時を超えた贈り物
「あら?この白い珠みたいな表現は、おもしろいわね…。」
絵を眺めていたマリーが言った。絵の中の二人の周りに、白い小さな玉がさりげなく、東屋に差し込む光に溶け込むようにして数多く描き込まれていた。
マリーがそう言うと、カイルが思い出したように言った。
「そう言えば、以前ジルが言っていたな…。マリーが「お大事に」とか「お元気で」と言うと、白い玉みたいな塊が、ふわっとマリーの周りに出てくるのが見えることがあるって。それは、なんだかあったかい感じがする玉なんだそうだ…。」
「トマさんがジルのその話を聞いて、絵のモチーフとして書き入れたのかもしれないな…?」
「……、なんだかこれ、かすみ草のお花みたいね…?」
マリーがそう言うと、カイルが穏やかに答えた。
「そうだね…。あの時、シルヴィは知らなかったかな? 神殿に訪れてくる民の中には、ときどきいたんだ。ジルみたいに、君の周りに白い玉が出てくるのが見える、っていう人が…。」
「え?」
「だから、君は〝かすみ草の聖女〟って言われていたんだよ…。」
カイルが懐かしむような目をして、マリーに言った。
「そうだったのね…。」
マリーは、遠い過去からも贈り物をもらったような気がした。
ふと気がつくと、涙で自分の頬が濡れていた…。
そして、やさしく肩を抱いてくれるカイルと一緒に、ずっと絵を見ていたのだった。
中興の祖と言われるアルベール王の時代を研究している歴史家ルフェーブルは、ある日気がついた。
同じ時代の様々な分野の記録や文献の中に、〝マリー夫人〟という人物の名前が何度も出てくるのだ。そして、公的な記録には、その人物の所属や職名、役職は書かれていなかった。
〝マリー夫人〟は、災害時の緊急初期対応のノウハウを確立した人物であると、古い救急医学の書籍に記載がある。
また、女性初の閣僚であり、建設大臣を歴任した、クレア・バレル氏が初めて陣頭指揮をとった、当時氾濫を繰り返していた大河の護岸工事の記録に、工夫たちの安全と健康の管理に貢献した人物として、その名がある。
国境を跨ぐ鉱山の権益をめぐる、難しい外交交渉では、我が国でのみ栽培が成功している薬草が、重要な外交カードとして用いられ、その薬草を提供した薬草園のオーナーもその名である。そのオーナーは当時の外務大臣夫人の親しい友であった貴婦人とされている。
また、とある作家の随筆の中に登場する、近所にあった薬房の女主人がその名であった。その女主人は、どんな病の悩みも、どんな人生の悩みにも親身になって相談にのり、その薬房を訪れた人は皆、癒される思いがして心が軽くなり帰っていったという。
この国に設立された、騎士学校の初代校長である、カイル・ランベルト氏の夫人もその名であった。
ランベルト氏は愛妻家で知られ、どこへ行くのにも夫人を伴い、婦人は夫である同氏をよく支えたという。また同氏は、アルベール王のよき友人であり、相談相手でもあったと王家の記録にある。
カイル・ランベルト氏は、校長就任後、長年に渡る国と騎士団への貢献により、子爵に叙爵、また後には伯爵に陞爵されている。
あまりにも多岐に渡る分野と場面にわたり、〝マリー夫人〟の名前があるので、歴史家のルフェーブルは〝マリー〟という名はありふれているということもあり、別々の人物であろうと結論づけた。
しかし、ルフェーブルは知らなかった。王立美術館に所蔵されている絵にもその名があることを。
王立美術館は、アルベール王の妹アンヌが創立した美術館である。
王妹アンヌは、自身も画家として著名であり、絵画や美術を通じて、他国との交流や、国の芸術文化の発展に寄与した人物としても高名であった。
王立美術館の一角に飾られている、アンヌの作と言われている、その絵には、穏やかな表情の壮年の貴族夫妻を中心に、その周りを囲んで二組の若い夫妻と3人の子供たちが、やわらかなタッチで描かれていた。
そして、その絵の裏側には、
〝我が生涯の友マリーと、その家族〟
と書かれてあった。
読んでいただき、ありがとうございました。