いつも貴方が
「カイルは、トマさんの所へ、回復訓練のやり方を教えに行ってくれていたのよね?」
と、マリーはカイルに聞いた。
「ああ、騎士の訓練を応用して、トマさんにあったものを教えていた。王女様にお教えしていたのも少し取り入れたかな? トマさんはとても熱心に取り組んでくれたよ…。」
カイルは、とつとつと話してくれた。
「カイル、ありがとう…、私だけでは、トマさんをここまでお連れすることはできなかっわ。」マリーが心からそう言うと、
カイルは「いや…」と、ほんの少し頬をゆるめた。
「ねえ、カイルはどんな学生さんだったの?」
マリーが弾んだ声で聞いた。
「どんなって、普通だよ。騎士になりたかったから、剣術の稽古と鍛錬をずっとやっていたかな…?」
「一緒に学生時代を送ってみたかったなぁ。そうしたら、カイルにアップルパイを差し入れしてあげたのに…。」
「……、アップルパイ…、それはいいな…。」
カイルがぼそっとつぶやいたので、マリーはふふっと笑った。
「私はね、ほら聖女のときは、落ちこぼれだったでしょう?だから、今世こそは華々しく活躍するぞ!って思っていたの。だから勉強を自分なりに頑張っていた。結局、学年3位以内に入れなかったから、政務官見習いの推薦はもらえなかったけれど…。」
マリーは思わず自分の学生時代の頃の思いを話していた。
たった1年半位前の話なのに、いろいろなことがあり、遠い昔のような気がした。
「今、大活躍しているじゃないか? 王女様の信頼厚い優秀な侍女だったし、神官長の協力者だ。もうすぐ女官にもなる、それに……。」
「それに?」
「いや、君は何でもなれるってことさ。白薔薇だって、白百合だって似合う…。」
カイルは、かつての首席聖女や次席聖女の呼び名のことを言っているのだと、マリーにはわかった。
「君には、どんな花だって似合うし、どんな花にもなれるんだよ。」
カイルは、マリーの瞳を見つめてしっかりと言った。
〝どんな花でも似合う…〟マリーはその言葉に覚えがあった。
そして、思い出した。
〝どんな花でもお似合いになる貴女へ〟、それは、王宮に侍女として初めて上がった日に、たくさんのお花と共に置いてあったカードに書かれていた言葉だったことを。
「あのメッセージカードとたくさんのお花は、カイルからだったのね? 私に贈ってくれたのね?」
そんなに前から、カイルは自分のことを見ていてくれた、見守っていてくれた…、過去世からさえも…と思い、マリーの目から涙が溢れてきた。
「カイル、ありがとう…。」
そして、そう言うマリーの若草色の瞳から、次から次へと涙の粒がこぼれ落ちてきた。
それを見て、カイルは思わずマリーのことを抱き寄せていた。
「マリー、泣かないで…。」
マリーはカイルの匂いに包まれて、くらくらした。
そして、カイルがマリーの片手を握ってくると、繋いだ手のひらから、何かが流れ込んでくるような気がした。
「カイ…ル…?」
カイルはマリーの左の瞼にキスを一つ落としてきた。
自分を見つめるカイルの茶色い瞳が、とても近いところにあった。
カイルの指がやさしくマリーの頬を撫で、涙を軽く拭った。
そして、カイルの瞳がふいに伏せられた次の瞬間には、マリーは唇にやわらかい温もりを感じていた…。
そして、その温もりが不意にマリーから離れ、
「ごめん。」と言って、カイルはその身を翻して、その場を去っていってしまった。