王太子の相談
マリーの講義が軌道に乗ってきた頃のある日、アルベール王太子は、女官長に思い切って相談してみることにした。
「女官長、マリーは、全然私の気持ちをわかっていないよな?」
「僭越ながら…そのようですわ。王太子殿下。」
女官長がきっぱりと答えた。
「そうだよな、誰から見てもそうだよな…。」
執務室のソファに座っていたアルベールは、頭を抱え、くしゃっと金色の髪をかき乱した。
話題が話題なので、人払いをしていて、部屋にはアルベールと女官長だけがいた。
「贈り物もそんなに喜んでくれないし、バラの花束の意味も当然わかっていない様子だ…。」
と言いながら、アルベールは引き続き頭を抱えている。
「バラの花束に特別な意味があったのですか?」
女官長は、アルベールに聞いた。
「バラ3本の花束の意味は…〝愛しています〟だ。」
アルベールが、顔を上げ、真面目な顔をして答えた。
〝マリーみたいな鈍い子に、伝わるわけあるかい!この一人よがりロマンチスト!〟
と、アルベールを子どもの頃からよく知っている女官長は、表情は変えず、心の中だけで突っ込みを入れた。
けれど、いつもは冷静で人に隙を見せないアルベールが、年相応の青年らしく、好意を抱いている女性のことを、熱を込めて話している姿を見て、女官長は微笑ましく思った。
アルベールは、マリーが、アンヌの薬の処方を変えようと奔走していた頃から、マリーのことを好きになっていった。マリーのように、自分の心を揺さぶる存在はもう二度と現れないかもしれないと思い、ぜひとも手にいれなくては、と思うようになった。
マリーがフルニエ氏の家で昏倒した後、マリーとの距離が近づいたように見えたカイルを、王女の護衛騎士の任から解いたのは、いささか狭量かもしれない、とアルベールは自分でも思った。
カイルも突然の異動に、アルベールの思惑を察しているようだった。
しかし、〝マリーとカイルを近付けたら危険〟という警報が、自分の中で鳴り響いており、アルベールはそれに従った。
マリーの最初の望み通りに、侍女勤務後に政務官見習いに推薦してしまえば、マリーに会う機会は減ってしまう…、そう考えたアルベールは、まずはマリーに女官見習いとなることを承諾させた上で、王妃と女官長に相談した。
そして、アンヌのための集中的な女官教育という名のもとに、アルベールがいつでも会いに来れるところに、マリーを囲い込んだのであった。
今まで数々の縁談を退けてきていたアルベールに、初めて結婚を考える女性ができたということ、それもその相手が、アンヌの恩人とも言うべきマリーであることを知り、王妃はとても喜び、全面的に協力することを約束してくれた。
そして、マリーには女官教育と言いながらも、実は、王太子妃候補への教育を施していたのだった。
女官長は、マリーに会った最初こそ、その自由でおおらかな気質の様子に、王太子妃候補としてはどうかと思った。しかし、日を追うごとに、何事にも素直であり、学びに真摯に取り組む姿勢に好感をもつようになった。そして、何より侍女や下女たちに対しての態度や言葉がけが素晴らしかった。
アルベールも、マリーに本当に心を許している様子なので、女官長としても、このままマリーを王太子妃候補とて受け入れることは、やぶさかではなかった。
女官長は、アルベールのため、思い切って口を開いた。
「王太子様、王太子様は今少し〝ドキドキ〟を仕掛けることが肝要かと思われます。」
「何?〝ドキドキ〟か?」
アルベールが一気に食いついてきた。
「はい、例えば、二人きりのデートに誘うとか、夜会でダンスに誘うとか…です。」
「なるほど、マリーとは一回踊ったことがあるのだが、確かにあれは楽しかった…。
しかし、デートはともかく、マリーは、夜会や舞踏会はあまり好まないようだったのだ。」
「では、こうしましょう。女官教育のカリキュラムの中にダンスレッスンを設けます。ダンスは淑女たる女官にとっても必修スキルですから、不自然ではないでしょう。そのレッスンのときに、ご公務がよろしければいらっしゃっていただき、マリーさんとダンスをしたらいかがですか?」
「女官長!素晴らしい案だ!ダンス・アゲイン作戦だな!?」
「はい、私も、伊達に海千山千ばかりの王城を長年生き抜いてはいませんわ…。」
女官長は自慢げに言ったが、結局、王太子のスケジュールの空きと、レッスンのタイミングが合わず、アルベールの〝ダンス・アゲイン作戦〟が実ることはなかった…。