侯爵家の庭園
マリーとカイルの結婚式を7日後に控えたある日、マリーは、カイルの実家、ランベルト侯爵家の広い庭園の一角で、薬草の種を蒔いていた。
そこへ、騎士団の勤務を終え、カイルが帰ってきた。カイルは以前と同じ剣は振るえなくなってしまったことと、マリーと共にいる時間を大切にしたいという思いがあり、護衛騎士の任を辞していた。
現在は、騎士団の訓練と教育に携わる仕事をしている。
「マリー、ただいま。休憩にしないか?」と、カイルは笑顔で声をかけてきた。
「うん、もう少ししたら。きりのいいところまでやっておきたいの…。」
「じゃあ、俺も手伝う。」
そう言って、カイルは、騎士服の上着を脱ぎ、ベンチにかけると、土を整えたり、石をどけたりと、手際よく作業をしていく。
カイルは、マリーの薬草栽培の手伝いをすることが好きなようで、ランベルト侯爵家のマリーの薬草栽培用のスペースは、拡大の一途をたどっていた。
作業が一段落をして、屋敷の中に戻る途中、カイルが言った。
「もうすぐに結婚式なんだから早めにここで暮らせばいいのに。毎日ここに来るのは大変だろう?そうだ、今晩は泊まっていくのはどうだろう?」
「あら、そんなことを言っていると、またお兄さまに〝やっぱり嫁にはやらん!〟って言われてしまうわよ?」
マリーはクスッと笑いながら言った。
「それは、困る。ルーカス殿はマリーに関することには厳しいからなぁ。」
カイルが真面目な顔をして言う様子を見て、マリーは胸がほんのり熱くなった。
そして、歩いているカイルの右手の中に、自分の手を滑り込ませ手をつないだ。
カイルは横に並んだマリーの顔を見て、満ち足りた笑顔で微笑んだ。
マリーとカイルは、結婚後はランベルト侯爵家の離れで暮らすことになっていて、今は調度品の調整など、最後の準備が行われている。
カイルは、両親や兄二人とも仲がよく、マリーもカイルの花嫁として、とても気に入られたので、ぜひに、と言われ、侯爵家の離れを改装し、使わせてもらうことになったのだった。
離れの内装や家具の選択などは、張り切ったカイルの母親である侯爵夫人に一任したので、マリーは新居の中もまだ見てはいなかった。
初めてランベルト侯爵家を訪れたとき、まず、マリーは庭園の広さに驚き、目をキラキラさせた。それを見たカイルは、正式に婚約者となったマリーのために、真っ先に、侯爵家の庭の中でマリーが薬草栽培を始める許可を取り付けたのだった。
王宮を辞する挨拶を各所で終えて一段落した後、マリーは嬉々としてランベルト侯爵家へ薬草園を作るために通ってきていた。
結婚式の準備よりもはるかに熱心に、造園に手をかけるマリーの姿を見て、侯爵夫人は驚いていたが、マリーの明るく素直な気質をすぐに気に入り、娘のように可愛がるようになった。
また、カイルとマリーの、とても仲のよい様子は、侯爵夫人の目からも見ても微笑ましかったが、ときどき若い二人の様子が、まるで何十年も一緒にいるかのような、阿吽の呼吸の雰囲気を漂わせていることがあり、不思議に思っていた。
侯爵家の本館のティールームで、カイルは持ち帰ってきた大きな包みをマリーに見せた。
「今日は、アンヌ王女様に呼び出されてね。学園へお伺いしたら、結婚祝いだといってこれを渡されたんだ。」
マリーがカイルと一緒に包みをあけてみると、それは立派な額に入れられた1枚の絵だった。
そこには、庭園の中の東屋らしき所で、マリーが椅子に座り、カイルがその隣に佇んでいる姿が描かれているものだった。絵の中の二人は穏やかに微笑んでいて、幸せそうである。
「まあ、いつの間に…。そういえば、しばらく前、王女様にご挨拶にいったときに、いきなり似顔絵を描くから、といって私をスケッチされたことがあったわ。そのときには、絵を見せてもくださらなかったから、おかしいな?と思っていたの。」
「ああ、俺もそんなことがあったな。」
「王女様とトマさんの合作だと言っていた。」とカイルが言う。
合作とは言え、王女様がこんな素晴らしい絵を描くようになったのかと、マリーはうれしくなった。




