新しい上役の方です
アンヌ王女を乗せた馬車と、お付きの護衛騎士たちの馬が完全に見えなくなってから、マリーとミリエル、クレアの三人は、そっと息をついた。
「行ってしまわれましたね…」クレアが小さくつぶやいた。
ミリエルが言った。
「さあ、私たちも新たな出発よ。」
マリーたちは三人で手を握りあい、互いの健闘を誓い合った。
女官長の部屋は、北棟と呼ばれる、王宮の主な建物の一角にあった。
北棟の大きな入り口には、衛視が二人立っていた。
「あの…、マリー・ブランシェと申します。
女官長様にご挨拶に参りました。女官長様のお部屋はどちらでしょう?」
と、マリーが衛視に尋ねると、
「新しい女官見習いの方でございますね。お伺いしております。
ご案内させていただきますので、どうぞこちらへ。」
と、衛視は先導をしてくれた。
長く広い廊下を歩いている間、マリーは頭の中で確認していた。
〝ミリエルに聞いたけど、今回は挨拶の品はなくてよかったはず!
ああ、でも、お菓子くらいは持参した方がよかったのかしら…?〟
あれこれ考えているうちに、重厚感のある扉の前で衛視の足が止まった。
衛視がノックをして、「女官長様、マリー・ブランシェ嬢をお連れしました。」と声をかける。
「お入りなさい。」扉の中から、凛とした声が響いてきた。
マリーが部屋の中に入ると、女性としては背が高めでやせ型の、眼鏡をかけた女性が机の傍にすっと立っていた。部屋の中の家具や調度品は、装飾は少ないが、温かみのある色調のものが置かれていた。
「マリー・ブランシェさん、始めまして。
私が女官長の、シャーリィ・メルシエです。」
女官長は握手のための右手を、洗練された動きで差し出してきた。
「初めまして、女官長様、マリー・ブランシェと申します。」
マリーも右手を差し出し、握手をした。
「45点。」女官長が、マリーに言った。
「はい?」マリーは思わず間の抜けた声で答えてしまった。
「今の握手は45点だと言ったのです。まず、笑顔が足りません。もっと目はしっかり笑って、けれども口元は上品に。手はもっとふんわりと優雅に握ってください。」
女官長はすぐに改善点の説明を始めた。
「はい!わかりました!」
マリーが元気よく返事をすると、
「今の返事は60点です。はっきりとした返事はよいのですが、元気が良すぎですよ。もっと声のトーンを抑えてください。」
と、またも女官長の指導が入った。
「マリーさん、とお呼びしてもよろしいかしら?」
「はい、女官長様」
「あなたは、何をしにここへ来ましたか?」
女官長のいきなりの質問に、マリーは戸惑った。
「え?何って、何ですか?
私は、王太子様と王女様に言われてこちらに参りましたが…。」
と、マリーが答えると、
「あらそうなの?では、またしばらくしたら同じ質問をしますからね。」
と、女官長はそこであっさり話を終わらせた。
「ついていらっしゃい、あなたのお部屋に案内します。」
そして、そう言って女官長は歩きだした。




