落ち着くのは、大事
ドラゴンから家一軒分の近さまでたどり着いたとき、マリーの息はかなり切れていた。
〝最近は全然肉体労働をしていないし、すっかり体力が落ちてしまったわ〟
ドラゴンは次々と商家の屋根に飛び移っては、しっぽや足で屋根や壁を破壊していっているようだった。ドラゴンの通った跡のがれきからは複数の「助けてくれー!」「ここにいるー!」という声が聞こえてきた。
〝逃げ遅れた人がいるんだ!〟
〝落ち着いて!神様、どうかご加護を!〟
マリーは集中して息を整えようとした。
そこへ「おい、君は何をしているんだ!早く逃げろ!」
凛としたよく響く男性の声が後ろからマリーに投げかけられた。
王都を警備する騎士団が現場に到着したのだろうか?
〝なかなか早かったのね。優秀だわ…〟
マリーは頭の片隅で考えながらも、振り向きはしなかった。
「おい!聞こえているのか!?逃げないか!」
声に焦りの色が混じってきた。
「お願いだから、黙っていて。ドラゴンを刺激しないで…」
マリーが落ち着いた声でまたも振り返らずに返した。
すると、ドラゴンがマリーに気がつき道の上へ降りてきた。
ドシーンと地面が振動し、土煙が舞う。
いきなり土壁が出現したようだった。ドラゴンの口の大きさはいとも簡単にマリーをくわえることができそうだった。二つの眼は狂暴な光をたたえているものの、その赤い輝きに吸い込まれそうだった。
「ドラゴンさん、お願い、ここは私たちの大切な街なの。ドラゴンさんにとっては壊すのが楽しいかもしれないけれど、これを代わりに差し上げるから、山へ帰ってくれませんか?」
マリーはリボンを巻きつけた玉をドラゴンの足元にそっと置いた。
玉が日の光に照らされ、リボンに縫い付けてあるビーズがキラっと輝いた。
ドラゴンはマリーの話を聞いているかのように、首を傾け、そしてゆっくりと玉をつかんだ。そして、空に向かって大音量で「ギャー」とひと吠えしたかと思うと、風を起こしながら、あっという間に北の方角へ飛び去っていった。
「ありがとう、ドラゴンさん…」
マリーはどんどん小さくなるドラゴンの背に向け、やさしくつぶやいた…。
そしてようやく、くるっと振り向き、10人ほどの馬上の騎士服姿の男たちに声を発した。
「王都守護の騎士団の方たちですか?お疲れ様です。」
土埃りで顔や服が汚れ、もはやワンピースとも呼べない、まるで素足にズタボロのチュニックだけを着ているかのような服装をした栗色の髪の女性(??)の姿に、その場にいた騎士たちは全員あっけにとられ固まった。