「おほほほほうぐうっ!?」
おほほ笑いからシームレスにうめき声を上げて、花音はソファーの背もたれにのけぞった。
言い逃れはできなさそうだ。