お菓子で復活できました
ようやく曲が終わり、マリーはホッとした。
マリーは、アルベールから手を離して、ダンスの終わりのお辞儀をしようとした。けれど、アルベールはマリーの右手を離さなかった。
そして、そのままマリーの瞳を見つめながら、やさしく指にキスを落とした。
手袋の上からのキスなのに、マリーはキスされた指が急に熱を持ったように感じた。
「ありがとう、とても楽しい時間だった…。」
アルベールはそう言い、ゆっくりとマリーの手を離し、その場から離れていった。
ミリエルとクレアが、すぐにマリーの元へ近寄ると、
マリーはまだ放心したようにぼーっとしていた。
「マリー、大丈夫…?」
クレアがマリーに声をかけた。
「うん、大丈夫、ありがとう。でも、なんだか消耗しちゃったわ…。」
と、肩を落として言うマリーに、
「大丈夫!そういうときは、お菓子を食べましょう!?」
ミリエルはそう言って、マリーの手をひいた。
そして、大きいアルコーブにソファが置いてある休憩用のスペースに、マリーを連れていき、小ぶりのケーキをいくつも小皿に取ってきてくれた。
〝友達ってありがたいなぁ〟と改めて、マリーは思い、
兄のルーカスはその様子を微笑ましく見守っていた。
その後、若いながらも王女の信任あつい侍女たち、との評判のためか、ミリエルとクレアは何人かの男性にダンスへ誘われたが、マリーが誘われることはなかった。
王太子とのダンスが、周囲に強烈な印象をもたらしたようだった。
宴も益々たけなわとなった頃、王都の空に花火が上がる時間となり、多くの人たちがぞろぞろとバルコニーの方へ移動していった。
ミリエルとクレアは、それぞれのエスコート役の従弟や兄が迎えに来た。花火を見た後は、年若い令嬢は舞踏会を後にすることが通例なので、それぞれが帰宅の途につくのだろう。
「マリーは、明日はお休みなのだろう?」
バルコニーの方へ向かいながら、ルーカスがマリーに聞いてきた。
「ええ、お兄さま、今日と明日はお休みをいただけたのよ。」
「じゃあ、今晩は家の方に一緒に帰れるね。ゆっくり休むといい…。」
兄はマリーにいつもの優しい声で言った。
バルコニーに続く大きな掃き出し窓の前まで来たときに、ルーカスが言った。
「すまない、マリー。飲み物を取ってきてもいいか?」
ルーカスは、エスコート役の兄らしく、時折知人と歓談しながらも、基本的にはマリーたちの見守りを続けていたので、喉が渇いてしまったのだった。
「もちろんよ、兄さま。私は先にバルコニーに出ていてもよいかしら?花火がよく見えそうなところに行っていたいの。」
「わかった、すぐに追いつくから。足元に気をつけるんだよ。」
ルーカスがそう言って、給仕を探そうとしたところ、会場内の少し離れたところに立っていたカイルと目があった。
「やあ、カイル殿、私が戻るまで、バルコニーにいるマリーの様子を見ていてくれないか? 飲み物をもらったらすぐに行くので…。」
「わかった。」とカイルは短く言い、会場にいた他の騎士に声をかけて、すぐにバルコニーへ向かった。
ルーカスは、見つけた給仕に、「果実水を2つ頼む。」と言ったところで、旧友たち2人に声をかけられてしまった。その2人は酔いが進んでいるらしく、ルーカスの肩を組んできた。
「ルーカス、久しぶり!元気か?お前もいっしょに飲もう!」
旧友の酒臭い息が顔にかかり、ルーカスは「まいったな…。」とつぶやいた。