王女様の初めてのご公務です
アルベール王太子のプロポーズから10日程経って、女官長がマリーに言った。
「マリーさんの努力もあり、教育カリキュラムがだいぶ終わりに近づいてきました。少し早いのですが、一つ、公務を担当していただこうと思います。」
「え!?王妃様のご公務でございますか?」
驚いたマリーに女官長は答えた。
「いいえ、アンヌ王女様のです。王女様からは、学園在学中であっても、少しでもご公務を経験していきたいと、少し前からご要望がございました。そこで、今回王妃様のご意向で、王女様に小さな孤児院を慰問していただくことになったのです。」
その孤児院は王都の隣町にあって、王都の街から小さな森を抜けたところにあるということだった。
アンヌ王女にとっては、事実上初の公務となる慰問に携わるということに、マリーは喜びを覚えると共に身が引きしまる思いがした。
慰問は20日後と決まり、マリーは各種の手配や準備に追われた。
孤児たちへ持っていくプレゼントやお菓子、振舞う料理の準備、馬車の手配や学園側との調整など、女官長の指導の下、一つ一つ進めていった。
その間、アルベール王太子は、今までと変わらずに、よくマリーに会いにきていた。
しかし、プロポーズの返事については何も言わず、いつもと同じく、マリーに小さな贈り物を持ってきては、お茶を飲み、くつろいだ様子をみせるだけだった。
ただ、別れの挨拶に、毎回マリーの手の甲や指にキスを落としていくのだけは、プロポーズの後に加わったことだった。
マリーは、学園を訪問して以来、カイルに会えていなかった。
マリーは少し寂しくなったときは、無意識に自分の指先を唇にあてていた。それは、そこにあるはずもない、カイルの温もりを探すかのようだった。
アンヌ王女の初めての公務である慰問の話を聞きつけて、ミリエルとクレアも駆けつけてくれることになった。
また、女官長もお目付け役として慰問に同行してくれることになっていた。
マリーがアンヌ王女と段取りなどについて手紙のやり取りをしていると、アンヌが今回もカイルの同行を願い出ている、と文面の中にあった。
マリーは、久しぶりに、カイルの姿を見ることができるかもしれないと思い、うれしくなった。
当日は、ミリエルたちや護衛騎士らと、王城の大門前の受付フロアで待ち合わせることになり、その後学園へ向かい、アンヌ王女と合流することになっていた。
しかし、そこに現れたのは、ミリエルやクレアや、カイルたち護衛騎士だけではなかった。
アルベール王太子が、その金髪を輝かせながら、マリーたちに笑顔を見せた。
そして、「私も、アンヌの慰問に同行させてもらうよ。」皆に言い、
すぐにマリーの手を取り、手の甲にキスをした後、
「僕だけ置いてけぼりは心外だからね。」といって、微笑んだ。
馬車の中で、マリー達は互いの近況を語りあった。
「クレアは、今日はわざわざお休みを取ってくれたの? 大丈夫だった?」
マリーがクレアに聞くと、
「大丈夫よ。私は優秀な政務官見習いですから。」と言った。
「毎日大変だけれど、やりがいがあるわ。」
そういうクレアの頬は以前よりもすっきりしていて、けれども目には強い光があった。
「ミリエルは、益々きれいになっているんじゃない?」
ミリエルの薄い色の金髪は、さらにツヤツヤとした輝きを増しているようなので、マリーは言った。
「そうでしょ?だって、ただ今、絶賛婚活中ですもの。もっと褒めていただいてもよろしくてよ?」
そう少しおどけて言う、ミリエルの言葉に、三人はクスクスと笑いあった。