治療院での日々
カイルは王城のはずれにある、騎士のための治療院へ入ることとなった。
もう命に別状はなかったが、全身の打撲と消耗、貧血が激しかった。
マリーは、昼間はカイルの傍にずっと付き添っていた。
このまま今までの部屋にいることはできないからと、北棟の離れの部屋は引き払い、荷物はブランシェ家に送ってもらった。
そして、マリー本人は、クレアにお願いして、政務部に許可をもらい、夜は女性政務官用の宿直室を借りて寝るようにした。マリーの食事は、下女のドリーが用意をしてくれた。
女官に採用する、と言ってくれた女官長には申し訳ないと思いながらも、マリーは、ただただカイルのそばにいたかった。
この身が許される限りは、もう二度と大切な人のそばから離れない…、そう静かに決意をしていたのだった。
マリーの看病のかいがあってか、カイルはどんどん回復していった。
そして、ある日、神官長がカイルとマリーの元を訪れた。
「二人とも、よく生きていてくれたね。まずは、これを返そう…。」
そう言って、神官長は小さな透明な水晶玉を3つ、マリーに渡してくれた。
「王太子様が、血まみれになって落ちていたのを回収してくれてね…。」
「ありがとうございます。」
マリーは、水晶玉をずっと持ち歩いていたので、マリーにとっても、大切なものになっていたのだった。
「ところで、カイル君が瀕死状態になったとき、マリーさんの歌によって光の玉が出現した現象と、同時に現れた光の柱についてなんだが…」
マリーとカイルは、それらの現象について、その場にいた他の護衛騎士から聞いていた。
しかし、マリーはそのときのことはうっすらとしか覚えていなかった。
「神官長、申し訳ありません。私にもよくわからないのです。」
と、マリーは答えた。
あの後、何度子守歌を歌ってみても、同じようなことは起きなかったからだった。
「そうか、やはり、神の御業と捉えるしかないのだろうね…。」
と神官長は静かに言った。
神官長が帰っていった後、カイルはマリーに小さな声で言った。
「俺は思っているんだ。あの時の子守歌は、マリーの思いが神様に通じて言霊の力が強くなり、光の柱は、天にいる聖養母さまが助けてくれたのではないかな…と。」
「私もそう思うわ…」と、マリーも小さな声でカイルに返した。
そして、また別の日、カイルがマリーに聞いてきた。
「そう言えば、マリー、聖養母様の子守歌の歌詞…」
「ああ、あれ? カイルがなかなか教えてくれなかったから、自力で思いだしたのよ。」
「そうか…」とカイルが笑った。
「でもね、あの歌、2番もあったでしょう?
2番の歌詞はまだ思い出していないの…」
「2番か…、今度教えてあげるよ。」
「ええ~?! また〝今度〟?」
マリーが少し拗ねた顔をした。
「ああ、約束する。」
「じゃあ、退院したら、教えてね。」
「ああ。でも交換に、退院したらでいいから、俺もリクエストしてもいいか?」
「え?なあに?」
「アップルパイを焼いてほしい。俺のためだけに。」
マリーはふふっと笑って、「もちろんよ。」と答えた。
そして、ベッドの上に座っているカイルの唇に、軽くキスを落とした。