王女様の才能を応援したいのです
カイルは、マリーがシルヴィだったと確信でき、胸が震えるほどうれしかった。
マリーに出会い、過去世の記憶が甦ったときから、シルヴィかもしれないと思っていたものの、確信を持つまでにはいたっていなかったからだった。
聖養母の、辺境の地の子守歌の旋律を歌っていたので、マリーもシルヴィだった頃の記憶はあるのだろうと思われた。
しかし、あの夜、とっさに「シルヴィ」と呼びかけるのをやめたのも、マリーにシルヴィとしての記憶の有無を確かめないのも、カイルには理由があった。
マリーには、今のマリーとしての人生がある…、それにいたずらに介入をしてはならないのではないか? 自分は今まで通り、マリーを守っていくことができれば、それでよいのではないか?
それに、自分の主君であるアルベール王太子が思いを寄せているであろう女性に対して、これ以上深いを思いを持ってはいけない…
そのような思いがあり、カイルは、今までの過去世の記憶と思いを、自分の胸だけにしまっておこうと思ったのだった…。
マリーがアンヌ王女の侍女勤めを始めてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
ミリエルとクレアは侍女になり、とっくに一年経過していたのだが、王女のことが大好きになり、マリーともできるだけ長く一緒に働きたかったので、マリーの侍女勤めが一段落するまでは、いっしょに侍女勤めを続けると言っていた。
マリーはもう一歩アンヌが自分に自信を持てるようになれれば…と願っていた。
そのような中、マリーがアンヌの机の上を整理していると、書き損じの便箋の紙に、小鳥の絵が描いてあるのを見つけた。
その小鳥の絵は、鉛筆で描かれているもので、部屋から見えるバルコニーの手すりの上にとまっている小鳥の姿をスケッチしたもののようだった。
「なんて上手なんでしょう!」
おそらく、王女が描いたであろうその絵は、とても精緻で、生き生きとしていて温かみがあり、とても15歳の少女が描いたものとは思えなかった。
「王女さま、絵を習ってみませんか?」
と、マリーはアンヌ王女に提案してみた。
「え?絵を習うなんて必要ないわ…。私がいくら絵が上手になっても、お兄様や、国のために何の役にも立たないでしょう? だから、いいわ…。」
と、アンヌは答えた。
「王女さま、役に立つ、立たないで選ばなくてよいのですよ。
ただ好きだから、やってみる、ただ興味があるから勉強してみる、ということだってよいではありませんか?
私は王女さまの絵をたくさん見てみたいです。」
「ありがとう、マリー、考えてみるわ…。」そう言って数日経った後、アンヌは一冊の絵本を見せて、マリーに言った。
「私、できれば、この挿絵を描いている先生に絵を教えていただきたいの。」
その作家は、トマ・フルニエという、この国では比較的有名な作家だった。
絵本の挿絵を手がけるだけではなく、画家としても温かみのある優しい雰囲気の風景や静物画を描くことでも定評があった。
「フルニエ先生ですね。わかりました。早速お探しして、王女さまに絵を教えていただけるよう、お願いしてみますわ。」
マリーは、ぜひアンヌの希望を叶えてあげようと、決意した。
フルニエ氏についての調査は、アルベール王太子に協力を仰いてからは一気に進んだ。
彼は年齢60歳の男性で、王都のはずれに息子と二人で住んでいることがすぐにわかった。
マリーは、カイルと一緒に、フルニエ氏の元へ訪ねて行くことにした。
マリーは、絵の印象そのままに、優しい老年の先生から、楽しそうに絵を教わっているアンヌの未来の姿を思い描いて、フルニエ氏に会いに行った。
しかし、マリーが対面したのは、実年齢より、15歳以上は老け込んだ、自力ではベッドから動くことができない、落ちくぼんだ目をした陰鬱な老人だった。