王女様をお見送りします
世話係の下女キリルに、王宮の下女を辞めることにしたと聞いた後、マリーは給仕係の下女のドリーのことも気になっていた。
その次の日、ドリーは侍女のサロン室の給仕係だったので、サロン室にいた。
マリーがドリーを見つけて声をかけようとすると、先にミリエルの声がした。
「ねえ、ドリー。」
ドリーがミリエルの方へ近づき言った。
「ミリエル様、今日はミリエル様のお好きなアップルパイがありますよ。お持ちしましょうか?」
「ありがとう、ドリー、でも今日はアップルパイはいらないわ。昨日食べ過ぎたから、今日は控えないとね。
ところで、つかぬことを聞くけれど、ドリーはどこかで働きたいとか、何かになりたいとかないの?」
ミリエルに聞かれ、ドリーはきょとんとした顔をした。
そしてすぐにっこりと笑って答えた。
「ああ、キリルのことがあるから、私もお気にかけていただいているのですね、
ありがとうございます。
私はこの給仕係の仕事が好きなので、このままここで、この仕事を続けます。それにここのお給金には満足していますので…。」
「そう、それならいいわ。がんばってね。
私がここを辞めた後でも、何かあったら私を頼ってくるのよ。必ずよ。」
と、ミリエルはドリーに優しく言った。
マリーは二人の話を聞いて、「ミリエルの姉御~!」と言って、ミリエルの元に駆け寄り、抱きつきたくなる衝動に襲われた。
何か、どこかの過去世での記憶にスマッシュヒットしたのかもしれなかった…。
アンヌ王女が学園の入学式へ向かう朝、マリー、ミリエル、クレアは、王宮の車寄せから王女をお見送りすることにした。
アンヌは、入学式の後、そのまま学園の寄宿舎へ入ることになっている。
この日までに、クレアは当然のように、さらりと政務官見習いの採用試験に合格していた。政務官見習いと女官見習いの仕事は、基本的には日勤のみであり、通常部屋を貸し与えられることはなかったので、三人は皆、今までの、王宮の自分の部屋を引き払うことになっていた。
そして、王女をお見送りした後、マリーとクレアは、それぞれの新しい職場に挨拶に行き、ミリエルは自分の家のタウンハウスへ戻ることにしていた。
「王女さま、行ってらっしゃいませ。」
「どうか、お元気で。」「お手紙を差し上げます。」
三人は、それぞれの思いで、アンヌ王女の手を取り、お辞儀をした。
「みんな、ありがとう。行ってまいります。」
そう言って馬車に乗り込んだ王女は、馬車の窓から、いつまでも手を振り続けていた…。