突然の異変
私も!」「僕も!」とその後たくさんの子供たちに似顔絵をねだられ、アンヌは時間の許す限り子供たちの似顔絵を描いていった。
そして、またここへ来ることを子供たちに約束した。
後片付けと帰り支度をしているとき、アンヌはマリーに言った。
「マリー、私、見つけたわ。自分の好きなことで、人の役に立てること。」
アンヌの顔はとても晴れやかだった。
マリーには、率先して立ち働くアンヌの後ろ姿が、眩しく感じられた。
帰りの馬車へ乗り込む前に、女官長がマリーに声をかけてきた。
「マリーさん、今日のご公務についての、あなたの反省や改善点についてはまた報告書として出していただきますが…、概ねよくできたと思いますよ。95点といったところです。
ところで、あなたが女官見習いとなった初日、私がした質問をもう一度します。
〝あなたは何をしに、ここに来ましたか?〟」
「はい、私は、王族の方をお助けすることを通じて、国民の幸せのために働きたいと思い、」
参りました。」
マリーは淀みなくはっきりと答えた。
女官長はにっこりと笑って言った。
「よろしいでしょう。もしあなたが王太子様の求婚を受けなかったら、女官としてあなたを採用いたします。」
帰り道で、慰問の一行の馬車3台と護衛騎士4騎が、王都の街に入る少し手前で、その異変は起こった。そこはまだ森のはずれだった。
先頭の馬車には、女官長と侍女や下女たち、真ん中の馬車には王太子と王女と王女付きの侍女が乗っていた。マリーたち、元侍女の3人が乗った馬車は、列の最後を走っており、馬車の列の前後を護衛騎士が2騎ずつ走っていた。
突然、人ならぬ「ギャー」という大きな声と羽音と共に、馬車の斜め後方を走っていた騎士の悲鳴が響いた。
マリーが馬車の窓から後ろを覗き込むと、赤色の、馬車と同じ大きさのドラゴンが、馬上の騎士を襲っていた。
マリーは、同乗していたミリエルたちが声をかける間もなく、何事かと停車しかけていた馬車から飛び降りた。
そして、御者に声をかけた。
「ドラゴンよ!早く逃げて! 私は騎士を救助しに行ってくる!」
御者台にいた御者はマリーの言葉に一瞬ぽかんとした顔をした。けれども、ドラゴンの叫び声に振り向き、ドラゴンが見えたのか、真っ青になり、すぐに鞭を振るい始めた。
マリーは身を翻して、騎士が襲われたあたりを目指して走り始めた。
襲われた騎士は、ドラゴンの翼に跳ね飛ばされ、土の上に倒れているようだった。
20馬身ほど離れている、騎士の傍にいるドラゴンと、マリーは一瞬目が合ったような気がした。
ドラゴンの目は真っ赤に染まり、口から多量の泡まみれの唾液をこぼしていた。
〝あれは、おそらくは人食いドラゴン!〟
マリーは戦慄した。